街中のダンプカーが俺を異世界転生させようとしている件

応募作品

波野發作

小説

4,000文字

ダンプカーに跳ねられて異世界転生した少年の親友の物語。道端の花を見たら思い出してください。破滅派合評「異世界転生」のための頭の悪い作品です。

お前はダンプカーが好きか?

俺は好きではないが、お前はたぶん好きだろう。

日野かふそうかいすゞか。いすゞってなんて読むんだろうか? ひらがななのにうまく読めないな。

そういえば、フロントグリルあたりにローマ字で書いてあった気がする。

ああ、ちょうどこっちに向かって走ってくるダンプカーがいるな。

通り過ぎるときに見れば、読み方がわかるんじゃないかな。

ガルルルルというよくある大型エンジンの、ディーゼル音を奏でながら、そのうっすらと泥で汚れたダンプカーが、一定の速度で俺との距離を詰めてくる。どんどん詰めてくる。運転席は逆光でよく見えないが、フロントグリルは見えた。なるほど、それはISUZUと読むのだな。ゞの読み方がわかったよ。わかったわかった。もうそんなに近寄ってこなくてもわかるよ。わかるって。しつこいな。なんでこっちに寄ってんだ。危ないな。様子がおかしいと思うコンマ数秒前に、俺の身体がギリギリで危険を察知して、全力で飛び退いた。俺が急に動いたせいで、前方から来ていた3人のり子育てチャリ(電動アシスト)が驚いてバランスを崩し、甲高く短い悲鳴を上げて、道路に面したタイムズ駐車場に飛び込んでいった。俺は地面にケツを打ち付けて、手のひらを擦りむいて、教科書と参考書の詰まった樹脂ラバー張りの重ったるいリュックサックを地面に転がして傷だらけにした。まだ1年半は使わないといけないのに、なんてこった。

俺が数秒前まで存在していた路肩の歩道の空間をざっくりと削り取ったISUZUのダンプカーは、ふてぶてしくクラクションをかき鳴らしながらドップラー効果の存在を俺に誇示して走り去っていった。走り去る騒音には、かすかであるが運転手らしき人物の罵声も混じっていた。

俺はダンプカーが嫌いだ。お前とは違う。

しかし、どうやらダンプカーは俺のことが大好きなようだ。

擦り傷の痛みを無視しながら、俺は立ち上がった。リュックサックをぐるりと回しながら担ぎ上げた。やはりこれは重い。

ISUZUが通り過ぎた方角方向を見ていると、すれ違うように今度は日野が走ってきた。

この街は駅前から郊外まで再開発のまっただ中であり、昼夜を問わず右に左に東に西にと、めまぐるしくダンプカーが走り回っていた。河川敷のスーパー堤防の建設も本格化して、日に日にそのダンプカー交通量が右肩上がりに増しているのがわかった。

日野のダンプカーは、Hを丸めたようなエンブレムが特徴で、よく目立つ。ヒノノニトンよりももっと大きなダンプカーがこちらに向かってくる。こちらというかあっちの車線を走ってきている。俺がなんとなく道路の向かい側をみていると、レンタルビデオ店から白いエスティマが出てくるのが目に入った。自動車は道路に出るときに歩道で一時停止をしなければならないのだが、白いエスティマはそれを怠り、そのまま道路に出てきた。ダンプカーが見えていないのか。このままではぶつかるのではないか、とヒヤリとしたところ、白いエスティマのドライバーがハットして急ブレーキをかけていた。すんでのところで日野ダンプカーと白いエスティマの衝突は回避された、と思ったのだが、日野ダンプカーのドライバーはそう考えなかったようで、右へとハンドルを切った。それはすなわち俺の正面ということになるが、推定時速40km程度の速度の数トンの質量の塊が、こちらへと牙を剥いて一直線にやってきたのである。黙って立っていたら数秒後には生命維持が不可能なレベルの衝撃を全身に受けて、俺は昇天か、あるいはどこか見知らぬファンタジーワールドへ転送されてしまうことになるのだろうが、そうは問屋がおろさない。俺は華麗にバックステップを実行して、ちょうどダンプカーの車体に触れない位置まで座標を変化させて、その場を離れた。

日野のダンプカーは消火栓をなぎ倒しただけで、死者もけが人も出さなかったが、白いエスティマは知らんぷりをして通り過ぎていった。俺も面倒に巻き込まれるのは嫌なので、早急に事故現場を後にした。俺は運転免許をもたないから現場で救命活動を行う義務がない。

それにだいたい俺はダンプカーが好きではない。

お前は好きか? 俺は嫌いだね。

向こうから白い自転車の警察官が2人バディで来て、すれ違った。事故の処理に行くのだろう。

追いかけるようにパトカーのサイレンが聞こえてきて、通り過ぎるととたんに低音に切り替わった。

やはり早急に去って正解だった。

面倒はごめんだ。

お前は面倒は好きか?

俺は面倒は好きではない。

誰かのために何かをするとか、命をかけるとか、がんばるとか、一切お断りしたい。

世界の行く末なんかより、来年の大学受験が大事なのだ。

それに平穏無事な高校生活も大切だ。帰宅部だが関係ない。

青春はなにも陽キャの特権ではないのだ。

俺やお前のような陰キャだって、青春を過ごしたい。

放課後の無為な時間を、だらだらと浪費したい。

ずっとお前とだらだらしたかった。

ふと道路の向こうに看板が見えたので、足を止めた。

3km先にあるというゲームショップの看板だ。

お前はゲームが好きだった。

俺もゲームが好きだった。

レースもしたし、狩りもしたし、ペンキの掛け合いもした。

まだ決着はついちゃいない。くそう。

左のコンビニ駐車場から不意にダンプカーが飛び出してきた。

足を止めていなかったら、モロに食らっていた。

自動車は歩道を通過するときは、一時停止しないといけないのに、なんという野蛮なダンプカーだ。

深川興業か。覚えておこう。覚えとけよ。

バンディッドなダンプカーは下品なエンジン音をかき鳴らして、不器用なシフトチェンジを繰り返して加速して去っていった。

見ればコンビニには、まだ数台のダンプカーが控えていた。

波状攻撃を食らったらたまらないので、早々に立ち去ることにした。

ダンプカーはいつも俺を狙っている。

油断したら殺られる。

俺はダンプカーが好きではない。

ダンプカーは俺を好きなのだろうか。

なにか使命感でもあるのだろうか。

自らのリスクを度外視して、こちらへとハンドルを切ってくる。アクセルを踏み込んでくる。ブレーキは音だけだ。

俺はダンプカーのエンジン音に敏感になっていた。

自宅の寝室は二階に替えてもらった。寝ているうちに突っ込まれるのも嫌だからだ。

以前から不眠を訴えていたので、両親も姉貴もあっさりと認めてくれた。

お前はうちの姉貴が好きか?

好きなんだろ。知ってるんだぞ。

だからうちに来いよって言えばいつでもホイホイやってきたし、姉貴がいないとあからさまにがっかりしていたよな。

俺は姉貴が好きじゃなかったが、お前が好きなんで、つられて俺もなんとなく好きになったんだ。

俺はお前に秘密にしていたことがある。

姉貴には彼氏がいるんだ。すまない。

姉貴にはお前が姉貴のことを好きだったことを教えていない。

うすうす感づかれているかもしれないが、はっきりさせないことが大事だろ。

ダンプカーを避けながら、どうにか公園近くのフラワーガーデンにたどり着いた。

フラワーガーデンでは花束を買う。花を買うのも命がけだ。

バイトも禁じられた俺では大したものを買ってはやれないが、小遣いの許す範囲で、それなりに見栄えのするものを見繕ってもらった。

花屋のお姉さんは、俺の顔をもう覚えているようで、とくに何も言わなくても、いつも予算内で、売れ残りの花なんかも混ぜて膨らませて、それなりの見栄えに仕上げてくれた。

花を買うのは面倒ではない。

花を持って歩くのは少し恥ずかしくて、まだ慣れない。

慣れた頃にはもうやめるかもしれない。

俺は来年受験生なのだから、そんな時間はないかもしれない。

時間があったら続けるかもしれないが、時間があるようなら、俺はもう外を出歩いたりなしないかもしれない。

先のことはわからない。

俺はいつもと同じ第四木曜日のこの時間に、同じような花束を持って、この道を歩く。

お前は花は好きか?

たぶん好きだろう。

俺は花は好きではない。公園が見えてきた。

後方からダンプカーの音が聞こえている。公園から、いつものようにゴムのサッカーボールが転がり出した。

ダンプカーのメーカーはわからないが、エンジン音はディーゼルだ。ガオーという咆哮が響いてくる。心なしか地面にも振動を感じる。

サッカーボールを追いかけて、今日もクソガキが飛び出してきた。

俺は先行するサッカーボールを無視して、花束を持っていない方の腕で、クソガキを捕らえて抱え込んだ。

ダンプカーはギュオオウンとブレーキ音を響かせて減速するが、サッカーボール以外に何も出てこないのを確認したのか、すぐに加速して走り去った。去り際に破裂音が響いたが、なんの反応も見せずにそのまま去った。

お前は子供は好きか?

俺は子供は好きではない。

とくに泣いている子供は好きではない。

抱えられて驚いたのか、ダンプカーの迫力に驚いたのか、サッカーボールを無くして悲しかったのか、俺が助けた子供は泣き出した。

俺は、命拾いした子供を泣き止むように諭すと、その場に残して、道にへばりついているかつてサッカーボールだったものを拾い上げ、渡してやった。

サッカーボールの残骸の場所には、まだうっすらとチョークの跡が残っていた。

もうひと雨来ないと完全には消えないのかもしれない。

チョーク以外には何も残っていなかった。

泣き止んだクソガキが礼も言わずに走り去ったところで、俺はいつもの場所に花束を置いて、軽く手を合わせた。

花束は、数日で無くなる。誰かが片付けてくれているのだろう。

俺以外に、ここで何があったか覚えている人間がいるということが嬉しかった。

そして誰にも見られないうちに立ち去った。

お袋さんやクラスの誰かに見られたら面倒だ。

お前は人助けが好きだった。

俺は面倒が嫌いだ。

俺はダンプカーが嫌いだ。

俺は異世界が嫌いだ。すまんが後を追ってやることはできない。

異世界はお前一人で救ってやってくれ。

2022年7月28日公開

© 2022 波野發作

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