丘を越えて行こうよ

応募作品

波野發作

小説

4,712文字

東部戦線の一幕。兵士たちは連邦軍の戦車に乗ってのどかな春の草原を走る。明日のことは誰にもわからない。破滅派合評「ソヴィエト連邦」参加作品。716字は虫除け。

Ни шагу назад!いっぽもさがるなと砲塔側面にはペンキの手書きでスローガンが書かれていたが、これはスローガンというよりは作戦の命令であり、この懲罰部隊にとっては、このスローガンに従うのだけが許された生であり、その向こうには何もない。ただ死が横たわるだけであるが、果たして横たわっているのは、死なのか、自分なのか、それらにわかりやすい線引きがあるのか、少なくとも、このT-34に跨る彼らはまだその答えを知らなかった。そして知るときは死とともに横たわるのみである。ゆるやかに上る農道をT-34は調子の芳しくないエンジン音を周囲の森林にまで響かせながら、五人の懲罰兵を乗せ、五人の戦車兵を腹に抱えて、ただひらすらに西進あるいは南進していた。南西へ向かうこともあった。この少し年式の古い戦車がどういう角度で走るかは乗組員や、ジョッキーよろしく跨っている阿呆の歩兵どもの都合ではなく、ただただ農道が地図上にどういった向きで描かれているかに依る。最初にこの湿地を開墾した開発かいほつ領主が地質学的知見もないままに、ただ妾宅に真っ直ぐに走っていくためだけに、この角度で作られていたが、そのこといきさつを知るものはここにはいなかった。彼らが知っているのは、彼らの上官が戦車兵どもにとにかくこの道を進み、敵がいればこれを攻撃して撃破、いない場合はさらに先へ進めと命令したからであり、車上に乗っているタンクデサント兵士どもはただ乗れと言われたから乗っているだけであり、そこにはなんの主張も思想も、思考もなかった。春先ののどかな陽光に氷雪がゆるんできたので、路肩を歩くとひどく泥が軍靴に粘ついて歩きにくい。普段の倍は疲れるが、こうして戦車に跨っていれば、両の脚を左右に繰り出さなくても任地へ赴くことができるから随分と楽なはずだが、それは平時の発想だ。そこかしこの灌木からナチの銃口や砲口がいつ向けられているかわからない状況下で、装甲板の外側に生身を晒して日向ぼっこをするなどというのは、正気の沙汰ではない。88mmの砲弾だろうが、9mmの拳銃弾だろうが、飛んでくれば、当たる。当たれば人は死ぬ。戦車の装甲は、上に乗る兵士を守ったりはしない。中の戦車長からは周囲の警戒を命ぜられているが、実のところ上の兵士は誰一人索敵などは行っていなかった。仮に独兵を発見したところで、そのときはちょうど死ぬときだ。銃声か砲声聞こえたとき、それがどの方向なのか知ったとき、それは鉛の銃弾が肌にめり込んで体内を冒す瞬間であるし、砲塔が吹き飛ぶとき、上の兵士もまた吹き飛んでいることだろう。故に、タンクデサント中に周辺を警戒する人間などいない。ただ跨って怠惰に暮らすばかりである。パヴロヴィッチは元は文学の教師だったが妻アリアドナが新しい別荘で浮気をしていたことに気づき間男に決闘を申し込むも恐怖に打ち勝てず荷馬車で逃げ帰って中二階で妻を殺害した。サハリン島で服役していたが開戦になったことで三年でこの懲罰部隊に配属され、今に至る。仲間からは話が退屈、眠いなどと評されるが、隊長という役目がら説教をするときにそうなるだけで、本来は小気味のいい小話のレパートリーは多い。三人の娘を兄・ワーニャに預けている。パヴロヴィッチの右後ろで右舷前方を警戒しているフョードルは金貸しの姉妹を殺害した罪でシベリアに収監されていたところをこの部隊に呼び出された。女癖が悪い男で、借家の家主の妻をはじめ、とかく人妻にこだわって色恋沙汰が途絶えなかった。一方で年増でなくとも、年甲斐もなく近所の貧しい若い娘に手紙を九通も送り続けたり(結局ふられる)、レニングラードでは婚約者のいる少女にアプローチを仕掛けていたりもしたが、これにも袖にされている。病弱な妻と結婚したものの看病に疲れて他の女と浮気旅行を計画するが、自分だけ出発が遅れたために浮気相手がさらに現地で他の男に寝取られるという事態を招いた。自暴自棄になり借金を重ねた挙げ句、返済を迫る金主の老婦人を殺めてしまったというのが大凡の顛末である。フョードルと背中合わせの男・レフは争いを好まない平和主義者であるが、元は軍人であり、部隊の中では唯一の軍隊経験者である。銃の取り扱いでは仲間に頼られている。軍にも党にも協力的だったが上司の反感を買って粛清されそうになったところを逃亡しそこなって収監され、懲罰部隊送りになってしまった。妻ソフィアはひどい悪妻で、収監前から長きに渡り別居しているが、それに留まらず息子たちへの遺言書には葬儀に妻を呼ぶなと書いた。妻を遠ざけたのは人妻アンナへの恋慕に依るものだと三男のイワンに指摘されたが、光あるうちに光の中を歩め(不能になる前にやるべきことをやれ)と説教してごまかした。後方を警戒している二人のうち、レフに近い方はイワンという名前のオリョール出身の男で、レフの息子と同じ名前であることで気に入られているが、この男もまた女運が悪く、人妻のオペラ歌手にパリまでつきまとうなどして逮捕された(後にいうストーカー行為である)。彼にとっては初恋であり、相手のオペラ歌手は奔放な性格でもあったため同情的な意見も多く、すぐに釈放になることになっていたが、運悪く開戦となってしまったのでレフらと共に前線送りとなった。父親は地主で社会主義者のイワンとは対立しているため、郷里には帰りにくいとこぼしていた。党に反抗的な父が地元でのうのうと暮らしているのに、協力的な自分はこうして懲罰部隊送りになってしまっていることを度々こぼして年長者のレフを困らせている。フョードルからは悪霊などというあだ名を付けられた。右舷後方を警戒しているのはニコライで、この舞台では唯一女性トラブルを起こしていない。他の隊員からは同性愛者ではないかと警戒されているが、具体的な行動は示しておらず、カミングアウトもしていないため、あくまで疑惑にとどまっている。ディカーニカの近くの村の出身で、以前はコサックの部隊にいたが敵前逃亡を図った罪でシベリア送りになった。その後サハリンに送致されたときにパブロヴィッチと合流し、その後は行動を共にしている。昨夜就寝中に誰かに外套を盗まれたが、懲罰部隊の訴えなど誰も相手にせず逆に管理が悪いと叱責を受けた。まだ寒い時期であり、少し熱がある。そのせいか遠くがよく見えずぼんやり景色を眺めているだけになっていた。ぼんやり遠くに、何か立っている気がした。なにかいる。とつぶやくが、さっきからずっと同じようなことを口走っていたためにパブロヴィッチもフョードルもニコライの相手をしなくなっていた。なんとなく口調が色っぽくなっているいるのもあえて無視される一因であったかもしれない。イワンは前側の人々に比べて人がいいせいか、少しニコライを気にかけていたが、そのせいで左舷の警戒も緩んでいた。よって後方は左右どちらに対しても十分な警戒がされていなかった。尤も前進する戦車であるから後方の警戒はそこそこでも差し支えはない。重要なのは、いち早く前方の敵を発見、回避行動をとることであり、左右前方から歩兵が接近しないよう弾幕を張ることなのである。丘へのアプローチを登りきり、T-35はゆっくりと後傾から前傾へと体勢を変えていく。大きなエンジン音とガチャついた履帯の騒音に隠れてギシギシと車体が軋む音が交じる。カンカンカンと何か金属が別の金属を叩く音が響く。前に傾きすぎた反動で少し後傾に戻るが、すぐにまた前傾になり、前方の景色が開けた。揺れて砲身を掴むことに気をとられた先頭のパブロヴィッチは、正面に現れた敵兵の姿を即座には発見できなかった。揺れに負けて落車しそうになったニコライの左腕を掴んだフョードルもまた、前方に気を配ることはできていなかった。唯一前方への警戒を怠っていなかったレフだったが、生憎彼は近眼で、離れた距離にあるその敵軍部隊が、自分たちにとってどれほどの脅威であるかを発見するのに致命的な遅延をもたらした。その後ろで茫洋としていいたイワンに至っては、結局最期の直前まで敵兵の存在に気づくことはできなかった。その時、鉄板あるいは鋳鉄の装甲の下側であるところの戦車内では、雑に丘を越えた操車手に、指揮官である車長が叱責を加えていたところで、装填手がそれを止めようと動き、気を取られた砲手と通信手はまったく外部への警戒をしていなかった。つまりこの瞬間、この戦車の内外にいる十人のロシア人は誰もが前方で待ち構えるドイツ兵のことに気づいておらず、なんの回避行動を取る余地もなく、残り数秒で生涯を終えることを知らずにいた。丘を見上げられる低地には、二日前に掘られた塹壕があり、できるだけ低くなるようにFlak36「アハト・アハト」が据え付けられていた。この砲は本来対空砲であるが、他の戦線でソ連製戦車への有効性が実証され、唯一対抗できる兵器として東部戦線にも回ってきていたのだったが、数日待ってここでようやく獲物に遭遇ということになったわけである。遠くから響くエンジン音を察知して斥候を走らせ、標的を確認。タイミングを合わせて狙い撃ちをするという作戦である。遮蔽物のないこんな田舎町をのこのこ走ってくる戦車もいないとは思うが、まずはやってみることだ。砲兵隊少尉は丘を越えてきたT-34を目視すると、敵戦車が76.2mm砲を発射してくる前に、発砲ファイエルを命じた。砲手の操作で火薬が発火し、初速約900m毎秒で発射された10kgの砲弾は爆音を撒き散らした後、軽い放物線を描いて吸い込まれるように緑色の鉄塊へと飛翔していった。ドイツ製の砲弾はソヴィエト製のキューポラの基部正面に正確にぶつかり、瞬時にその形状を歪めながら角度を変えて車体の上部装甲をえぐり、衝撃波を周囲に伝播させていく。着弾点の真上には主砲があり、着弾の衝撃は堅牢な鉄パイプであっても形状を激しく歪めながら上方に跳ね上げた。跨っていたパブロヴィッチは掴んでいた両手をへし折られ、下腹部と大腿部に致命傷を受けながら後方に弾き飛ばされた。左舷側にいたレフは、着弾の衝撃で車体上部のブランケットが弾け飛び、四つの鉄片が脇腹から内蔵に飛び込んでこれが致命傷となったが、意識自体は車両本体が爆発するまで残っていた。パブロヴィッチの右後ろにいたフョードルは吹き飛ばされるパブロヴィッチの体重と着弾の衝撃波をもろに頚椎で受け止めて、即死せざるをえなかった。死後、遺体はパブロヴィッチと同じ放物線で後方へ飛ばされた。外傷はあまりなかったので他のタンクデサントの隊員よりはマシな状態を保てていた。フョードルに腕を掴まれていたニコライは、引っ張られる形で不意に落車したが、その時点では命に別状はなく、炎上後に車内の砲弾が誘爆した際の流れ砲弾で頭部を吹き飛ばされて死亡した。車内の五名は、状況を全く認識することなく、不意の砲撃に身を任せ、車内を跳ね回る鉄片か、ガソリンに引火した紅蓮の炎に身を焼かれて、のちに灰となり、土に帰った。レフに護られる形で振り落とされたイワンは路肩のくぼみに身を隠し、車体の誘爆でも生き残ることができたが、様子を見に来たドイツ歩兵に射殺された。射殺されるとき「イッヒ・シュターベ」と言ったが、これはパブロヴィッチがドイツ兵への命乞いの言葉としてイワンに教えたものだった。発音が悪かったせいで撃ったドイツ兵にはうまく聞き取れなかった。三十分後、ソ連軍戦車部隊本隊がこの丘に到着し、ドイツ軍部隊は用意した砲弾を撃ち尽くす前にあえなく全滅することになるが、それはこの懲罰部隊にはまったく関係がない。

конец

2022年5月22日公開

© 2022 波野發作

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"丘を越えて行こうよ"へのコメント 15

  • 投稿者 | 2022-05-27 00:34

    改行なしのワン段落で直線的に最後の破局まで進む感じ、また出てくる語彙のせいなのでしょうか、なんか全体的に重々しい重金属を感じるところがあり、広い所を走る戦車の行軍感が十全に表現されているようで、書き方について示唆されるところ大でした。一番偉いはず(?)のアレクサンドルが出てこないのは寂しかったです。

    今回ソヴィエト時代の作品あれこれ読み返し、19世紀の作家にも遡って『罪と罰』などもかなり久々に再読しまして、今さらドストでもないだろうと思ってたのにすっかり読みふけり、読み終えると明日から何を読めばいいのかわからないロス状態、やっぱりドストエフスキーだな、小説家っていうのはドストエフスキーの事だななどと感じ入る始末でした。年は取りたくないものです。

  • 投稿者 | 2022-05-27 10:11

    「虫除け」で腹いっぱい笑いました。ご馳走様です。
    速い小説ですね。揃いも揃って(一人を除く)女関係でやらかして懲罰部隊入りとなった面子の紹介に散々字数を割いた挙げ句木っ端微塵とは、まったく容赦なくて好きです。

  • 投稿者 | 2022-05-28 01:06

    虫除けが効果を発揮している! 厳密には私も毎回ちょい超えなのになかなか効き目が出なくて困っている。波野さんは絶対にロシア人の嬢が鞭だのローソクだのを持って出てくるしょうもない話を書いてくるだろうと思っていたら、いや、期待していたら、ハードな戦争物+文豪ネタで意表を突かれた。教養やリアリズムの筆致が、いつもとなんか違うぞと感じさせる。波野さんをしてこのような作品を書かせるなんて、今回のお題は本当に恐ろしい。

  • 投稿者 | 2022-05-28 01:33

     規定枚数は守った方がよくないか? ボクシングでいえば計量オーバー、対戦相手が身を削って仕上げてきたのに自身はしれっと体重超過ってのはどうかと思うぜ。

  • 投稿者 | 2022-05-28 07:27

    文豪の名前や国名がなくても、こういう部隊の状況が起こりうるのはソビエト以外ありえないと感じさせられました。そういう意味でソビエトというものを上手く捉えているのだと思います。

  • 投稿者 | 2022-05-28 11:05

    私もこういうことをしてなかったら、日々のストレスや何もやってないという焦り、それから生じるエネルギーが膨らんで、誰かの事をストーキングしたりとか、自分の一切合切の時間を使って家の前に立ってるとか、そんでヤフーニュースの地域の欄に載ったりとかしてたかもしれないと思うので、それだから私はイワンが好きです。

  • 投稿者 | 2022-05-28 22:57

    作品論は僕自身、合評会に参加してない故、置いて。
    先ずは纏めが素晴らしい。筆者がユーモアを交え、自嘲気味に紹介しているように、あの結末は、四千文字では導きだせなかった筈だ。
    物書きとは如何に「面白いか?」をする勝負で有り算数、数学ごっこでは非ず。
    規定枚数を越えて(敢えてだろうが)計算ではなく文藝としての着地点を選んだ姿勢は甚だ、美しかった。

    • 投稿者 | 2022-05-28 23:03

      山谷先生にコメントもらえるなんて!なんて良い日だ!
      公開してないですが、今日実は誕生日だったんですよ。最高のプレゼントをいただきました。ありがとうございました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 23:13

    おめでとう御座います。
    コロナが収まったら帝都に遊びに行きますので、その時は高橋君やら皆でカルアミルクを呑みましょう!?

    • 投稿者 | 2022-05-29 00:15

      前回来日ツァーは参加できなかったので、次回はぜひ!

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 23:33

    畳みかける感じが戦場の緊迫感を現すと同時に、ユーモアに満ちた文体で好感が持てました。ゴーゴリの外套が笑えました。ロシア文学は偉大ですね。

  • 投稿者 | 2022-05-29 01:45

    難しくてわたしにはよく分かりませんでした。
    すみません。

  • 投稿者 | 2022-05-29 12:20

    知的なんだか馬鹿なんだか何だか評し難くてレビューでチェックをつけるのに迷いました。
    重厚でシリアスでスローな爆発オチ。
    やっぱり狙ってそういうことをしていらっしゃるんだろうなー、とさすが波野さん!って感じでした。

  • 編集者 | 2022-05-29 19:00

    重厚な描写で、災禍が自然に描かれていく。波野さんの新たな一面(久しぶりな一面?)を見た。山谷さんにコメントされるだけのことはある。

  • 投稿者 | 2022-06-12 23:42

    なんか波野さんの作品らしからず(?)読後にめちゃ悲しくなってしまった。そう、戦争というか戦線ってなんだかこう、常にかっこよかったりスマートだったり激しいぶつかり合い!みたいなことでは決してなく、ただただ一方的に殺す・殺されるもあって、なんだかそういう景色を想像すると、激しい戦闘にも増してつらくなってしまう。

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