YouTuberになりたい。
小学校の卒業式の少し前、謝恩会というイベントで流されたスライド。ぼくとあいつの将来の夢は「YouTuberになりたい」だった。正確にはぼくは「ユーチューバー」だったしあいつは「Youtuber」だったけど、そこでカタカナだったぼくはなんか負けた気分だったけど、同じ夢を持っているやつがほかにもいるってわかって、あったかい気分になった。小学校ではずっと別のクラスだったあいつが、中学生は同じクラスになってぼくらは一気に仲良くなった。お互い小学校の頃のツレが私立に行ってしまって、宙ぶらりんだったところで同じYouTuberを志す者同士として意気投合したんだ。でもぼくらの方向性は全く違っていて、ぼくはマインクラフトやコンシューマーゲームのゲーム実況が好きで、チャンネルリストもそればかりだった。最近は荒野行動なんかが多くなっていた。でもあいつが好きなのはすしらーめん《りく》とかフィッシャーズなんかのフィジカルなタイプのチャンネルが多くて、あいつ自身も運動神経もよかった。でもゲームはうまくなかった。ぼくはゲームは得意だけど、運動はあまり得意じゃない。筋力が足りなくて、自分で思うようには動けないんだ。部活を選ぶとき、あいつはサッカー部を選んだ。父親が浦和レッズのサポーターだからって理由でずっとサッカーをやらされてて、それには逆らえないってぼやいていた。あいつはサッカーも好きだけど野球もバレーもバスケも好きなんだ。陸上競技にも興味があるって言ってた。謝恩会でサッカー選手になりたいって書かなかったら親父に苛つかれたって言ってた。うちの親はIT企業の社員なんで少しは理解はあったけど、ちょっと笑われた。笑ってくれたんじゃなくて、笑われたんだ。あいつがサッカー部に決めたとき、ぼくはどうしようか悩んだ。パソコン部というものがあり、ちょっと見学したけどあんまり機材もないし、顧問の先生もITリテラシーが低くて、先輩もなんかバカっぽいし、動画をバリバリ作ったりする環境ではない気がした、やめておいた。去年の文化祭の作品を見せてもらったら、ワードで適当にフリー画像を配置して作ったような防犯ポスターだった。いっそ帰宅部という選択肢もあったけど、母親から体裁が悪いという理由でなんらかの部活に入ることを強要されていたから、それはできなかった。担任に部活はどうするか聞かれ、正直にYouTuberになりたいという話をしてみたら、笑われるかと思ったけどそういうことはなくて、担任はしばらく考えて、写真部を薦めてくれた。動画大好きなぼくは、スチールにはあんまり興味がなかったのだけど、画角の取り方とかが勉強できたらスキルアップになるのかもしれないと思って、入部してみた。担任が薦めてくれた理由はすぐにわかった。写真部には長年部費を貯めて買ったばかりのミラーレス一眼レフがあったのだ。もちろん動画対応。スマホのカメラとは次元が違う。一年生の頃は触らせてもらえなかったけど、幸い同学年の写真部はぼくしかいなかったので、二年生の秋になるころにはこの一眼レフはぼくの専用機になっていた。そのころあいつはサッカー部のレギュラーでディフェンダーになっていて、体格も何倍にも感じるぐらい成長してた。ぼくはあいかわらずやせっぽちでちびだったけど、仲はよくて休み時間にはいつも最新のYouTuberの情報交換をしていた。
「機は熟したと思う」
とあいつが言った。
「そう思う」
ぼくも同感だった。
あいつはスタメンの座を射止めたことで、父親に対する発言力が高まっていた。多少サッカー以外のことをやっていてもとやかく言われない。
ぼくはぼくで、完全に写真部を掌握してカメラを私物化し、休日の持ち出しも自由になっていた。お年玉で私物のメモリーカードもたっぷり用意できたし、父親のお古のMacをもらって、動画編集もできる環境が整っていた。
「コンビ名を決めないか」
平成キッズは名前から入るのだ。ぼくも同意した。でもアイディアが浮かばない。
「なんか考えている?」
「実はもう考えていて、お前の近藤とおれの田淵のこんとぶちで、〈こんぶ茶〉だ」
いい! すごくいい!
「いいね! すごくいいよ!」
「ほんとう?」
「ほんとほんと。めっちゃいい!」
「よかった」
とはいえ、ぼくらにあまり時間はなかった。ブッチの新人戦が近づくと練習時間が増えて、土日の活動ができない。秋の平日は陽が落ちるのが早く、放課後はまともな撮影はできそうになかった。ゲーム実況などのインドアタイプのYouTuberも視野には入れていたが、ブッチがあまりに下手だったので対戦実況で盛り上がることはできそうになかったし、ぼくひとりのゲーム実況をやったところでそれはこんぶ茶の活動とはいえないし、なによりゲーム実況はレッドオーシャンなので、多少のことではこんもり埋もれてしまうのが関の山だった。ぼくの家もブッチの家も賃貸で狭く、室内で何かを撮るのは難しかった(たぶん親に殴られる)。かといって、ぼくらの機材では日中の撮影しか選択肢がない。ブッチは次の土日が今年のラストチャンスだと言った。平日あと4日で準備して、土曜日にいろいろ買い出し&制作、そして日曜日に撮影か。天候は?
「今週末は晴れる」
さすがはブッチ。下調べもばっちりなようだ。
「で、何を撮る?」
「それなんだが」
「なにかアイディアある?」
「いや、コンビ名考えただけでもうあとは何も」
「ないんかい!」
思わずツッコミを入れてしまった。その流れが面白くて、ぼくらは腹を抱えて笑った。授業がはじまっても笑いを堪えるのに必死で、相当に腹筋が鍛えられてしまった。斜め前の席のブッチが、5分おきにこっちを振り返ってプルプルしているのが余計におかしくて、ついに吹き出して、教師に叱られた。
お笑いは面白い。けど、こどもが漫才をやっている動画は、どれも薄ら寒くてつまらない。あの仲間に入れられるのは嫌だった。それはブッチも同じで、
「コンビだからって漫才ってのは安直すぎる。そんなYouTuberはいやだ」
「おれもそう思う」
ぼくらはYouTuberになりたいけど、半笑いで芸人のマネごとをしたり、おでんをつついたり、店のキッチンの冷蔵庫に入ったり、街中でなんか叫んだりするようなそういうのになりたいわけじゃない。かといって、なんか高いものを買ってきて開封したり検証したりする財力はもちろんない(貧乏なりには恵まれた環境ではあるけど)から、若さと情熱だけで乗り切るしかない。ダンス動画という手はあるが、クラスにすでにダンス動画を公開している2人組がいて、ネタがかぶるので怒られそうだし、そもそもかぶるのはおれたちもイヤだ。歌ってみた、ができるような歌唱力はない。むしろ平均よりずっと下手だ。
「ブッチは歌は?」
「できれば人前で歌いたくない」
「同じく」
YouTuberになりたくて、機材も機運も高まったけど、肝心なネタがない。ぼくらは本末が転倒していた。気の利いた物語なら、ここで天空からアイディアが降ってきて、スマッシュヒットをかますところなのだろうけど、一介の中坊ワナビーの二人組が無い知恵絞っても、コンビ名を決めるのが関の山で、結局、週末まで何も浮かばないまま、日曜日は二人でカメラをもって公園で日向ぼっこをしたまま夕暮れを迎えて、黙って解散した。
翌週からやっぱりブッチはサッカー部の練習が本格化して、こんぶ茶の活動は無期限に棚上げとなり、ぼくはゲーム実況を見て非公開でゲームをするだけで、そうこうしているうちに、YouTubeは未成年の動画配信が規制されて、結局具体的には何もできないまま、そのままぼくらは中学校を卒業した。
ブッチとぼくは違う高校に進学したので、接点はほとんどなくなってしまった。LINEはつながっているけど、誕生日とかお正月とかなにかあったときに報告しあうだけで、それ以上のことはなかった。ブッチは高校でもサッカー部で、県大会決勝までは進んだが、結局チームの決定力不足でPK戦の末敗退した。プロからの誘いもなく、そのまま地方の大学に進学した。ぼくは高校の偏差値に見合ったそこそこの大学にそのまま進学して、平凡な学生生活を送るはずだったが、20歳になるかどうかというところでALSを発症して、25歳ではもう自力で家から出ることはできなくなり、30歳前には、目以外は動かなくなっていた。最近は目線を動かすだけでゲームのコントローラーが操作できるので、ゲームの中ではぼくは自由だった。MMORPG「ハイペリオン」にはぼくと同じか似た病気の人々のコミュニティがあって、いつもそこで楽しく過ごすことはできていたが、ちょっと目の焦点を変えると、視界の外側に、散らかったぼくの自室が見え、気分が萎えるのだった。母の声がして誰か来客だったと告げてきたが、うまく聞き取れなかった。聞き返そうと室内用のトーカーに切り替えていたところ目の前にぬっと顔が出た。知らない顔……ではなかった。懐かしい顔。おおよそ10年ぶりだったが、その愛くるしい笑顔は当時のまま、悔しいぐらいに変わらないブッチの屈託のない笑顔があった。ぼくの現状を見てもう少し作り笑いをしてもよさそうだが、こいつの顔は再会できた喜びに満ち溢れているようで、気の張りが緩んでしまった。
「元気そうだな、ってのは語弊があるか。顔色は思っていたよりいいな」
視線を合わせるのも精一杯のぼくが楽に対面できるように、ちょうど目の前に椅子を動かして座ってくれた。驚いたのとトーカーの切り替えが上手くいかないぼくが話すのを待たずに、ブッチは用件を述べた。
「聞こえてはいると聞いてるからこのまま話すけど、おれ離婚して仕事も辞めたんだ」
結婚していたことも初耳だったが、仕事を辞めたとはどういうことなんだ。結構いい会社に入ったって人づてに聞いていたけれど、なにかあったのか。
「YouTuberになる」
今更? YouTube自体がもう時代遅れでユーザーが減ってるってのに、ブッチはどうかしちまったんだろうか。ぼくが身体を壊したのと対象に心を病んでしまったのかもしれない。大企業でいろいろ何かあったのかもしれない。ぼくにできることはないだろうか。
「なる、というか、なろう。こんぶ茶復活だ! いいだろ?」
ぼくに何ができるというんだ。この部屋から出るのもままならないし、ゲームの中だってそんなに自由に動けるわけじゃない。動画の編集ぐらいなら時間をかければできなくはないけれど、ゲーム実況向きの派手なアクションなんかは無理だ。
「まずはエベレストに登ろう」
ぼくは急いでトーカーを切り替えて、入力した。
「ムリ」
「あ、いやわかってる。まるごと連れて行くのは流石に無理だっておれでもわかる。違うんだ。おれが行くのにバックアップを頼みたいんだ」
「クワシク」
ブッチは学生時代から登山にのめり込んでいたたこと、就職して結婚して一旦なにもかもやめていたが、やっぱり山に登りたくて仕事も家庭も全部辞めてしまったこと、そして中学時代のぼくとの約束を果たしていないことがずっと喉の奥に刺さった小骨のようになっていたことを話した。それで、エベレストにチャレンジするにあたって、ナビゲーションパートナーにぼくを選びたいというのだ。ブッチが言うには衛星回線を利用したリアルタイムリモートで360VRによるフルビジュアルリンクで、ぼくはあたかもブッチとともにいるように錯覚できるのだという。ただゆるやかに終焉を待つばかりだったぼくの人生にも第二幕が用意されていたのだった。
登山YouTuber「こんぶ茶スカイハイ(SH)」として再スタートしたぼくたちは、まず東京タワーを登るところからはじめた。600段の外階段を登れば誰でも展望台まで歩いて上がれるのだが、部屋から出られないぼくにとってそれはエキサイティングな出来事だった。YouTubeの配信開始とあわせてクラウドファンディングなどで資金を調達していたけれど、ぼくの病気を支援したい企業から大口のスポンサーの申し出があった。正直、ブッチがぼくを誘った理由のひとつに、そういった支援が得やすいというものもあったのだろうと思うけれど、ぼくはそれでも、ぼくが役に立てるのなら構わないと思っていた。ぼくは命をかけてでも、ブッチを世界最高峰に押し上げたいのだ。
あれから5年。今日、ぼくたちはついにエベレスト登頂を果たした。ぼくはブッチの帰国までは生きていないと思うけれど、世界初のYouTube生配信登頂としてギネスブックにも載ることになった。YouTuberこんぶ茶SHとしてね。
〈了〉
千本松由季 投稿者 | 2021-11-14 15:46
重い病気になってしまった主人公は可哀そうだけど、YouTubeにそういう希望があるということを知ってよかったです。
春風亭どれみ 投稿者 | 2021-11-21 11:42
未来にあるかもしれないお話。いろんなタイプのお話を書く波野さんの中でもこんなに、「アオハル」じゃあと感じるのは初めてかも
古戯都十全 投稿者 | 2021-11-21 22:21
挫折に終わった青春時代のあがきも、その後の人生において何らかの下地になる。
そんなことを考えさせられる、爽やかな人生賛歌でした。
大猫 投稿者 | 2021-11-22 21:40
青春に置き忘れをドラマティックに回収する。無くしたものの方が多い人生でも、良い人生だったと終われるのかなと思いました。もう少し多い枚数で読みたい作品です。
曾根崎十三 投稿者 | 2021-11-23 09:29
ありそうでなかった(もうあるのかもしれませんが)YouTuber青春モノですね。
尺的に仕方ないのかもしれませんが、私ももっと長編で読みたかったです。
特に後半の怒濤の展開こそ、もっとじっくり、二人がどんなやりとりをして友情をさらに育み、成功を収めたのか、そこにもすごくドラマがあるように思えたので、気になりました。
一希 零 投稿者 | 2021-11-23 14:29
素敵な話でした。ややハイライト的には感じましたが、長い年月の、小さな物語が大きく広がってゆくのに感動しました。YouTuberというもの自体も、年月による変化が表れていて良かったです。
松尾模糊 編集者 | 2021-11-23 17:26
冒頭から前半が新しい感じがしました。登山、ALSとエピソードも凡庸ではなかっただけに、その辺りの描写が個人的にはもう少し欲しかったです。
Juan.B 編集者 | 2021-11-23 17:43
風俗ネタかと思いきやそんな事はなかった。こんなYouTuber、確かに見てみたい。数々のドラマの立ち方がすごく面白かった。
鈴木沢雉 投稿者 | 2021-11-23 18:18
まさかの難病からまさかのハッピーエンド。そしてアイキャッチ画像の回収。
よく考えられた話でした。素晴らしい。
小林TKG 投稿者 | 2021-11-23 19:21
YouTuberに明るい感情や繋がり、縁みたいなものを入れてくれているのがよかったです。自分のとは大違いだ。