高橋文樹と8人の破滅派

応募作品

波野發作

小説

9,945文字

山谷感人システムの真相について考察してみた。

破滅派の最古参メンバーであり、生きるレジェンドとして名を馳せた、かの「山谷感人①」氏が、遂に涅槃へ旅立つと聞いて、結局わたしは一度も会えなかったことを残念に思っている。一度ぐらいなら彼に会っておいてもよかったのではないかと思っているのだ。

幾度かは、山谷感人①氏に直接お会いするチャンスはあったのだが、どうにも縁が繋がらなく、ついぞ山谷感人①氏との面会は叶わなかった。そして、それは山谷感人①氏の中でわたしという人間が、まるで焦点が結ばれていないことを意味していた。氏は、会ったことのない人間について興味を示すことがないと思われたし、興味のない人間を脳内に飼うこともないと思われたし、おそらくそれは事実である。

とにかく、山谷感人①氏の思考下に、わたしという人間は存在していないのである。それはまた、わたし以外の現在破滅派にいる新しい同人各位にとっても同じことだろう。彼の中に存在しているのは、栄光の黄金時代を共に生きた元祖破滅派の盟友たちだけであり、遅参した塵芥の如き我々はただの他人でしかないのである。寂しいことだが、事実は受け入れるしかない。

 

わたしが山谷感人①氏のことを知ったのは、破滅派首領たる高橋文樹氏本人の口からだ。というより、文樹氏からしか、山谷感人①の話を聞いたことがない。わたしの脳に山谷感人①の名前が刻み込まれたのは、あれは確か、文樹氏も参加した「とある宿泊型文芸イベント(※訳者注:NovelJam2018)」の初夜のことだ。わたしがチームメイトの天王丸景虎氏(仮名)と、翌日彼が書くはずの短編小説のプロットについて熱く談義を重ねていたところ、缶ビール片手にフラっと現れたのだ。ABCBAの3層往復というストーリー型を示し(翌日『バカとバカンス』として完成し、優秀賞を獲得する)、これならイケるのではないかと手応えを感じていたときのことだから、今でも覚えている。文樹氏とは、その直前に部屋の外にある喫煙所で行き会い、お互いの様子を話していたのだと思う。わたしと景虎氏の部屋には、他にNovelJam優秀賞獲得経験者であるギタリスト作家澤氏もギターを携えて訪れていた。なんでも元いた3人部屋の他の2人が遺恨持ちで空気が悪く逃げ出してきたのだという(おそらく文樹氏の担当編集である渋野氏と、別のチームの編集の和良氏であると思われる。彼らは前回大会で対立してその後犬猿の仲になっていると聞き及んでいた)。

今大会では澤氏は著者ではなく、デザイナーとして参加していた。しかも最近習っているという油絵画材一式を持ち込んでの参戦である。わたしもデザイナーとしての参戦だったから、前回優秀賞を獲得した著者と編集のコンビが、今度はデザイナー同士として戦うという熱い展開になっていたのである。わたしはデスクトップPC一式(プリンタあり)を自家用車で持ち込んでの参戦で、正直気合を入れまくっていた。しかし、さすがに油絵というファンタスティックな飛び道具には到底敵わない気がした。しかも澤氏のチームはレジェンド級の編集者がついていると聞く。当方の編集者もベテランのナイス兄貴であるので、そこは負ける気がしないが、通り一遍の表紙を作るだけでは、どうにもならない気がしていた。といったことを考えていたところ、来訪者文樹氏は、突然山谷感人①氏について滔々と話しはじめたのである。

 

文樹氏は「山谷感人①」という型破りな人物が友人知人におり、それがまたなかなか荒唐無稽であり、可愛らしい行動様式をもつことを淡々と述べた。小一時間にわたり別段特別な感情をわたしたちに示すことなく、その愉快な友人についてひたすら情報を開示し続けたのだ。それは彼の私小説の登場人物であり、かつては寝食を共にしていたということも聞かされた。そのような友人らと青春期を過ごすということは、あまり距離の近い友人に恵まれなかったわたしにとっては、非常にうらやましいことに思えた。それにわたしは二十代前半で結婚したこともあり、あまり友人同士連れ立って遊んだり、昼夜なく遊び呆けたりした記憶がないし、早くから仕事に就いていたこともあって、モラトリアムな時期が人生にほとんどない。わたしは文樹氏と山谷感人①氏の関係がとてもうらやましく思えたのだ。そのときは。

そうして文樹氏は、山谷感人①氏についての個人情報を好き放題に漏らすだけ漏らすと、部屋に来たときと同じ調子でユラっと自室に戻っていった。その後は風呂のお湯が出ない事件だとか、深夜バトルなどのいくつもの事件が起こるのだが、それは本件には直接関係がないので、また別の誰かの参戦記をご覧いただければと思う。

その時の会話の全てを覚えているわけではないが、文樹氏が主宰する「破滅派」のメンバーの中に日本を代表するスラム街の名称と女性器の英名をかけ合わせたペンネームを持つアル中がいるのだということは強く印象づけられた。それは話術に長けた破滅派主宰のワンマントークショウであり、居合わせたわたしたちは非常にリッチな深夜帯を過ごしたのである。だが、果たして、なにゆえ文樹氏が山谷感人①氏についての詳細を語るために我々の部屋を訪れたのかは、そのときはわからなかった。わかっていなかった。今思えばこんなに奇妙な行動であるというのに、そのときのわたしは八王子の山中で祭りに浮かれるあまり、何も気づかなかった。そう。文樹氏の仕込みは、このとき、すでにはじまっていたのだ。

 

それから縁あって、自分も破滅派の会合(合評会と呼ばれる謎の会合など)に参加するようになったのだが、当時長崎に暮らしているという我らがアイドル山谷感人①氏はなかなか上京してはくれず、自分はいつまでも会えずにいた。ヒモ生活を送るに身では、なかなか思うように行動ができないのだろう。男性であれば誰でもヒモとして生きてみたいと夢見るものだが、山谷感人①氏のように過ごすのがうらやましいかというと、それはなんだか違うように思えた。

そして、ついに、山谷感人①氏が上京してくるというと聞いても、運悪くわたしは仕事に追われて都合が付けられず、文樹氏がセッティングしてくれた、レアキャラとの遭遇機会を逃してしまったのである。無念極まりない。もしもそのとき彼に会えていれば、この「事件の真相」にもっと早く近づけていたかもしれないのに、たいへんに残念なことであったが今となってはどうすることもできない。

そして2021年、山谷感人①氏は今、生命の存続に関わる重い病に冒されており、いつ死神とランデブーしてハッピーエンドを迎えてもおかしくないのだと聞かされ、これはもういよいよわたしと彼とは縁はつながらないままスクリーンのこちら側から一方的にエンドロールを眺めるだけになるのだろうと思っていた。きっとわたしたちは、そのような運命の下で生かされてるのに違いないのだ。

 

ある日の「ふみちゃんねる」(文樹氏のオウンドYouTube番組)で文樹氏の幻の著作『アウレリャーノがやってくる』(新潮新人賞受賞作品)がついに、著者自らの手で紙製の書物として広く刊行されると聞き、いち文樹ファン(ストーカー)であるわたしもささやかなお手伝いの意味も含めて、事前に校正紙を見させていただくようお願いをした。それで後日PDFを頂き、みなさんに先駆けて破滅派シンパ諏訪真氏の血と涙の結晶たるレイアウトデータを参照することができた。

 

同作はイケメン代理詩人である主人公アマネヒトと、彼を迎え入れた「破滅派(架空)」の奇人変人たちとの交流を描いた、デカダンなモラトリアム小説である。架空とはいえ実在の人物がモデルになっていると文樹氏は言う。彼らは文樹氏の学生時代からの友人たちで、破滅派の創設メンバーなのだとか。もちろん多分に脚色は含んでいると思うが、キテレツながらもどこか生々しさがあり、なるほど、実際の人間をモデルにしているというのも納得できる話だった。おそらく本稿を読む方々はすでに読まれているだろうから蛇足だと思われるが、文樹氏渾身の青春小説、『アウレリャーノがやってくる』の登場人物を紹介しよう。

まず前述のアマネヒト。彼は青森出身の若者で、上京して破滅派に加わる。

そして、蟻地獄のようにずるずるとアマネヒトを情欲の世界へと引き込んでいく運命の女・深川潮②。

先輩代理詩人で樵の痴漢ぱるお③。

丸ビルの水先案内人で石鹸をなめる男、ほろほろ落花生④。

破滅派のリーダーで人文科学の権化たる紙上大兄皇子⑤。

皇子の盟友出雲(ズモ)。

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2021年10月26日公開

© 2021 波野發作

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