あなたにあいたくて

応募作品

波野發作

小説

4,219文字

Loi Gayssotに抵触する。合評会「ホロコースト」抵触作品。画像はCopyright: Spectral/RF123。

「ついに完成だ」

博士がつぶやいたとき、助手は夕食のメニューを考えていたので、何が完成したのかすぐにはわからなかったが、アレが完成したことだと気づいて通報した。

「何が完成したんですか?」

「何を言っているのだ。〈超精神体具現化装置〉に決まっているじゃないか」

「え、あの幽霊を実際に誰でも見られるようにしちゃうというアレのことですか?」

「もちろん。理論は完成していたのだが、実際の装置の実現にはまだ数年かかると言っていたソレだ」

「まだ実現できないっていうより、不可能だったのでは?」

助手は夕食のためにではなく、別の目的で冷蔵庫を開き、油紙の包みを取り出した。

「わたしも諦めていたんだが、今朝、遂に決定的な解決策を発想し、秋葉原でコンデンサを買い込んできて、いま完成したのだ」

「ああ、今日立ち寄りって言ってたのはそれが理由だったんですね。言ってくれればお遣いに行きましたのに」

「いやいや、君はいつも不良品ばかり掴まされるからダメだ。こういうのは店頭での目利きが重要なのだよ」

「す、すみません」

「君が悪いのではなく、わたしの引きが強いだけなのだから気に病むことはない。そして、わたしは天才なので、この装置は完成した」

博士のデスクは窓向きに置かれていて、14型ブラウン管ディスプレイによく似たその〈超精神体具現化装置〉は、玄関の脇に立て掛けてある金属バットを振り回せば、簡単に屋外に弾き飛ばして、自由落下の末の地表との激突で完全に破壊してしまえそうだった。しかしそれは問題の解決を意味しない。この材料費の少ない装置は、博士が生きている限り何度でも作られるだろう。やはり、発生源を潰さなければ使命は果たせない。わざと不良品とすり替えたり、博士が研究に没頭できないように風俗街を連れ回したり、サプライズデリバリーなどいろいろな演出をしてきたが、それもすべて水の泡である。助手はここにきて完全に追い込まれてしまった。夕食のメニューに迷っていたのが、はるか昔のようだった。

「思えば長い年月だった。妻を亡くしたわたしが、もう一度彼女に会いたい、そして謝りたいと思い、この装置を発案してから何年が経っただろう。そして世間の逆風は厳しかった。なぜかメディアはわたしをバッシングし、研究費はカットされ、大学を追われ、あらゆる迫害を受けてきた。だが、わたしは諦めなかった。なぜなら、わたしは妻に会って反省を述べなければならないからだ。わたしが悪かったと伝えなければならないからだ。さあ、スイッチを入れよう!」

「待ってください。ブレーカー落ちませんか?」

「え、あ、いやどうだろう。さすがに大丈夫だと思うが」

「実は電気代が厳しくて、昨年から契約を20アンペアに下げています」

「20アンペア!?」

「電子レンジとドライヤーを同時に使うと落ちます」

「そんなに電力は用いない設計のはずだが、やってみないことにはなんとも言えないな」

今にもスイッチを入れようとしていた博士は、作動を思いとどまったようで、助手は作戦の成功をほくそ笑んだ。当局が現れるまで作動させてはいけない。いや、起動実験ぐらいはいいのだろうか。
「博士、〈超精神体具現化装置〉の仕様書は書けたんですか? ドラフトですか?」

「ああ、そうだった。書きかけがそこにあるので、君の手で清書しておいてくれないか。できるだけ早く学会で発表ししたいし、特許申請も急がなければならない。これは金になる発明なのだからな」

「わかりました。これですね?」

助手は博士の悪筆のメモの束を手に取る。ひどい文字だ。この文字を解読できるのは、ただひとりこの助手だけである。つらつらと流し読みをしていくと、明らかに問題のある記述が目に止まった。

「……一度の作動で永年効果?」

「うむ。そこが発想の転換だったんだ。いわゆるブレイクスルーポイントだ。わたしは今まで、なんらかの装置を作動させて、霊魂を召喚してこの場に留め続けなければならないと錯覚していたのだ。これには相当に大量の電力が必要だし、それに長時間耐える電気回路の製造も困難だった。だがしかし」

博士は胸を張って装置を指した。

「こいつは違う。霊魂の磁場、つまり超精神体を空間に具現化するだけだ。これは写真の現像に極めて近い。君たちの世代ではあまり紙焼きの写真は馴染みがないと思うので、この発想はできないと思うが、わたしのような老害であれば容易に発案できるのだよ。そして、いちど空間に現像してしまったものは、当分その場に留まることができる。そういう仕組みになっている」

「装置の影響範囲は?」
「そりゃ君、実験してみないとなんとも言えんよ」

「危険はないんですか? なんというかその、霊魂が悪霊となって襲ってくるとか」

「そんなオカルト映画みたいなことが起こるわけがないだろう。君はそれでも科学者かね。くだらない」

「いや、しかしそもそも霊魂の電荷自体が眉唾なわけですし」

「馬鹿者。それはもう実証済みではないか。わたしのデータを捏造だとでも?」

「いえ、そんなことは……」

実際、博士の測定器は確実に霊魂の存在を捕捉していた。過去、死者の発生した場所では、間違いなく高い霊電荷を計測できていたし、その人数が多いほど、高い数値が検出されていた。霊魂というものがどういうものなのかは、今後の研究を待たなければならないだろうが、その計測はもはや科学の領域で可能となっているのである。

「……博士、霊魂は死後どの程度の期間計測可能なのでしょうか」

「約100年といったところだな」
「根拠はなんです?」
「前にいた研究室の隣の旨は、空襲のとき重傷者が搬送されてきていたそうなんだが、実際高い値を示していた。一方で、大学の隣にあるビルは江戸時代に幕府の刑場だったんだが、こちらではほとんど反応がなかった。その他いろいろ文献と照らし合わせながら試してみたところ、どうやら100年ぐらいで、霊魂の痕跡は消えてしまうということのようだ」
助手はそれを聞いて、やはりまずい、とつぶやいて油紙を引き裂いた。ジェリコ941、ポリマーフレーム。助手は美しいフォームでピストルを構えると、即座に9mmパラベラム弾を14発全弾、博士の肉体に撃ち込んだ。

 

肉塊は床に崩れ落ちたが、ただの一発も装置には当たらなかった。博士が身を挺して守った形になったが、この理系バカにそんな男気などあるはずもなく、ただ、たまたまそこにいて当たったというだけであった。

先刻まで助手だった元助手は、元雇い主の亡骸を蹴り飛ばして、装置に近づいた。複雑なコード構成。設計図などはなく、この肉塊が博士だった頃に直感と思い込みだけで作り上げたものだ。果たしてそれは、数多の霊魂がこの世への未練を誰かに伝えたくてこの男に託して作らせたものなのだろうか。それは誰にもわからないが、この世界は生者のものだ。生者の都合が優先される。そうでなければならない。

発光ダイオードが緑色だった。違和感を感じた。通電を示すのは赤ではなかろうか。

装置のスイッチを探してみるが、どれがそうなのかまるでわからない。リモコンの類もなかった。

この装置が作動していたら? 元助手は背筋が寒くなるのを実感した。実際に寒い。

『ooOoOOooO』

声が聞こえる。振り返ると、射殺したはずの元博士がホログラムのような透けた姿で立っていた。なるほどこういう感じで見えるのか。

もっと怒っているのかと思ったが、そうでもないように見えた。生前の飄々とした風貌のまま、ただ立っている。聞き取れない声で何かを話していた。

『oOOooOoOooOo』

違う方からも声が聞こえて、そこにも人影が見えた。だんだん色が濃くなっていく。女性のようだ。その顔は、博士の細君のものだった。病院で亡くなったはずだが、なぜここに? いや、そんなことより、装置が作動しているのは非常にまずい。

電話が鳴った。助手はいそいで受話器を取った。

『状況を』

「母衣幸佑博士は命令どおり射殺しました。しかしなぜか装置が作動しているようです」

『そのようだな。道端にゴーストが大量に見える』

「影響範囲はどのぐらいなんでしょうか」

『国内は全域なのがわかっている』

「まさか」

『北海道と沖縄の支部でも見えていることが確認されたから間違いない』

「本部は?」

『あっちはまだ夜明け前だ。とにかく欧州が朝を迎える前にこの現象を止めるんだ』

「はい」

装置を破壊すれば止まるのか、破壊してしまえばもう解除はできなくなるのか、その判断が難しかった。そもそも影響範囲が想定外だ。この装置の出力で、そんな広範囲に影響を及ぼすことは物理法則を凌駕している。これは現行の物理学の範疇を超えた現象としか言いようがない。4種のエネルギーのどれを使ってもこのような現象を説明することはできない。それはつまり第5の力の存在を示唆していた。もしもこれが解明できたら、停滞している人類の科学力は、飛躍的に発展することが可能になるだろう。しかし、助手にはそれができないことがわかっていた。本部がそれを許すはずがない。100年間の死者がすべて具現化される現象を許容するはずがないのだ。

再び電話が鳴った。助手は博士の腹に手を差し込んで、その向こう側にある受話器を取った。

『本部から指令があった』

「はい」

『装置を破壊しろ』

「いや、しかし」

『装置を破壊してダメなら、街ごと消す気だろう。インターネットも全部遮断されているから、奴らは本気だ』

街ごとで済めばいいが、国ごと、あるいは星ごとだって消してしまうかもしれない。助手は諦めてバットを手にした。

確かこういうときに口ずさむ曲があったと思ったが、うまく思い出せなかった。
ちょっと袖を肩のところでたくし上げて、バットを虚空に掲げる。博士の血で滑りやすい足元に注意しながら、思い切りバットを振り回した。ガキンとバキンの中間のような音がして、〈超精神体具現化装置〉が窓ガラスを突き破り、その先をACアダプタを引きながら放物線を描いてアスファルトの路面に激突した。ガインとゴインの衝撃音が連続して聞こえた。スキール音と衝突音も聞こえたが、些細なことだ。
助手の視界には博士の細君も、博士本人の姿もなかった。道路を見下ろしたが、大破した自動車のところにも運転手は見えなかった。どうやら装置の停止には成功したようだ。街も国も救われた。助手は姿を消した。彼の行方は誰も知らない。

EOF

 

2021年9月18日公開

© 2021 波野發作

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


2.5 (11件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

SF サスペンス

"あなたにあいたくて"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2021-09-18 12:07

    博士が助手の嫌がらせに全然気付いていないのが笑えました。博士も死んで、会いたかった人に会えたのでは、そしたらこれはハッピーエンドですね。どの辺がホロコーストと絡むのか微妙ですが、その微妙さも含めて、コメディーなのがよかったです。

  • 投稿者 | 2021-09-18 12:45

    ゲソ法ありきですね>どの辺がホロコーストと絡むのか

    著者
  • 投稿者 | 2021-09-20 04:48

    あなたにあいたくてという事で、松田聖子女史のあなたに逢いたくてを聴きながら読みました。面白かったです。あと老害の人が自分の事を老害と言ってのけてしまう時代の到来に恐怖しました。老害が老害に対しての一つの侮蔑、鎮静剤であったのに、これではまた違う用語を考えなくてはいけないじゃないかと思いました。

  • 投稿者 | 2021-09-22 23:56

    見当違いかもしれませんが、ひょっとして元ネタはバロウズでしょうか。昔読んだ彼の長編に、原子爆弾は肉体を滅ぼせるが霊魂までは滅ぼせない、それで広島と長崎で肉体を滅ぼされた霊魂が復讐にアメリカを襲いだしたので、オッペンハイマーは今度はスーパーソウルキラーという、これまた適当なネーミングの霊魂のみを殺す爆弾を開発するのですが、それを使ったら地上の人間の霊魂もみな死滅したというような作品があったと記憶しています。なんかそれを思い出しました。

  • 投稿者 | 2021-09-23 06:11

    まさに絵に描いたような、という形容が適切なステレオタイプのマッドサイエンティスト博士と客観視点に特化した助手氏のみ、という登場人物で鉄板の安定感ですね。小道具もやたらレトロな装置とか金属バットとか徹底してます。
    組織の目的や詳細もまったく語られていなくて、「そんなのどうでもいいんだ」という並々ならぬ決意を感じます。いくらなんでも具現化した博士と細君がストーリー上何もしないというのはやり過ぎだろうと思いましたが、これはそういう作品でいいんだと納得しました。

  • 投稿者 | 2021-09-24 21:37

    前回の合評会からナンセンス的な流れが来ているのでしょうか。
    作っては壊す、建てては解体する、産んでは殺す、そんな人間の性のようなものを描くにはやはりコメディやナンセンス的な形が適しているという感じを抱かされます。
    ホロコーストなんてナンセンスだぜ、という印象を受けました。

  • 投稿者 | 2021-09-24 23:35

    電子イタコというか、デジタル大川隆法というか、いや、ここが東京なら100年分の幽霊呼んだらえらいことになるぞ、大空襲で十万人死んだし、ここがアウシュビッツだと更に大変なことに、でも言葉通じないしな。通訳呼んでこないと。それにつけても千年以上も祟っている将門公は大したものだ。平安京の早良皇子はとっくに祟りが消えているのにすごいものだな。ところでホロコーストと何の関係が?

    でも面白かったです。
    秋葉原でコンデンサーとか電気契約が20アンペアとか、相変わらず細部で笑わされてしまいます。

  • 投稿者 | 2021-09-26 00:39

    星新一風の設定で始まったものの、どんどん不穏な空気になってきて楽しめた。ゲソ法なるものを調べてみたけれど、作品とお題の関連は結局よくわからなかった。

  • 投稿者 | 2021-09-26 09:46

    藤城さんでもわからなかったかー。無理筋だったかなw

    著者
  • 投稿者 | 2021-09-26 12:45

    助手の嫌がらせに気づかない博士の鈍感さ、よく言うと人の好さが良かったです。そんな博士も20アンペアで驚くところも笑えました。

  • 投稿者 | 2021-09-26 13:11

    装置が完成したらアウシュビッツの人たちのゴーストが出まくって大変なことになるから阻止してるんだと思っていました。
    ゲソ法とか松田聖子とかEOF とか調べたけどわからなかったです。
    秩序ある(?)ハチャメチャさが面白かったです。

  • 投稿者 | 2021-09-26 14:07

    欧州で発動してしまう前に止めなければならなかったのは今に伝えられているホロコーストと実態が違っていたことが露見することを恐れたからなのかしら。それと波野さんってナミノフさんだったんですね。

  • 投稿者 | 2021-09-27 12:57

    アイデアに脱帽です。とても面白かったですが、私もホロコーストというお題からは距離があるように思いました。亡くなった妻にもう一度会いたくてマッドサイエンティストに、という、あえてのテンプレ感ある設定を使いつつ、先行きがよめない展開にわくわくしました。

  • 編集者 | 2021-09-27 16:28

    ゴーストバスターズを呼べ!

    不思議な部分もあったが、世界中に作中の現象が波及すると、ホロコーストなどは元より近現代の様々な秘密が暴かれ、社会が崩壊するのを恐れているのだろうか?

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る