エメーリャエンコ・モロゾフの横顔 〜量子力学と文学の大いなる融合を前に〜

モロゾフ入門(第2話)

応募作品

波野發作

ルポ

5,136文字

書肆蔦屋と牢屋敷の町、小伝馬町。十思公園でぼんやりと地面の蟻の動向を眺めていたら、ひとりの老紳士が近づいてきた。「あなたはエメーリャエンコ・モロゾフを知っていますか?」私が知らないと答えると、紳士は残念そうな顔で「ソープランドに行く金がないのでカンパしてほしい」と言った。生憎持ち合わせが少なかったのでなけなしの津田梅子札を渡すと、お辞儀をして手刀を切って受け取った。

エメーリャエンコ・モロゾフの名前を知らない、あるいは見たこともない、という者は本稿の読者にいないと思われるので、すぐ本題に取り掛かりたいと思う。

無国籍多言語作家の草分けであり、唯一神として頂点に君臨する絶対的存在、それが「エメーリャエンコ・モロゾフ」である。

モロゾフはロシア人で七番目に多い姓である。ロシア圏では性別で姓の語尾が変化する。女性であればモロゾワになるところだが、モロゾフを名乗っているため男性である可能性が高い。作風からもおそらく男性であると断定して差し支えないだろう。エメーリャエンコというファーストネームだが、これはおそらくファーストネームではない。父称と呼ばれるミドルネームのようなものであると思われる。父称とは例えばフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの「ミハイロヴィチ」であったり、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーの「イリイチ」などがこれにあたり、スラブ系民族の風習とされる。エンコという父称の語尾はウクライナ系のものであり、「エメーリャの子」という意味になる。エメーリャはエメリヤーンの略称でもある。ちなみにモロゾフは「寒い」という語が元になっている。

エメーリャエンコ・モロゾフとは「ウクライナ系のエメーリャの子、モロゾ家の男子」という意味であり、ファーストネームが欠落している。グリム兄弟のように複数の人物による共同ペンネームである可能性は否定できない。たとえば、兄イヴァン・エメーリャエンコ・モロゾフと、弟ピョートル・エメーリャエンコ・モロゾフの兄弟、あるいは叔父と甥などのコンビ名であるか、場合によってはさらに多くのモロゾフ家の人物が関与している可能性も示唆されている。

たとえば人間離れした百八十歳余という年齢についても、この複数説であれば矛盾なく解決できる。曽祖父エメーリャエンコ・モロゾフが始めた作家活動を、その子や、孫の代、さらにその子まで継続しているという可能性もあり得るのである。無国籍というのもロシア革命時や、冷戦中に亡命していることも関連しているかもしれない。多言語という超人じみた能力も、複数人であれば造作もない。人格として一貫性がないことも、この複数説であれば容易に解決できるのである。

翻訳された小説やエッセー、それらの書誌情報などから、エメーリャエンコ・モロゾフ本人に関する記述をピックアップしてみた。

 

▼出自に関する記述

・エメーリャエンコ・モロゾフは生年・生地ともに不明である。

・エメーリャエンコ・モロゾフは1839年8月13日生まれである。

・エメーリャエンコ・モロゾフはアメリカ・デスバレーで誕生した。

・エメーリャエンコ・モロゾフの父は祖父であり、母は姉であった。

・エメーリャエンコ・モロゾフは領主の息子だった。

・エメーリャエンコ・モロゾフは領主の息子で決闘代理人を務めたこともある。

 

▼経歴に関する記述

・エメーリャエンコ・モロゾフは高校時代、陸上部に所属していた。

・エメーリャエンコ・モロゾフはアイヌの町で毎晩のように物語を語っていた。

・エメーリャエンコ・モロゾフはコールドスリープを行っていた。

・エメーリャエンコ・モロゾフはカナブン・ショート・アワードで月間優秀賞に選ばれた。

 

▼所在に関する記述

・エメーリャエンコ・モロゾフは世界各地を放浪し、浮名を流した。

・エメーリャエンコ・モロゾフは2016年まで上海の2LDKのマンションに住んでいた。

・エメーリャエンコ・モロゾフは山梨県小淵沢の築四十一年の小粋なコテージに住む。

2019年5月6日公開

作品集『モロゾフ入門』第2話 (全13話)

モロゾフ入門

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© 2019 波野發作

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