ダイナソーエイジ・エメーリャトリエンナーレ

モロゾフ入門(第1話)

応募作品

カナエ・ユウイチ

小説

15,305文字

原題:Les métamorphoses d'un escroc
気鋭のオンライン除霊師ダイナソー・エイジはウェバー州立大学で行われたアムウェイのパーティーで狙撃を受け、エメーリャエンコ・モロゾフの化石を発見する。それをあこがれの恐竜と勘違いした彼は故郷ダンコン村でアートフェスティバルをもくろみ……。ノーベル文学賞2018応募作品。

恐竜をご存知だろうか。さよう脊椎動物の分類群のひとつである。三畳紀から白亜紀までおよそ一億六◯◯◯万年ものあいだ、もとはワニに近いとされる主竜類から進化した彼らが多様な形態と習性へと適応放散し地球の各所に繁栄、君臨した理由とはなにか。これは彼らの絶滅と同様に古生物学の大いなるミステリーだが、幼少時に恐竜への愛によって周囲から恐竜博士を通り越してゴミと言われていたわたくしエメーリャエンコ・モロゾフの研究によれば、その理由とは実力である。

ここにわたくしの化石がある。化石とは地質時代に生息していた生物が死骸となって永く残っていたもの、もしくはその活動の痕跡を指す。化石を参照、調査することによってわれわれは人類の到来よりはるか昔に存在した生物を知り、思いを馳せることができる。ここにあるわたくしの化石はふと恐竜とセックスしようとジュラ紀へでかけたらブラキオサウルスに踏み砕かれたものだ。

全長二五メートルにして体高一六メートル、体重は最大で五◯トンともなるブラキオサウルスではあるが、赤ちゃんならサラブレッドくらいであろう、サラブレッドなら経験がある。そう合点したわたくしはさっそくジュラ紀へと飛んだ。はたしてローラシア大陸の現在でいうユタ州オグデンのウェバー州立大学スチュワート・スタジアムあたりに降り立つと、群れから外れて岩へ頭突きをかましていたブラキオサウルスの赤ちゃんはちょっとしたゾウほどの大きさだった。え、ちょっとデカくない? わたくしは逡巡した。だがなにごとも思いどおりにはいかないもので、理想を追いかけるあまり次善を唾棄して願いをなにひとつ叶えられないのは人として下の下であろう。おいモロゾフ、ちょっとストライクゾーンから外れているからといってしりごみしてどうする。しりにごみが詰まっているのはみな同じではないか。わたくしは赤ちゃんの下腹部へ飛びつき、振り落とされた。

体勢を立て直すと赤ちゃんが奇っ怪な声をあげながらこちらへ向き直っていた。すこしびっくりさせてしまったかな。わたくしは浅慮を反省し、

「すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます」

と「子どもの権利条約」の一般原則を暗唱した。これは正式名を「児童の権利に関する条約」といい、子どもを権利主体として位置づけその基本的人権を保障するために制定された、二◯◯弱もの国が批准している国際条約だ。性についての規定もあり「子どもの売買、子ども買春及び子どもポルノに関する子どもの権利に関する条約の選択議定書」では、子どもの権利を守るために児童の売買、児童買春及び児童ポルノが禁止されている。全世界で横行する児童への性的搾取は嘆かわしいものであり、肉体および知能の発育段階で汚れた行いに身を染めることは、彼ら彼女らの身体的・精神的・道徳的・社会的に健全な発達を妨げるものとして、わたくしもこの条約には諸手を挙げて賛成するにやぶさかでない。だが恐竜に人権はない。昨今は動物の権利についても議論が巻き起こっているものの、どれも主義主張や信仰信念の域を出るものではなく「子どもの権利条約」みたく国際的な同意を得た共通の基軸となる理念もない。したがってわたくしがお前を犯すのはわたくしの基本的人権において自由、わかってくれるね。と、わたくしは学のない畜生でもわかるように噛んで含めたのだが、相手はまるで聞いていなかったかのごとく奇声を吐き続け地団駄を踏むばかりであった。おおジーザス! なんというディスコミュニケーション。教育とはかくも難しいのか、とわたくしは歯噛みした。すると地響きがした。

それは断続的で、次第に間隔を狭め、また強さを増していった。当初わたくしは赤ちゃんの背後をどう取るかの思案に夢中で、それがなんであるかに気づかなかった。把握したのは赤ちゃんの奇声を低く大きくしたような音が背後からわたくしを捉えたからである。振り向くと彼方から成年のブラキオサウルスが突進してくるところだった。日曜朝の討論番組に向かって暴言を吐く中年男性の陰茎めいた首をこちらへ向け、一目散に近づいてくる。親だ。しかし種を超越してわかる明らかな敵意に戦慄しながらも、わたくしはある種の奇遇を感じた。なにしろ相手は大人なのだから聞き分けのない稚児と違って理性があるはずだ。話せばわかる。残り二◯メートルとなり完全にこのまま轢殺する構えのブラキオサウルスへわたくしは、恐竜ひいては動物への絶えざる愛を抱くに決定的な影響を与えてくれた名シリーズ『シートン動物記』の一冊を懐から取り出し突きつけた。この表紙が目に入りさえすれば、ヤりたいという真率な気持ちが伝わるはずだ。だが、この希望は絶望へと変わる。なんとわたくしの手にしたそれは『ファーブル昆虫記』だったのである。致命的なまちがいに気づき、わたくしは天を仰いだ。そこには足の裏があった。そして生命活動を停止、死んだのだ。

 

わたくしの化石を見てみよう。念入りなストンピングと堆積したふんのおかげでわたくしの死体は食いあらされることも風に吹きさられることもなく全身が美しく粉々に化石化しており、最後の悪あがきとして手首を曲げた両腕を高く上げブラキオサウルスに同類だとアピールしたときそのままがいま復元されている。情けない姿だ。しかし時を経た現代では肉も皮もないせきららな裸体が奏功し見るものの真に迫る恐竜への擬態となったようで、ショーケースに横たわるこの性的倒錯者の口元には、

オバンドーザウルス・ニッポニアヌス

ダイナソー・エイジ

ダンコン村 出土

と書かれたプレートがある。ダイナソー・エイジはダンコン村出身、気鋭のフィールドワーク・アーティストである。肩書の意味は本人にもわからない。少年時代からの恐竜好きがこうじて理想の恐竜を求めるあまり一六歳で座敷牢を飛び出し上京、英会話教材の押し売りから出会い系アプリのサクラを経てオンライン除霊師を営むかたわら独学で考古学を修め、同じ兼業ながら偉大な業績をあげゴッドハンドと呼ばれたフジムラ・コナン・シンイチと親交を結んだ。シンイチは「ガッカイ」というエビデンスを重視する黒の組織の陰謀によって表の世界から消され名を変えねばならぬほどの不遇を味わっていたが、彼がよく自身の発掘した線刻文字瓦に日本酒を注ぎながら、これはアカデミアつまり反社会的勢力の妨害さえなければ人類がジュラ紀に存在していたことを証明する革命的な出土品である、と語ってくれた口調は古代への情熱に満ちており、エイジの人格形成と研究手法に決定的な影響を与えた。

脱税で執行猶予中のある日エイジはオンライン除霊界の巨星スティーブン・ザ・エクソシストからウェバー州立大学での国際ゴーストシンポジウム「AIと除霊」にパネリストとして招聘され、三十路をひかえ詐欺師よばわりに耐えかねていたこともあり快諾し、オグデンへと向かった。悪霊にとりつかれた入国審査官から犯罪歴を問われた際に真言を唱えたせいで覚せい剤の密輸を疑われ拘束されたものの晴れて潔白が証明され、開催当日ではあるが出演予定の第二部「不安の煽り方」にはじゅうぶん間にあう時間にウェバー州立大学へたどり着くことができた。このシンポジウムで名を馳せてアメリカ進出への足がかりにする腹づもりの彼は生来の誠実さを活かして磨き上げたペテン理論を世へ問うチャンスに身震いし、コカインを吸った。だが会場にはだれもおらずザ・エクソシストとも連絡がつかなかった。大学職員へ聞いても企画そのものが申請されていないという。おまけに、

「当学がそんなあやしい集会にオーケーを出すと思いますか。帰ってください。これからアムウェイのパーティーがあるんですから」

と侮辱を受ける有様だった。実はザ・エクソシスト率いる環太平洋心霊科学協会はこの大学を武力占拠した上でシンポジウムを開く予定だったが、それを聞きつけた世界オカルト連合がルイジアナ州デビルにある協会本部を襲撃、ザ・エクソシストも身を守ろうと召喚したゾンビに秒で食い殺される名誉の戦死を遂げた。いまやこの遺恨はサイキッカー、ネクロマンサー、テクノロジスト、また合気道七段を持つテキサス州ハズペス郡保安局の執行官が入り乱れた大規模抗争へ展開し「AIと除霊」どころではなくなってしまったのだが、そんなことはアムウェイのパーティーに乱入し「不安の煽り方」を熱弁したところセキュリティーから狙撃を受けセグウェイで命からがらラナウェイしたエイジには知る由もなく、なにがなにやら混乱したまま彼は負傷と空腹のせいで地に倒れ伏したのだった。

ああ、おれはもう死ぬのかな。(ここは感情移入してほしい)アメリカの土は、赤い。(わたくし渾身の描写である)脇腹から出る血が染みてすぐに見えなくなるぜ。(ご家族全員で朗読してみよう)SMSで法華経を送って悪霊を退散させていたのが懐かしい。(オンライン除霊師になったつもりで)最後は、自分のために唱えてみようか。(さあ、みなさんご一緒に)

 

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空

度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色

色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相

不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中

 

するとどうだろう、エイジの視界に光が満ちて、パンチパーマの中年男性があらわれた。ボロ布をまとったほかはなにも身に着けておらず、まるで悟ってでもいるかのような薄笑いを浮かべ、額には一丈五尺くらいの白髪が右巻きに丸く点となり、生きとし生けるものはすべて仏陀になる可能性を持つという法華経に記された真理をあたかも語りたがるがごとく沈黙していたが、やがてその口を開き、

「それは般若心経ですよ」

と言って消えた。

薄れゆく意識のなか、エイジは自らの罪を悔悟し、来世はきっとまちがいを犯さないようにしようと涙ながらに誓い、静かに、静かに目を閉じたのである。翌朝ぱちりと目を覚ましたエイジは脇腹の被弾箇所がかすり傷だったことを確認すると、懐からアムウェイのパーティーでパクったワインボトルを取り出してラッパ飲みした。やはり起き抜けの酒はいい。労働意欲がわいてきたぜ。すっかり気分をよくした彼は酔いのままオグデン東部を練り歩き今度こそ法華経をコピペして二件の除霊をキめ、アインシュタインブラザーズベーグルのもちもちな生地を噛むほどに広がる小麦のうまさに舌鼓をうち、夕暮れまでストロングスキャニオンの岩陰でコカとコーラを楽しみ、夜ご飯をあさろうと街へ降りる途中、スチュワートスタジアム脇のスカイラインへいたる短い灌木の茂る森で、奇妙な斑紋を見つけた。赤みがかった土のなかでそれは染みみたいに白黒、そして赤黄のつややかな筋に光っていた。目を凝らすと他にも点在していることがわかり、つなげてみれば確かに二本足の、子どものころから夢にまで見たかたちとよく似ているので彼は自らがオグデンに来た意味、ひいては生きてきた意味を悟った。

「恐竜だ」

わたくしモロゾフの化石であった。

2019年5月6日公開

作品集『モロゾフ入門』第1話 (全13話)

モロゾフ入門

モロゾフ入門の全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2019 カナエ・ユウイチ

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

"ダイナソーエイジ・エメーリャトリエンナーレ"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る