会議室に居並ぶ有識者の面々の顔は、沈鬱として、ひしゃげていた。口がへの字よりもさらに歪んだ壮年の女や、瞼が吊り上げられているかの様に見開き唇の裏を見せようとしているような初老の男が溢れ、全員の服装はグレーやらクリーム色やらのフォーマルファッションで統一されている。平均年齢が高く全員の背が丸まり気味なのも沈鬱な雰囲気に拍車をかけていた。“議論は出尽くした”、そんな空気が溜りに溜りきった末に、長い目配せの後、一人の男が口を開いた。
「だが、範疇の拡大もダメなら、ねえ……つまり……その、もう少し、その、夜の生活を、頑張ってもらう、ってことでしょ……」
男は顔を部屋の奥に向けた。そこには、能書家が腕を振るったとされる達筆の表題が掲げられている。
『皇室典範及び男系天皇存続に関する有識者会議』
ピンク色の服を着た女が、甲高いを声を上げた。
「な、そ、その生活って何ですかッ」
「そのー、あー、だから、こう、私達の人生を振り返りに振り返り続けて、その、一番最初の、ねえ」
「な、何なんですかッ」
止まらぬ女性の金切り声にさらに続いて、かつて皇籍離脱した元皇族の息子が、いきり立って大声を上げた。
「ふ、不潔、不潔で不敬ですよ!」
「いや岳田宮さんこそ何を考えてるんだ、言ってみなよ」
宮、の部分にアクセントが込められた調子で名指しされた岳田は、顔を真っ赤にして、伏し目がちに、しかし大声で続ける。
「お、おしべとめしべの」
「ほら、あんたらの方が真面目に考えてないじゃないか、私はちゃんと皇室の弥栄を願って」
「ねがっ、願ってないでしょおおお」
「側室もダメだってんだからなあ」
「あなた」
呼び掛けられ、男の発言が止まった。一角にいた老婆が、机に視線を落としながら、低い声でつぶやく。
「皇室をゴシップの域に落とすつもりですか」
「そうだ、皇室はあくまで清らかな存在でなければッ」
議論とも騒音ともつかない声が飛び交う中、奥の方に座っていた大学教授が腕を組みながら溜息をつきうつむいた。
「国学院の平泉先生が、痴呆になってなければなあ」
その時、ノックもなく扉がいきなり開き、まるで渋谷から適当に抽出した雰囲気の男達が乗り込んできた。先頭に出た、ブランドスーツ姿に金髪の白人男性が一同を見回し、鼻で笑う。
「何? こんな感じなの会議って」
「だ、誰ですか貴方は」
「なんか老人ホームみてえだな」
「な……」
ブランドスーツ姿の男の背後から、TPOという概念を根本から破壊するように、Tシャツに短パン姿の男や、首や腕にアクセサリを沢山付けた革ジャン姿の若い男達が現れる。手前の席に座っていた女性が金切り声を上げた。
「一体何なんですか! 出て行きなさい! 警備員は何してんの! 」
「何喚いてんだよババア! 俺達はちゃんと命令でここに来てんだよ、メ・イ・レ・エ!」
白人の傍らで、ガムを噛んでいる男が胸元から紙を取り出し、一同に突き付けた。そこには、ちょうど数か月前に今の有識者たちが受け取ったような書面と同じような辞令がある。
「ちゃんとォ、総理大臣の命令で来てるの、分かる? で、今の会議はみんな解散で俺達が新しくやんの、分かる? 」
元いた有識者達はそれを聞いて、困惑と疑問の顔でお互いを見回し合うが、皆あわあわ声を出すだけで誰も意味のある言葉を出せない。ようやく岳田が息の切れるような過呼吸の後、声を上げた。
「ひ、い、一体、その、説明をしなさっ、いや、必要、必要ない、お前らみたいなのがここに来るわけない、一体何なんだお前らは」
「何? 自己紹介タイム? 俺はエメーリャエンコ・モロゾフだ、俺達あれだよ、今の経済大臣ていうの? あの人の紹介で俺達が役に立つからって呼ばれたの、オジンオバンはもう用無しなの」
「な、な……」
それを聞き、眼鏡をかけた、大学教授の男がある人名をつぶやいた。
「竹平仲蔵だ、あの男が……」
「そーそーそー、タケちゃんがね、俺達の債務取り立て能力とか何か強くてイカすのが良いんじゃねって、なんか良く分かんないけど金くれて紹介してくれたの、分かった? あんた痴呆?」
「モロゾフ先輩、難しい言葉知ってるッすねー」
そう言いながら、Tシャツの男が、机の上に未開封で置いてあったペットボトルのお茶を手に取った。
「何? コーラ無いの? 」
「ある訳ねえだろ、ジジイがコーラ飲むかよ」
老人たちの騒音と喚き声の中で、髪を紫色に染めたホストの様な男が部屋の奥の題を指さした。
「モロゾフさん、なんかあの、ぐにゃぐにゃミミズみたいな習字どうします? 」
「何、キョーちゃん何て書いてんのあれ? 」
「こうしつ……てんはんきゅう?び、おとこけいてんのうぞんぞくにかんするありしきしゃ?……かいぎ」
「あーあー、分かった、アレだよ、竹っちが言ってたやつ、あの、つまり皇室が早くおセックスして男産んでくれないと困るってやつだろ」
「じゃあそう書きまーす」
キョーちゃんは老人たちを無視して机に乗っかり、元の達筆の題をマジックインキで二重消しし、その上に下手くそな字で題を書き加えた。
『皇室典範及び男系天皇存続に関する有識者会議 もっと皇族の皆さんはおセックスして特に男を生んでください会議』
それを見て、有識者の誰もが喚き声をあげた。
「あんた、なんてことを、嗚沈々先生の御達筆を……」
「お前らが考えてたことをそのまま文にしてやっただけだろうが」
岳田が机を叩いて立ち上がった。
「き、貴様ら、出ていけッ、我々は清らかなことをやってるんだぞッ、何の間違いか知らないがここは恐れ多くも皇室の」
「てめえらが出てけってんだよ! 」
モロゾフと言う男の怒鳴り声と同時に、後ろから警備員たちが入って来て、元有識者の脇を掴んで引きずっていく。岳田もあっけなく組み伏せられて、愛国とか連綿とか叫びながらも真っ先に部屋から追い出された。
「な、なっ」
「竹平、あの野郎ッ、国をどうするつもりだッ」
「あ、爺さん、タケっちによろしく」
老人たちが警備員に引きずられていくと、続いて部屋には様々な資材が運び込まれ、机の上には電話機が何台も並び、奥にはテレビが置かれた。
「うっす、電話敷き終わった? じゃあ始めっか」
大臣から渡された名簿をもとに、六人の男がそれぞれ電話をかけ始めた。その光景はさながら、オレオレ詐欺や闇金の発信基地の様だった。
「もしもし、おたくどこさん? 春篠宮? おたくまだ男産んでないよね、困るんだよねー早く産んでもらわないと」
「もしもしーっ、あのね、えーっと! 秩母宮さんだよね! そうだよね! あのねー、毎晩セックスしてる? 勝負パンツ何色? 避妊ダメだよ? ……とっくに閉経?でもやるんだよ! 」
ぎゃんぎゃん声が響く中を、テレビの前では明らかに場違いな知恵遅れらしき青年がNHK教育テレビの「いないいないばばあ」を眺めていた。テレビの中の小汚い犬らしき着ぐるみを指し、はしゃいでいる。
「うふっ、マンマン、ねえモロピー、マンマン」
「そうだねー、ヨシ坊マンマンだねー」
部屋の隅で電話の回数をカウントしている男と、買い出し係の男がその男の様子を見ながら眉をひそめた。
「モロゾフさん、またヨシ坊連れて来てるよ……」
「シッ、静かにしろよ、ヨシさんのことになると怖いんだぞ」
"超弩級愛国者モロゾフ"へのコメント 0件