脱人入愚

合評会2019年05月応募作品

Juan.B

小説

4,486文字

※破滅派5月度合評会応募作品。

「……ですから、私たちは、三国人、ロシア人どもの妨害を乗り越え、東条英機首相の遺志を継がねばならないと、この令和の始めに思うのであります……映画のタイトルにもなりましたが、プライド!日本のプライドを守っていきましょう!……ご清聴ありがとうございました」

私が袖から眺める中、壇上で、ピンク色のフォーマルウェアを着た女性が深々と頭を下げた。無数の人々が拍手する。頭上に鎮座する国旗は充血した目で人々を眺めている。その下に横長の題字が掲げられていた。愛国統一戦線零水会主催 世界が愛する美しい日本の誇りを取り戻そう運動‘20 愛国講演会。桜柄の着物を着た、元アナウンサーで進行役の女性がハキハキと声を出した。

「さて、続きまして、アメリカから来られました、ロバート・デリカットさんの登壇です、既に皆様も御存知かと思われますが、ロバートさんは宣教師として来日されながら、日本の美しい文化を愛するようになり神道の信者となりまして、現在アメリカ神道イチバン協会の幹事として活動されております、では……」

私は手鏡で自分の顔を最終確認した。やや褐色じみた顔から金髪の前髪を慣らし、手鏡をしまう。会場からは再び激しい拍手が飛んだ。進行役に促され、私は笑いと微笑の中間の曖昧な笑みを浮べながら、袖から壇上に出た。

「皆様、始めまして、ただいまご紹介に与りました、ハロー!……ロバート……デ、デリカットでございます」

挨拶、名前、それぞれに一々大きな拍手が飛ぶ。会場ホールに座る人々は、スーツなどの洋装の人々もいれば、和服を着こなす人々もいた。さらに隅の方には、紺色に統一された制服を着た、所謂右翼団体の構成員たちも見えた。

「私は現在、アメリカで、えー、特にユタ州において活動しておりますが、今日は特に、私が海を越えて垣間見る日本の美しい伝統について話したいと思います」

視線が自分一点に集まっていた。だが、こんなことは普通で、良くも悪くも慣れている。

「本当に、日本には四季がございます、春夏秋冬、素晴らしいですね、アメリカでは四季は感じられません、地図を見ても地球を見回してもこれは日本だけ、日本の特権です、本当にこれは深く噛み締めてほしいと思います、そして富士山、これは日本の象徴、心の宿る所ですね、霊峰とも呼ばれますが、よくぞ、神様、えーまあ神様と言いましょうか、地球は日本だけにこんな美しい山を置いてくれたと思います、エベレストの様に高過ぎず、アンデスの様に不毛過ぎず……」

会場からは笑い声が飛んだ。人々の微笑を見るたびに、しかし私の心はざわつく。

「ことに日本の豊かな自然は、同時に豊かな人々を生み出しました、しかしアメリカの様にバラバラではありません、そう、天皇陛下と言う確固たる親、象徴、世界に類を見ない伝統を軸にして一様に生きられる、すばらしい国体を持っております、そして平和に暮らしつつ、いざ国難あらば、一致団結して戦ってきました」

自分はこの草稿を書いた時、必死に‟ある側”には寄るまいと執拗に注意した。

「靖国神社は、作り物だとか戦争神社だとか言われますが、無論建物としては歴史が新しいかも知れませんが、あそこに宿っている精神は全て日本古来の美しい精神、天皇と国の為に尽くしてきた人々を称え癒そうとする精神であります」

息を飲むような声が微かにした。やや手前の席の和服の老人がこちらに手を合わせ拝むのが見えた。

「美しい国ニッポン、というと、ええ、まあ色々評価はあるでしょうが、みなさまの誇りを守っておられますあの総理、あの言葉ですが、本当に、美しい自然と人々と精神、そうです、情緒の世界ですね、そういうココロ、太古からありのままの姿を残してきた、そう、日本は自然のたましいを大事にする国ですね、いんなあとりっぷ、素晴らしいと思います」

たどたどしく用語を並べる中、人々の視線が軟らかくなっている。私は踏み込まなければならない。これから、美しさと醜さと何でも混じったことを言わなければならない。人々の顔が渦の様に動いて見えた。

 

それからも私はしゃべり続け、ようやく講演を終えた。

「世界の文化はアジアに始まってアジアに帰ります、それもアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない……私は神に感謝します、日本という尊い国を、作って置いてくれたことを……ありがとうございました」

万雷の拍手が私を包み込んだ。着物姿の女性も、スーツ姿の男性も、右翼も、みなが私に向かって笑みを浮べ、延々と拍手を続けていた。私は、頭か胸か、果たして心とでもいうものが痺れるのを感じながら、舞台袖に引いた。だがこの痺れは、感動では無かった。私はすぐに控室の方に向かった。背後からは再び司会者のアナウンスが響いている。

「続きまして、ウエツフミと竹内文書研究の第一人者、草井満子先生の登壇です、草井先生は日本文明五十六兆年説の提唱者でありまして、先日も五次元文庫から『称徳女帝の膣は超古代の永久機関だった!』を刊行されております」

「こんにちは!早速本題に入ります、ユダヤ財閥とフリーメイソンリーの陰謀により太陽から七次元光線が日本に向けて照射されていますが、私の本を買いますと、七次元よりもっと凄い八次元エネルギーにより、七次元光線から身を守れます!いいですか、だてに都立松沢病院に七年間も拘束されてないんですよ私は!それだけではありません、9.11テロは私を監視している三鷹市水道局がレプティリアンと共同で引き起こしたもので……」

 

扉を閉めると、あのキンキンした声は聞こえなくなった。私は息を整えて、「鈴木様」と札が入った戸を叩いた。

「どうぞ」

「失礼します」

「あー、なんだアンタかー」

鈴木は、洒落た間接照明でベージュ色に照らされる部屋の中央で、革椅子に深く座っていた。この小太りで眼鏡をかけた男は、すぐに目線を下ろして私を視界から外し、スマホのゲームに意識を戻したようだった。彼が、この講演会の主催者だった。

「全部終わってからだろ」

「私が終わって、です」

「ふうん……仕方ないな、あー、幾ら?」

私は胸元からメモを取り出して、一目見た後、鈴木の目の前にあるガラス製の机に置いた。

「二十分基本二万円、天皇オプションが三千円、靖国三千円、あと……」

「あーあー、分かった、確か二万八千円ね」

「違う、三万円五千円」

「なんでだ」

「アメリカ人オプションが最初から」

鈴木は露骨に顔をしかめて何かを言いかけたが、その時、彼のスマホが鳴った。

「お前……ちょっと待て」

鈴木はすぐに表情を変え、笑みを浮べた。

「もしもし、あー!コバやん?あー元気!……うん、うん……あー来週良いのね?チョン高への街宣来れる?よし、うん、あーそうね!……マジ?オーケー……新しい天チャンねー、あれダメだね!マサコもさー、ガキできないキチガイじゃねーしょーもねえよ!ヒサヒトもクソガキだしよー!竹田さん戻した方が絶対良いって! 」

鈴木は、私が居ないかのように目の前で電話にのめり込んでいた。

「ったくよー、あんなシナチョンの手先みたいな弱腰天……ん?寄付金集まりそう?お前本この間出したし金あるだろ、こっちも遺族会のジジイババアからサイパン慰霊とかの名目で金毟ってるけどよーこいつらも貧乏になってるからなー金ねンだわ、新しい金づる見付けねえと吉原にもしばらく行けねー……あっ、目の前に丁度良いアイデア発見!ガイジン、ガイジンです!艦これ知ってる?」

急に私を見付けたかのように、鈴木はわざとらしい笑い声を上げながら立ち上がり、片手で財布を弄り三万五千円を渡してきた。私は彼が何を喋りだすのか伺いながらも、その金を受け取った。

「いやー、カンザス親父とか呼ぶの超金掛かるじゃん?だからさ……」

私は金を握りしめたまま、すぐに部屋を出て、扉を強く締めた。その向こうからは依然露骨な笑い声が響いていた。

 

そうだ、私は、虚構の人間だ。私は何人ナンビトでもない。私はろくな能力もなく、ただこの生まれ持ってのツラの需要があるために、自らの身体を主に保守・右翼団体に高額で貸し、日本を称えていた。私はロビーを通り抜け、外に出てようやく握りしめていた三万五千円を意識し、自分の財布に押し込んだ。私じゃない、俺だ。一月前は俺はサングラスをしたスペイン人だった。二万七千円。二週間前は髭を生やしてかつて日系人と交流したというアルゼンチン人になりすました。四万円。つい三日前には横顔オンリーで右翼の機関誌に「イタリアのネオファシストから熱いエール」として載っている。二万円。良い商売だ。良い……。今日は少し失敗した。自分の名前を一瞬忘れかけた。少なくとも外国人への差別に直結することだけは言うまいとしたが、今日の俺の講演はスレスレだった。

そう考えている内に、商業ビルの一階に入った。一階に入っている書店の店先にサラリーマンが出入りする。気を紛らわそうと店に入ると、一冊の本が、大きなPOPを三枚も使って宣伝されていた。

禁断の書が緊急出版!猛毒か、特効薬か! ツイッターで話題騒然!

なぜブレイビクは日本を称えたのか!?移民・混血化に苦しむ世界、まだ引き戻せる日本!

多文化は終わり、分離を再評価する時代が来た!全日本人必読の書! 小林やすのり『鎖国進化論』

ネット論客を名乗る人物の新著だった。海外の極右に称えられて、日本人が「単一民族的社会が海外の保守派から評価されている!」等と喜んだ所で何になるのか。依然コンクリ塀に囲まれたサル山で、海外のバカからバナナを投げてもらって喜んでいるだけだ。しかもなぜ、日本が諸外国から分離する側だと思い込んでいるのか、される側だろうが……そこまで考えた所で、俺はすぐについ先程までの自分を思い出して、考えるのを止めた。

お前は何者だ、とそこら中の通行人の影から響く問いの声を避けマクドナルドに入った。そこには東南アジア系とみられる女性の店員が訛りのある日本語で応対しつつ、奥では浅黒い肌の男がビックマックを組み立てている。会計で渡す諭吉が俺を凝視した。説明できない違和感は、つまり何でもないのだ。俺は愚かだ。俺は……ビックマックに噛り付いた。金を貰っては全てを貪る。日本が俺を貪り、俺も日本を貪る。自分は、それでも自分である。ピクルスの味の向こうに、意識が飛んでいった。

 

 

 

・参考

「ガイジン」派遣します!

日本のことを褒めてほしい、けど日本人が褒めるのはちょっと……。かといって外国から呼ぶのは大変……。そんなアナタに朗報です!

あなたの講演会や新聞、番組に一花添えませんか?

基本料金(講演の場合) 二十分につき 二万円
人種国籍設定 A類(要相談) 西欧白人 七千円
人種国籍設定 B類(要相談) ラテン系・褐色 (現在黒人は扱っていません) 五千円
特定テーマ 1類 天皇・皇族、国体、靖国、軍・自衛隊など 一つにつき 三千円
特定テーマ 2類 日本の自然・文化・人々の美点について 一つにつき 二千円
特定テーマ 3類 朝鮮・中国・ロシアなど諸外国の脅威について 一つにつき 五千円

2019年5月22日公開

© 2019 Juan.B

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"脱人入愚"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2019-05-23 10:49

    このところメキメキと腕を上げているし、著書上梓おめでとうございますの御祝儀も含めて星たっぷりつけさせていただきました。演説のパスティーシュといい、アジテーションの裏側をいかにもそれらしく描いていて素晴らしいと思いました。ただ、それは「ビッグマック」な。(全日本ベッドをベットって書くな協会より)

  • 編集者 | 2019-05-25 21:45

    風のうわさで右翼系は金になると聞いたことがありますが、確かに嫌韓本も売れましたし、マッチョリズムは資本主義では強いですよね。最後の表の入れ込みなど良くできていると思います。主人公が結局マックで社会の縮図を見る終わり方も秀逸だと思います。

  • 投稿者 | 2019-05-26 07:57

    底知れぬリアリティがあって読んでいてドキドキしてしまった。しかしちゃんとリアルなだけでなくお話としての面白さもあり、徹底的に書くという感じもとてもよかったと思います。

  • 投稿者 | 2019-05-26 18:28

    演説のシーンでは何が始まるのかと思いましたが、そういうことだったんですね。予想できなかったです。最後の「ピクルスの味の向こうに、意識が飛んでいった。」と言う部分が良いと思いました。資本主義の権化のマクドナルドのピクルスで飛んでいく意識。
    こういう商売って本当にありそうですね。

  • ゲスト | 2019-05-26 21:19

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  • 投稿者 | 2019-05-27 06:12

    きのう京都の下鴨神社に行ってきたら御代替わりの祝福ムード一色で日の丸が絵馬と一緒に売られていたり、お賽銭箱のそばには「天皇家の繁栄のために祈りましょう」みたいなことが書かれていたりして「ほえー」と素朴に驚いた。デリカットさん(モデルはギルバートさん?)みたいに外側から日本を褒めて承認欲求を満足させる論客の需要は大いにあるだろう。彼の倫理的な葛藤や自己批判が語られる部分はものすごく率直でJuan.B的だと感じた。持ち味として非常に魅力的ではあるが、言いたいことが最初から決まっていてフィクションはその入れ物、登場人物は作者の腹話術人形に過ぎないという印象も受ける。もっとドラマを盛り込んで、主人公が自分の力で自省に行き着くようにしたらいいと思う。私が小説の中で読みたいのはステートメントではなく、そこにたどり着くまでの過程だ。

  • 投稿者 | 2019-05-27 20:54

    話自体はとても面白かった。こういう右翼商売ありそうだし、ただ、鈴木の書き方が「わかりやすいバカ」で、それ以上でも以下でもない。鈴木のような人はもっとドライにことを進ませるのではないか?多分ドラマとしてさらに奥深くするならキーマンは鈴木かもしれない。

  • 投稿者 | 2019-05-27 22:21

    拝読いたしました。
    構成がよくできていると思いました。
    物語の表層→真相→実感→種明かし
    という進め方がスマートでいいと感じました。

  • 投稿者 | 2019-05-27 23:21

    面白かった。最近の数作のうちで一番良かったかも。
    「外人(西洋系に限る)による日本ボメ」これをJuanさんが考え付いたなら天才だし、どこかにそんな商売があるなら私もやってみたら儲かるのでは、と膝を打って感心しました。巻末の価格表がリーズナブルで主人公の小物感が出ていてなおさら良いです。
    心の底になお良心が残っていて、ハンバーガーと一緒に呑み込んでしまうラストシーン、彼がこれからどこへ向かうのか、どのように堕ちるのかあるいはどのように再生するのか続きを見たいです。長編の冒頭にしてはどうでしょうか。

  • 投稿者 | 2019-05-27 23:42

    ある意味でフアンさんは常に「善悪」の問題をテーマに書いているといっても良いと思います。今作では、善悪と「金」の関係を見事に描いていると思いました。善悪におけるお金の絡め方は、今回の合評会の中で一番上手くいっているのではないかと思いました。
    普段から善悪について書かれている作者が、あえて「善悪」のお題で何を書くのかという期待もあったので、フアンさんにとっての、善とは何か、悪とは何か、といった部分のより一層の深掘りが展開されても良かったのかもしれません。

  • 投稿者 | 2019-05-28 17:10

    右翼という言葉が持て囃されていますが、ここまで極右な話は初めてでした。主人公が寄るまいとした“ある側“とは左翼のことだろうか。外国人から見たその国の右翼というのは単純に愛国心かなと思ったのですが、ならば注意したという記述や、何人にでもなれる主人公に愛国心はつゆほどもなかったのかなと思いました。善悪がどこに暗示されていたのか読み取れず悔しいのですが、主人公のやっている右翼商売とそのミーティングに集まり踊らされる思想そのものを言っているのかなと勝手に思っています。

  • 投稿者 | 2019-05-28 17:40

    西欧人に褒められるとコロッと絆されてしまう。そんな方をたくさん見てきましたし、私もそんな経験があったなあ。近年地上波で乱発されている「日本人すげぇ」に通ずる話ですね。個人的には辟易してますが。一見深いと思うもよく考えれば中身のない話するデリカット、その真意に「ああ」と唸りました。

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