吾妻ゑびすとヱイリアン

モロゾフ入門(第12話)

応募作品

春風亭どれみ

小説

9,592文字

この私、春風亭どれみ。保釈後の奉仕活動も兼ねて、モロゾフの隠された草稿を捜索しているうちに、いやはや、こんなものをみつけまして……。

「この大提灯の下には、巷間に公開されるよりも一足先に5Gの電波が流れているらしいよ」

江戸紫の生地にファンシーな矢羽と桜と、それから梅を贅沢にも同時にあしらった浴衣に身を包み、ベレー帽を斜めにかぶった女の子が写真を撮りながら、連れの子に向かって得意げにそんなようなことを話しかけていた。雷門に5Gの電波……眉唾物の話だ。さりとてなかなかに意義のある提案でもあった。
それにしてもうららかな一日だ。卯月を迎えて、最初の土曜日ということもあり、街をゆく人々の足取りもどこか浮足立っている。プロ野球の試合が始まったからかもしれない。けらけらと談笑する女の子たちのつぶらな瞳を遠巻きに見ていると、ふつふつと新大関のような瞳に出逢いたくなる衝動に強く駆られた。気が付くともう、電子の世界に撒布されている「天国の帳簿」を久かたの光よりもはやく、まくり上げていた。5Gの電波はどうだかしらないが、モダンにかぶれて以来、変にプライドの高い小さな区役所は観光客のためにフリーのWi-Fiの網をこの低い青空の下に張り巡らせているようだった。幸い街そのものが晩春のよろめきであるこの界隈は、羽を畳める「泊まり木」に溢れていた。足は導かれるように「泊まり木」の方角へと歩み始めて、5分も経たないうちに靴のほどけたスニーカーはもう自動扉のマットの上でへばり付いたガムを落としていた。さながら、ゲートが開く前の競走馬。なんだい、キャッチコピーは「マシュマロフォルムの拡声器」だってよ。心と身体は中山の坂のように反り返っていた。

レトロのチャイムの音がドア越しに響くと、「H」のランプが灯った。
幾分鈍足な出前は「物好きな人が来た」と黄ばんだ前歯を見せて微笑んだ。その拡声器は、四捨五入に頼り切った丼勘定のプロフィールでも自嘲する通り、未来の世界の青狸か、はたまたボーリング中にたまたま出土してしまった土偶かのようなシルエットをしていて、片手には飲みかけの生ビール缶、そして、遅刻をしておいていったい何がおかしいのか、満面のゑびす顔を湛えていた。「H」のランプはみるみるうちに「E」のランプに変わった。ただそれでも、彼女の瞳は紛うことなき新大関のそれだった。
「今日はこれが最初なのかい」と尋ねると、彼女は首を振り、
「二人目。変な外国人の爺さんだった」
そう答えた。そして、缶の底で輪っかになって残っていた琥珀をぐいと飲み干すと、襟首のよれたベージュのセーターをソファの上に脱ぎ捨て、事務的な手つきで、凝視すると目がチカチカしそうな色合いの下着を外し、あっという間に素っ裸になった。重力にあまりにも忠実な彼女の尻にまず面食らったが、一呼吸すると、くっきりとした青痣に焦点が留まった。
「それどうしたの」と、尋ねると、
「階段でコケて、青タンになった」と、またまた何がおかしいのか手を叩いて、拡声器にして新大関の女は哄笑したのだった。

キュートなひよこの形をしたキッチンタイマーを所定の時間に設定する仕事を済ますと、拡声器はドライヤーのコンセントを勝手に引き抜いて、私物らしい充電器を穴の中に差し込む。コードといっしょに股の間の皮膚から余った皮がゆらゆら揺れている。そして事もなげに、「蒙古斑みたいでしょ。それ言ったらね、その変な外国人、目の色が変わって、色々アタシのプライベートをズケズケ聞いてきてさ、気持ち悪いったら、ありゃしなかった」と、ぼやいた。
それは「へえ、そうなの」と、聞き流すしかできない他愛ない話に思えた。
「そいつ、頭おかしいの。自分のこと、『ヱイリアン』って言っていたし」
「それは別におかしくないよ。もともと、alienは異邦人って意味だしね」
「そうなんだ。じゃあ、アイツは別に変なことは言っていなかったんだ」
拡声器は、浴槽でご機嫌に歌う客人であるその変態外国人を隠し撮りしていたらしく、液晶をタップして例の映像を見せてきた。

 

“Oh, I’m an alien, I’m an illegal alien. I’m a Georgian man while入浴”

2019年5月6日公開

作品集『モロゾフ入門』第12話 (全13話)

モロゾフ入門

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© 2019 春風亭どれみ

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