エメーリャエンコ・モロゾフ。その著作は、変幻自在にして融通無碍、洒脱にして猥雑、疾風怒涛の言葉は無節操無定見かつ無尽蔵である。その上、時空間無視、言語の壁無視の神出鬼没ぶりで、世界中の詩文を嗜む人々を一再ならず震撼させ驚嘆させ呆れ返らせてもきた。しかしながらその実像は依然として神秘のベールの向こう側にある。
ところでモロゾフの腰から尻、下肢にかけて無数のかぎ裂き状の傷跡があることは、数多くの目撃者が証言している。彼自身が存在を忘れているくらい古いものであるのに、傷の由来を聞いても決して答えることはないと言う。しかしつい先日、新しい記録が発見された。それは東欧出身の作曲家、故ヤン・ゲリバルの手記である。『チャカシーカ・メチャーシカ交響曲』や『チィーダル・マチールダ狂詩曲』など数多くの名曲を遺したゲリバルは少年期のモロゾフの音楽の師であった。ゲリバルの手記を元に、モロゾフの少年期の驚くべきエピソードを再構成したのが以下の文である。なお、付録として末尾にモロゾフが流麗な古代日本語で綴った『雲古七難』を付す。
十二、三歳頃のモロゾフはうっとりするほど美しい少年だったという。アレクサンドル・フョードロビチ・モロゾフと名乗って、当時プラハ音楽院の教授だったゲリバルの弟子になっていた。旧ソ連邦出身と見られるモロゾフがわざわざ国外で音楽教育を受けた理由は詳らかではないが、ここではヤン・ゲリバルが男色家としても有名だったことだけを申し添えておく。
ゲリバルは美貌の弟子を熱烈に讃えている。
「私は一目でサーシャに恋をした。この子は確かに天上から降りて来たに違いなかった。ラファエロのちょっといたずらっぽい天使のようで、ブーシェのあの比類のない天使のようで、フレスコ画の楽奏の天使のようで。スラリと手足の長い身体。透き通った金髪に白皙の顔。愁いを帯びた深い青色の瞳。まだ大人になり切らない脆くて細い声。何もかもが素晴らしかった。死んでも私のものにしたいと思った」
かくてサーシャこと少年のモロゾフは下心ある教師から熱心な指導を受けることとなり、ピアノの腕をぐんぐん上げたのであった。
当時は共産党独裁下の社会であったが、街の秩序はきちんと保たれ、音楽界は意気軒高で、隣国の東ドイツとも盛んに音楽交流を行っていた。ゲリバルはそのような場にしょっちゅうサーシャを連れ出した。ある時は譜めくり役として、ある時は連弾の相手として、またある時は学生交流団の一員として。サーシャ自身も最年少の弟子で才能もずば抜けているからこのくらい当然のことだと思っていた。
メーデーの日、ベルリンで記念コンサートに出演したゲリバル一行は、そのままプラハまで帰るべく大型のベンツに乗り込んでアウトバーンに入った。約二百キロで疾走するベンツの窓がグォングォンと轟音を鳴らしていた。
サーシャは前日の打ち上げパーティーの疲れで後部座席でぐっすり眠っていた。これまで幾度となく機会をうかがっていたゲリバルは、今が絶好のチャンスとばかりサーシャを仰向けに寝かせて頭を膝に乗せてやった。それでも昏々と眠り続けているのを見て、かがみこんでそっと唇を吸うと、サーシャはわずかに痛いと呟いた。髭が当たって痛かったようだが、ゲリバルは手を引くどころか可愛らしい声にのぼせ上り、滑らかな頬におのれの髭面を押し当て華奢な首元に顔を埋めつつ、右手を伸ばしてしなやかな腿を撫でた。
「先生、やめて」
今度はハッキリした拒絶の声が聞こえたが、ゲリバルは髭面をニタリと崩し、ニェット、ニェット、やめてと言われても今では遅すぎる、と歌いながら更に先へ進んだ。すなわちサーシャのベルトを緩め、ジッパーを下して大きな手を差し込んだのである。
「ダメです!」
サーシャが手足を動かして抵抗を試みたが、百戦錬磨のゲリバルは難なく押さえ込み、ダメ、ダメ、もうどうにも止まらない、と歌を口ずさみつつズボンをスルスル脱がせてしまった。アウトバーンを削り取らんばかりに、ベンツの巨体が右へ左へと走行線を切り替えながら疾駆する。サーシャが何事か叫んでいるが轟音と興奮とでゲリバルの耳には入らない。
「こわがらないで、優しいサーシャ、じっとしておいで。すぐにとってもいい気持ちにさせてあげるよ」
サーシャの耳に口をつけてこう囁き、もう辛抱たまらん、わかっちゃいるけどやめられない、と歌いながら、まだ無毛の秘所を思うままに弄んだ。更に後ろをまさぐり、また前に戻りを繰り返したが、はて、さっぱり反応がない。さっきから秘術の限りを尽くしているのにおかしなことだ。まだこの子の花を手折るのは早すぎたのかなと首を傾げたゲリバルの耳に今度はサーシャが口を付けて叫んだ。
「ケツに触んないで! ヤバいよ。うんこしたいんだよ! 漏れるよ!」
「え?」
ゲリバルは間抜けな顔で聞き返した。
「浣腸してきたの? 気の早いことだね。出し残しがあったんだね。上手に出すやり方なら教えてあげたのに」
「違うよ、下痢してんだってば。ああっ、ヤバい、先生、お願い、トイレに行かせて!」
「可愛い坊や、心配しないで。このくらいのことは慣れてる。少々漏らすなんてよくあることだ。さあ、力を抜いて、私に全部任せなさい」
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