エメーリャエンコ・モロゾフVS破滅ミク

モロゾフ入門(第11話)

第28回文学フリマ原稿募集応募作品

松尾模糊

小説

11,640文字

エメーリャエンコ・モロゾフと破滅ミクの壮絶な戦いを描いた自伝的SF 。東京を救ったモロゾフによる述懐を元にあの名作映画『シン・ゴジラ』が生まれたとされている。

エメーリャエンコ・モロゾフ博士が福島の核廃棄物処理施設を訪れたのは桜の花びらもすっかり散って新緑の葉がその枝々を覆っている暖かな季節だった。――二〇一九年に仏物理学者のジェラール・ムールーが高精度レーザーインパルスによって核廃棄物の放射期間を数千年から数分に短縮する案を提案し、米カルフォルニア大学のプラズマ物理学者・田島俊樹教授とともにレーザー装置の開発に取り組んでいたが、その実現は難しく二〇三〇年に日本の福島の地に建設された核廃棄物処理施設にその開発の研究員としてカルフォルニア大学から派遣された――というのは表向きの理由で、実際には日本政府が核処理施設周辺でネズミや猫などの生物が巨大化している事例があることを隠匿している疑いがあるという報告を国際原子力機関(IAEA)に受け、その調査に訪れたことが真の目的だ。しかし、それすらも野心家のモロゾフ博士にはどうでもいいことだった。放射性物質によって生物が巨大化する……こんな“GODZILLA”な案件をいち生物学者としては放っておけない、モロゾフ博士の好奇心だけが彼をこの東洋の島国にへと導いたのだ。白波の立つ荒れ気味の太平洋を背に灰色のコンクリートと黄色くペインティングされた核廃棄物を収容するタンクが毒々しく映える核廃棄物処理施設の全景をモロゾフ博士はスマホで撮影した。その足元を素早く通り過ぎる猫が現れ、モロゾフ博士は反射的に右足を上げた。猫と思った、それは茶色っぽい毛並みに長い尻尾を持つクマネズミだった。モロゾフ博士は長い尻尾を丸めてチラッと振り返ったその巨大なクマネズミをスマホで撮影した。カシャリという音に敏感に反応し、クマネズミは処理施設の陰に走り去った。「うひょー! 何てこった!」モロゾフ博士は興奮のあまり、頭のてっぺんから出したような甲高い声を上げてぴょんぴょんと気持ちの悪いジャンプを繰り返した。

世界の破滅が始まったのは、インターネット上にhametsu_miku.のドメインで終わるURLが掲示された瞬間だった。投稿者のコードネームはミドリ・オキード。Tor(トーア)を使っての投稿だったので現在でもIPアドレスは特定できていない。翌日にはYouTubeにバグが生じ「破滅ミク」と名乗る少女(?)がコマーシャル動画をジャックした。彼女(?)は、ビビットピンクのツインテールの長髪に丸顔、大きな赤い瞳に小さな口、細い首の下の胴体はグラマラスとは程遠い幼児体型、しかしその胴体に不釣り合いの細く長い二本の脚、全身はピチッとした黒い全身タイツで覆われており白くH-M001とタイプされた幾何学的文字が四肢にプリントされていた。ピンク色の前髪から黒い生えかけの角のような菱形の異物が覗いており、未来感を醸し出していた。――メツかれさまです! えーっと、アタイは破滅ミク。今から世界を破滅へといざなうメツ。バイメツ!――彼女の第一声はそういう内容だった。この動画はYouTubeにアーカイブされ、次の日にオープンした破滅ミク公式チャンネルによると、現在までにその総再生回数は一〇〇億回を超え、チャンネル登録者数は三億人以上だ。
「……ブレンドコーヒーのSとオールドファッションをひとつ」
「三〇〇円になります」
「これで」
その男が携帯端末を出してレジの読み取り機にかざすと、“メッピ”といういつもと違う音が聞こえ、翔太は男の顔をチラッと見直した。男はいかにも高級そうな羽根付きの山高帽を被り、ティアドロップのサングラスを掛けて季節外れの厚手の外套を羽織っていた。翔太がいつも好きで観ているクラシックなスパイ映画に出てきそうな格好がさらに彼の不信感を煽った。しかし、翔太の疑念とは関係なくレジは正常に精算を済ませたので翔太は気のせいかと思い、男にブレンド用の紙カップとレジ横に置かれているショーケースからオールドファッションをひとつ取り出してビニール袋に詰めた。男は口元に笑みを浮かべて「ありがとう」と言いながら、カップとビニール袋を受け取って、入口近くにあるコーヒーメーカーに向かった。次の客が発泡酒の缶を大量に入れたかごをドカッとレジカウンターに置いたので、翔太は男から注意を逸らした。かごに入った発泡酒を数えて一三と数字を売ってから、バーコードをスキャンする。客に「三千一二四円になります」と値段を告げた時に、翔太は男に渡すはずのレシートを渡しそびれたことに気づいた。コーヒーメーカーの方を見たが、男は既に店の外に出ていた。客が三枚の紙幣と五百円玉を出したので、翔太は精算のキーを押してレシートを渡して発泡酒の缶を二つに分けてビニール袋に詰めた。客を見送って、男に渡しそびれたレシートをもう一度見ると、そこには「お預かり」と印字された横に“滅相殺”という文字が印字されていた。翔太は再び外を見た。男の姿はどこにも見えず、灰色がかった分厚い雲が空を覆っていた。

2019年5月6日公開

作品集『モロゾフ入門』第11話 (全13話)

モロゾフ入門

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© 2019 松尾模糊

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