真夜中のランパートゲート

応募作品

波野發作

小説

4,189文字

Rampart Gate。男は女を待っていた。女は現れた。男は好奇心をそそられた。しばしの競艶。そして長い長い賢者の時間。猫はただ帰りを待つ。老婆の行方は誰も知らない。まあ店に聞けばわかるんだろうけど。今回も全部想像で書きました。破滅派合評「猫」参加作品。写真:123RF/chuangzhoudreaming

ある日の夜更けの事である。一人の男が、鶯谷のラブホで女を待っていた。

その男とは俺のことである。面白くもない飲み会の二次会を蹴ってふらっと鶯谷で途中下車をした足で街角のラックに刺さっている風俗情報を抜き取り単身ラブホテルに潜り込んだ。最近は五輪が近いせいか路上営業の嬢はいない。雨が降っていたこともあるがいないものを探すのも骨が折れる。素直に出前デリバリーを頼むことにした。

実年齢より多少は若く見られることもあるが、腹は出てケツも垂れた中肉中背の中年である。加齢臭もそれなりに強まる昨今、あまりピチピチした新鮮ギャルなどと邂逅しても却って気を使って安らげないに決まっている。同年代か少し歳上ぐらいの方にお越しいただいて、お互い様感覚でのんびり過ごすのが吉であろうと、このように考えて熟女系の店舗をチョイスした。かといって人妻系もなんかノリが違う。人妻感の薄い〈淑女バンク〉なる店名をリストから選びお電話いたす。はいもしもしこんばんわひとりおねがいできますかいますぐだいじょうぶですかそうですかこのみのたいぷですかそうですねできるだけとしうえなかんじがきょうはいいかなとおもっていますしめいはありませんおまかせしますほてるはどこそこのえぬごうしつですよろしくおねがいします。これでよし。あとはお姉さまがお届けされるのを待つのみ。

買ったばかりのタバコの封を切る。ライターも買った。キャメル・メンソール。メビウスより少し安い。このくつろぎとそわそわ感が綯い交ぜになった待機時間が結構好きだ。一期一会を大事にする俺は指名などしない。宿命と運命に導かれるままに、出会った女を買って抱く。それだけだ。もちろんチェンジなどしない。チェンジとはなにか。来てくれた嬢を好みに合わないなどという理不尽な理由で追い返して、別の女を寄越すように言い渡すクレーマーの所業である。消費者の正しい権利とも言えなくはないが、せっかくご足労いただいたのだから、受け入れてゆっくり過ごすのがよかろうと思う。俺は。

テレビを点けてみるが、普段見慣れてないものを面白がって見ることはできなかった。中途半端に深夜に差し掛かっているのもよくない。見慣れないタレントがよくわからないノリで同じフレーズを連呼している。今小学生の間で流行っている一発芸なのだろうか。二本目のタバコに火を点けたところで、ドアがノックされた。いそいそと扉を開く。

フロントの婆さんがいた。七十歳ってところか。はて? なぜフロントが。いや、ここのフロントって婆さんだっけ?

「ええと、何も頼んでないですけど」

「あ。いえ、〈完熟女王〉です」

「あ。ああ、はい、どうぞどうぞ」

カンジュクジョウオウ。ええとなんだっけ。店名か。フロント係ではなかったようで、確かに掃除の婆さんにしては派手な服ではあるし、この職業に特有の満タントートバッグも持っている。

「こんばんわ。今日はよろしくお願いします」

「あ、はい、こちらこそ」

とりあえず手違いの可能性を確認する。さっき使った風俗情報誌のリストをちらっと見ると、〈淑女バンク〉のすぐ下に〈完熟女王〉があった。MACHIGAETA。

「あの」

「はい。なんでしょう」

「わたくしでよろしいのでしょうか?」

「あ、はい、ええ、はい。大丈夫ですよろしくお願いします」

彼女が持ってきた傘がびっしょり濡れている。雨足は強まっているようだ。風も結構出てきたようだ。還暦を軽く飛び越えたような老婆を、そんな荒天の中に追い返すほど、俺は外道ではない。人並みの優しさはまだ残っている。それによく見ると若い頃は美人だった感じだし、ガリガリでもなく中肉中背。軽く肉付きもよく抱き心地は悪くなさそうだ。それに、歳に似合わず張りのある乳と谷間。これは俺のストライクゾーンの北端を確かめる好機かもしれない。この老婆を抱けるなら、ほぼ全人類の半数が俺のストライクゾーンに収まることとなる。よし。行くぜ老婆チャレンジ! カムヒアグランマ。

「コースはどうします?」

「コースかあ。どうしようかな」

結構迷う。六十分から三十分刻みで五千円ずつ増えるシステム。しかしデリバリーヘルスはその店舗や店員によってサービス内容にばらつきがある。ヘルスなので建前上はいわゆる本番行為がないのが前提であるが、そうでもない店も少なくない。このケースはどうか。具体的に聞いて確認するのはタブーである。NG店だった場合のその後の気まずさは、エレベーターで屁をかがされるぐらいに辛い。あるいはその逆とほぼ同等だ。まず、六十分というのは結構せわしない。だーっとシャワーを浴びて、どーっとベッドに突入し、パパっと済ませて解散となる。それはちょっとコスパが悪い。では九十分なら。これがケースバイケースで、初動が遅い場合、わりと後半が忙しくなる。こっちも若くないんでのんびり過ごしたいのだ。少し値は張るが、一二〇分ののんびりコースにしておこう。パチンコのあぶく銭は朝までに使ってしまわないとゲンが悪い。明日の現場で事故っちまう。

「一二〇分でもいいですか」

なぜか敬語になってしまうが、こちとら年配の女性に対して馴れ馴れしいタメ口が叩けるほどやさぐれちゃいない。

「え、いいんですか?」

いいんですか。の一言にこの人の人生の縮図が垣間見えた。おそらく、何人もの蛮族が、チェンジだの帰れだのいくらなんでもババァすぎるだろだの心無い言葉を無造作に叩きつけてきたに違いないのだ。正直言って、俺が女を抱くのは三ヶ月ぶりだ。それなりにチャージがマックスである。今ならババァだろうがブスだろうがぽっちゃりだろうが獣のように貪れる自信がある。

「もちろんです。よろしくお願いします」

「あら、ではよろしくお願いします。お店に電話しますね」

「はい」

彼女は、ガラケーをパカっと開けると電話をかけた。はい、今お客様と話しました。はい。一二〇分です。そうですはい。わかりました。はい。などとやり取りをして電話を切った。パタンと懐かしい音をさせて携帯電話を収納した。

この先はとりあえず本題ではないので少し端折ることにするが、定番のコースでお決まりの行為をあまり粘らず手短に済ませた。やはり相手様もご高齢の身である。あまり長時間のハードなプレイは保証期間の切れた現状ではリスキーだ。適度にふくよかなので抱き心地はまあまあ、ただ、乳はフェイクだった。おそらく若かりしころに施術したものだろう。そして熟練の技は素晴らしいものだった。俺のエロスのゲージが振り切れたところで、俺の営業時間は終了した。

誤算に気づいたのはその直後だ。興奮したビーストモードならどんな女でも喜んで悦ばせられる俺様だったが、一旦果ててしまえば、ここにいるのはただの賢者さまだ。賢者モードではエロ気ゲージがMINに落ち込み、五感が研ぎ澄まされる。とくに嗅覚と聴覚の覚醒がすごい。今日に限っては触覚も通常の三〇〇%ぐらいには精度が高まっている。

臭い。

さっきまでまったく気にならなかった老婆臭がいまごろになって鼻腔いっぱいになだれ込んできた。ここまで落差があるとは完全な計算ミスだ。

ババァが火照った様子でまとわりついてくるのも、今は辛い。さっきまでむしろ愛おしいぐらいに思っていた俺の感情は完全に相転移を起こして虚数と化していた。

今すぐ帰ってもらっても一向にかまわないが、契約ではたぶんまだあと六〇分はある。

うわーまじかーこれはまじできつい。何か話かけられているが、俺は上の空だった。至近距離の息が臭い。

えーいやまってちょっと想像以上の落差。実験としては有意義だったが、ちょっとこの時間帯はキツい。さてどうしたものか。

「あ、すみませんお客さん」

「はい、なんでしょう」

「ちょっと電話してもいいですか?」

「あ、どうぞどうぞ」

何してくれても全然構わないですよ。ぼくもゴロゴロしています。ひとりで。

「すみません……あ、ねえ、カンカンまだある? もうない? じゃあドンキ寄って帰る。はい、はい」

カンカン。缶か。缶詰か。サバ缶? シーチキン? あ、猫缶か。ドンキまだやってるっけ。五時までとかか。

「すみません、終わりましたっ」

ババアが裸のままベッドに飛び込んできた。抱きとめる俺。にゅりとした独特の感触が俺の触覚を苛める。これはこれでありではあるが、賢者には無理だ。また明日にして欲しい。

色っぽい表情でキスをねだられるまま、それに応じ、腕枕で抱きかかえた。柔らかいを通り越した柔らかさ。マシュマロ。いや違う。この感じはモツだ。モツ鍋のあれだ。たぷん、ゆるん、ぐにゅん。

うむ。間違いない。

「猫ちゃんのカンカンが無くなってしまった気がしたんですが、やっぱり無くなっていました」

「猫飼ってるんですか?」

「はい、五匹」

「ずいぶんいるんですね」

「保護猫をもらっているうちにだんだん増えてしまいました」

「ああ、そういうことね」

優しい人なのだ。慈母だ。俺が賢者でなければもっと愛してあげられるのだけど、申し訳ない。

老婆はそれから時間いっぱいになるまで、愛猫の自慢をひたすら続けてくれた。

俺はただ相槌をうつばかりで、何をするでもなかった。たまにはこんな時間があってもいいような気がした。

じんわりとした眠気が断続的に襲ってきて、気がついたら眠っていたようだ。

 

 

起きたらすでに、老婆はいなかった。

とっくに契約の時間は過ぎていた。勝手に帰ったのだろう。起こそうとはしたのだろうが、俺が起きなかったのだ。

午前二時。このまま泊まるか、タクシーで帰るか。タクシーは五〇〇〇円ぐらいか。

財布の中身を見る。あと四〇〇〇円。足りないな。そうか、あぶく銭もあとこれだけか。

そうだな。もうちょい万札がありそうな感じはしていたが、なかったのだ。

もともと一万円持っていたところから、フィーバーフィーバーあぶく銭。レッツTUC。それをきっちり使い切ったわけだからいいじゃないか。

そうだ。ババァに払ったときに間違えて多かったのかもしれないし、そういえば飲み屋で結構払った気がするし、ババァにチップで渡したのかもしれない。覚えてないけど。

いや、やはり。抜かれたかな。嗚呼。クソババア。風呂の窓から外を覗き込んだ。ネオンは消え、外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。

 

老婆の行方は、誰も知らない。

 

(令和元年七月)

2019年7月9日公開

© 2019 波野發作

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