父たちと娘たちに

多宇加世詩集(第5話)

多宇加世

512文字

嘘を混ぜて笑って思い出すことは本当なのか。それともやっぱり嘘にしかならんのか。でも笑うよ。

あたしが退院する日

鉄柵の前には

たくさんの患者さんが

集まった

 

父たちと娘たちにさよならを言いなさい!

担当医が叫びました

 

父たちとは医師たちのことですか

娘たちとは

痴呆のおばあさんたちですか

がらがらがっしゃん

鉄柵が開く

 

本当のお父さんがお医者さんたちですか

本当の娘はいないです あたし まだ若いです

とにかくあたしにはそんなふうに聞こえたんです

先生の口から

そんな宗教の前口上みたいな

おかしいです

だってここはれっきとした

病院だと思って過ごしてきたんですから

 

ビニール袋が欲しい人は別途一枚五円かかるたくさんの品物を手で掴みかごからかごに移すとその頃にはたいてい指先の油分が失われているのでかさかさになってしまうだから途中か最後あたりに温度差で汗のかいたペットボトルか牛乳パックかささみあるいは牛肉豚肉のラップの表面をなぞって水分をいただいて指先を潤しビニール袋をひっつけてつまめるようにしておくのがレジバイトの知恵でもあたしどこから来たかわからなくなりましたあたしどこへ行くかもわかりません

 

あたしまた病院に戻されるの嫌です

がらがらがっしゃん

鉄柵が開く

あたしは

父たちと娘たちに

ただいまを言わされました

2019年8月22日公開

作品集『多宇加世詩集』第5話 (全18話)

© 2019 多宇加世

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