桜の写真

応募作品

多宇加世

小説

2,446文字

合評会2019年05月・お題「善悪と金」応募作品です。

あなたはいい写真というのがそもそもよくわからなかった。被写体がタイミング悪く目をつむった写真とかじゃなければなんだっていいのじゃないか。木の幹から陰毛までの真っ白い素足が横に飛び出してるとかでなければいいじゃないか。あなたには妻と小さな娘がいる。あなたはそもそもいい写真というのがよくわからなかった。あなたはそんな男だ。

娘は小学校に上がったばかりだ。このあいだの月曜日、入学式のあとで桜の木の下で黄色い帽子に、黄色いカバーをかけたチョコレート・ブラウンのランドセル姿の娘の写真を、あなたと妻はそれぞれiPhoneとミラーレス一眼で撮った。ほかの桜の木もあったのだが、その枝ぶりがあまりに立派なものだったから、順番待ちが前にも後ろにできていて、いざ順番が来ても、娘が恥ずかしがったし、数枚しか撮れなかった。でも後ろに並んでいた、あなたと同じような組み合わせの家族に三人揃っての写真も撮ってもらえた。ところが家に帰ってからパソコンを眺めていた妻がしょんぼり、

「このミラーレス、あなた使う? 私、写真やめる」と言いだした。

あなたは言った、

「どうして? 君が気に入って買ったんじゃない」

だってほら見てよ、と妻がカメラを差し出してきて、筐体の上部を指さした。あなたは一見わからなかったので妻が補足した。

「ここ。〈P〉じゃなくなってる。ダイヤルが。〈M〉になってる」

〈P〉はプログラム、〈M〉はマニュアルだろうか。

「あの人、さっき撮ってくれた人、〈M〉で撮った。私はそんなの使えない。使いこなせない。さっきパソコンの大きい画面で見たら私が撮るよりいい写真だった。で、いまカメラ見たら見たことない設定になってた。調べたらこの数字、露出とか絞りとかなんだって。私のカメラなのに。なんかどうやって戻せばいいのかわからないし。とにかくもうこのカメラいい」

あなたの妻は軽く癇癪を起していた。

「おかあ、登校班やっぱりミチャーンと一緒だった」

何も知らぬ娘が母の背中から抱き着いた。

試しにダイヤルを〈P〉に回すとカメラの液晶の数字の表示が消えた。でも、それを妻に言ったって駄目なんだろうなとあなたは知っていたので、

「じゃあ、まあ貰うというか、とりあえずお借りする」

妻はそれにも何か言いたげだったが、口を閉じた。

いい写真というものがわからなかったあなたは、いい写真を撮る、という以前に、そもそも写真を撮影するということ自体に興味を示さなかった。でも、写真を眺めるのは嫌いではなかった。といっても写真展や写真集まではカバーしていない。ただ日常生活で何気なく目に飛び込んできた写真を見るというだけ。新聞の写真なんかを見ることが最も多かったかもしれない。あとは通販の商品の写真。もしかしたら新聞の写真なんかよりも多く見ているかもしれないが、これは写真というより画像に近い、とあなたは思う。こういうのは写真とは言わないんじゃないか? でも、インターネット通販にしろ、カタログ通販にしろ、こういう商品を撮影している誰かもこの世には存在するのだ、と思った。そして、それでお金をもらっているのだろう。ああ、そうだ。とあなたは気づく。ネットオークションの写真の羅列だってよく見る。あれなんかは出品者が自分で撮っているのだ。ひょんなことからカメラを手に入れたあなたはそんなことを考えた。

 

娘はあなたたち夫婦の心配もよそに、楽しそうに登校しているようだった。そんな次の週のことだった。あなたが職場から帰ってくると、妻が目を三角にして待っていた。

「どうしたの?」

「ねえ、おとう、ミチャーンがね」

「まあ待て咲、どうしたのそんな顔して」

「だから、おとう、ミチャーンがこれをね」

「そう、これ見て」

どうやら娘と妻は同じことについて話しているらしい。娘は怒りの感情は持っていないようだったが。二人に見せられたのはあなたたち家族の住む地域の情報誌だった。そこに見覚えのある顔が三人。一人は男性で、iPhoneを構えている。もう一人は女性でカメラのファインダーを覗いている、そしてその先には桜の木の下で恥ずかしそうにしている女の子が。

「なんだ僕たちじゃないか」

そう、それは先週のあなたたちなのであった。ほかの写真よりひときわ大きくページを占めており、写真にかぶるように楽しそうなフォントで〈パパ、ママ、恥ずかしいからはやく撮ってヨー!〉とあたかも娘がそう言うかのように書いてある。

「なんで僕らが載ってるんだ? 誰が……」

「これ、桜をお題にしたフォトコンテストなんだって! で、私たちのこの写真が大賞なんだって! こんなのアリ?」

「本当だ。『今月のお題・桜のある風景』か」

「本当だ、じゃないよ、ここ見てよ!」

「どこ、ああ、『大賞五千円・佳作千円』……」

「私たちでお金もらってんのよ、この『吉くんのじいじ』!」

「ん? 『吉くんのじいじ』って誰?」

「写真の下、投稿者のところ見なよ! これ撮った人!」

「ああ、あの時、後ろに並んでた人の誰かなのかな?」

「はあ、当たり前じゃん。でなきゃ写真撮れないでしょ」

「そっか」

話を聞いていくと、どうやらこの情報誌のこの写真に最初に気づいたのは娘の友達のミチャーンの家族だったのだという。そして、妻は「これは肖像権の侵害」だとこの情報誌の編集部に電話をかけた。だが担当者は、

「撮影者の写真著作権もありますので、『吉くんのじいじ』さんの連絡先はお教えすることができません」

と言ったのだという。

「おかしくない? こっちだって許可したわけでもないのに顔写真撮られてんだよ? しかも咲の顔こんなに大きく載せて!」

「うーん……」

「なによ?」

「君はこの『吉くんのじいじ』が僕らの写真でお金をもらったのを怒ってるの? それとも勝手に撮られて、しかもこんなふうにいい写真を撮られて、載せられたことを怒ってる?」

「はあ、どっちもじゃん! あなた腹立たないの?」

「いや、腹立つっていうか、記念に……」

「き、記念に?」

「記念にいいんじゃないかと」

あなたはそんな男だ。

2019年5月16日公開

© 2019 多宇加世

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