詩「五月(バースデイ)」

藁食む兎(第10話)

多宇加世

790文字

犬のこと。

さつきという犬を飼っていた。五月生まれだからそういう名前だった。庭によく猫が来て、庭石でわざと寝転ぶので、そのたびに廊下の窓からくやしそうに恨めしそうにくーくーないた。片目がなかった。右の鼻からだけ、よく鼻血を出していた。よくぶつけたからだ。散歩は父が連れて行った。まえに飼っていた犬は腹水が溜まって死んだ。火葬した時、コールタール状のものが腹の一番膨らんでいた箇所に固まっていた。まえの犬も五月生まれで、それに因んだ名前だった。偶然、私の同級生と同じ名前で、みんなから、どうしてあの子の名前を犬につけたの、と言われた。私がつけたのではない、と私はそのたび答えた。空をよく飛んだ。水たまりをホップステップジャンプすると、空を飛んでるみたいに見えた。笑ってウインクしてる、といつも思った。当時我が家の駐車場は砂利で、水たまりがよくできた。散歩から家に帰ってくるとよく口からげろをはいた。走りすぎなのだ。げろはタルタルソースみたいだった。よく喋った。私の秘密、母の秘密、父の秘密、弟の秘密、口にしなかった祖母の恨みつらみ、全部筒抜けになった。よく喋ったからだ。色がその日によって違った。朝日を浴びれば金色で、雲がかかると泥色で、強風が吹くとピンクで、雨が降ると銀色だった。ある晩、私が私のケーキのろうそくを吹き消して、プレゼントの本をもらって、そのあとで父がめずらしく暗くなってから散歩に連れてったところ、紐がちぎれたという。向こうの車はきっと野良猫か何かだったと思ったのではないか、という。まだ、毛も短く小さかったから。私は歳をとったことに満足し、早くに寝付いていて、階下から弟が呼ぶ声で目が覚めた。犬が轢かれた。犬? 犬ってどこの? 降りていくと、砂利のところで父が抱きしめていて、いま、心臓が止まったところだ、と言った。その声を、誕生日が来るたび思い出す。さつきという犬を飼っていた

2021年4月12日公開

作品集『藁食む兎』最新話 (全10話)

© 2021 多宇加世

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散文詩

"詩「五月(バースデイ)」"へのコメント 3

  • 投稿者 | 2021-04-15 16:05

    こんにちは。面白かったです。最初、読んだ時には何のことかわからなかったのですが、二回目に読んだ時には、前よりかはわかった気がしました(気がしただけかもしれませんが)。その他の作品も少し時間をおいて読ませていただきます。次作も楽しみにしています。

    • 投稿者 | 2021-04-22 03:21

      ご感想ありがとうございます。嬉しいです。よろしくお願いいたします。

      著者
  • 投稿者 | 2021-04-18 02:14

    ご感想ありがとうございます。嬉しいです。よろしくお願いいたします。

    著者
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