詩「物事を拾えば」

藁食む兎(第6話)

多宇加世

813文字

拾った、ということは誰かが落としたのだ、と考える。故意にか、あるいは

「ぼくは自分の中で何かを見つけたら、拾った、と考える。砂を払い、綺麗にしてみて、自分のものにするか考える。一瞬のことだが、いつもそうしている。拾った、ということは誰かが落としたのだ、と考える。故意にか、あるいは」けっして自分が初めて手にしたんじゃないってこと。自分が一番にその感情や思い、名付いた言葉を持ったとは考えないこと。落ちているという、その理由を探るべきだ。五十嵐美夏は少女期からずっとそう考えていた。そして今この歳になって、十二歳の息子、義之が似たようなことを作文に書いていたのに驚いた。美夏は物事にはこのように一家言あったが口下手なところが多分にあった、それは一人息子にも受け継がれていた。きっと、常日頃からそんなふうに考えていたからこそ、二人ともそうだったのだろう。そんなある日のこと、美夏は自分が誰にもなんにも話さなくなっていることに気がついた。誰かの言った文言や、よくある駄洒落や、普段なら誰かが落とした何かしらがあるところが頭の中に何もない。職場でも、家でも。で、美夏は自分の頭をよく覗いてみた。長らくそうしてなかったのでその光景に少し懐かしく思ったが、すぐに砂を踏みしめて歩いたのであろう裸足の足跡に気付いた。足跡の始まりを辿るとスニーカーが脱ぎ捨てられていて、それは義之のものだった。義之はいま、多感な時期だから自分は避けられていると思っていた。それは違った、会話がなかったのは美夏の中に何もなかったからだったのだ。覗いている美夏は義之本人の姿を裡についに認めた。お互いに目が合い、ちょっと照れて微笑み合った。だが母がかけられる言葉は何もなかった。中学を出たら一人で住むと言うまでに義之は美夏の頭から物事を拾い続けていった。暮らしの中に会話はなかった。家を出る日、義之の残した手紙は長い長い長い長い、砂が払われてきれいにされた物事たちだった。元は自分の裡にあった物事を、美夏は初めて迷うことなしに拾った

2021年2月17日公開

作品集『藁食む兎』第6話 (全10話)

© 2021 多宇加世

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