詩「遥かのいま」

藁食む兎(第5話)

多宇加世

887文字

時間に味方されてると思っていた。

いま、というのはからっぽだ。過去、を入れぬかぎり、いま、というのはからっぽなのだ。しかし賀古健志は、いま、というものに虚無感を覚えない。いま、というのは虚無だが、なぜかそれを充足したもののように感じることもできる(もちろん一番充足を感じるのは過去な気がするのだが)。そう考えているとストーブの灯油の無くなりかけているお知らせが鳴った。あと五分でストーブは停止する。灯油過去がいまをあたため続けていた。過去は燃焼する。暖を取る場合に関しては。だが、そのたびのいまは充実して続けていたのだ。その都度の未来へ向けて、熱を放射していた。燃料は足され続けなければいけない。過去を失ったら、いまの温度は維持できない。「過去にすがるのはダサい」と幼馴染の伊馬遙なら言うだろう。遥、違うんだ。過去がなければいまもない、というと当たり前だが、僕が考えているのはそういうことからもう一歩先の。遥ならなんて? 分かりきっている、「そんなことよりこないだの返事を聞かせてほしい」だ。遥は二人の過去をまさにいまに咲かせている。いやずっと咲いていたのか。あの日、「いつから?」と喉元まで出てきたが、そんなことではないのかもしれない、と思って尋ねるのはやめた。その輝きを知って、健志は眩しく見えた。遥がすこし別人に見えて、すこしだけ、小さく、あれ、こんなに小さかったっけ? と思った。二人のこれまでの、なんてことのない過去が、いま、を満たしている。それも、遥の光が健志をもあたたかくさせて。健志を自ずと発熱させてた。小さくなった遥を抱きしめたくなったが、あした――、と健志は自分が自分をどこかへ置いていく気がして寂しくなった、あした、の自分のことを考えた。彼はすこしだけ分かった。いまに充填されていく過去は、いまに恋してる。そしていまは未来に恋してる。健志があした、遥にとっては望んでいない返事をするように、そのすべてが成就するわけではないとしても、すべては存在していく、そうだ、この時は、また、があると思った。将来、いま、にまたこの過去がこのことを同じように充填するとは限らないとは健志は気づいていなかった

2021年2月11日公開

作品集『藁食む兎』第5話 (全10話)

© 2021 多宇加世

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