詩「ジッタのゆらぎ」

藁食む兎(第4話)

多宇加世

791文字

早朝の電車で幽霊を助けてあげることができるかどうか

雨が雪を融かすのです。隠したつもりの僕が出てくるのです。そう言って、ジッタは鼻を鳴らした。知子の目の前で。正確には知子の右隣でだ。すいている早朝の電車だった。ゴシック・アンド・ロリータの格好の者が乗ってきた。座ればいいのにと知子は思ったが、ロリータは次で降りて行った。座らなかったのはあのぶわっとしたスカートが潰れてしまうからだろうか。それともすぐに降りるからだったか。それとも彼女の(彼だったかもしれない)何かの主義からだったのか。ジッタがパジャマから伸びた膝小僧の絆創膏の脇から指を突っ込んで掻いていたのを見つめる。まだ子供なのだ。ジッタはジッター(jitter)だ。電気信号の時間軸のゆらぎから発生する映像や音声の乱れ。一定速度で再生されるはずの信号の、速度の変動でノイズが発生する現象。その仕組みを知子は電気の「皴」だと思った。あるいは幽霊。隣でべそかくジッタも知子が知覚した幽霊なのだった。これから雨が雪を融かすのです。母が隠したつもりの僕の遺体が出てくるのです。そうなれば母は捕まりますか。捕縛されますか。「こうしたらどうかな」知子は言った、「君の体は遡って昨日のうちに腐敗してしまうことにする。これから雪が融けたら、すぐに君の飼っている犬のゲンに君の骨はどこかへ埋めてもらう」ジッタはまた泣きかけた。僕、犬飼ってない。「これはゆらぎの話。雨が雪を融かすように、君が遡って腐敗するように、お母さんが君を殺したように、性別の分からぬゴシック・アンド・ロリータが一瞬現れたように、君を今、私が偶然に観測したように、同じゆらぎが犬のゲンを偶然、一瞬、存在させる」ジッタは知子の顔を穴が開くほど長い間見つめた。そうしてから消えた。電車は混んできた。知子の隣の濡れたシートには誰も座らないままかと思ったが、乗客の外套は先ほどから降り出した雨に濡れていたのでそれぐらいは関係なかった

2021年2月7日公開

作品集『藁食む兎』第4話 (全10話)

© 2021 多宇加世

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