詩「隣のしー」

藁食む兎(第3話)

多宇加世

721文字

書初めでは選ばれたことがない。いつも他の人のが貼られるのを見に行くだけで。

今月末のドアの音。いつもより元気だった母のことが思い出されたが悲しくはなかった。玄関の目立たぬところに「殺」と赤く書かれた以外はいつもと同じだ。筆跡は隣のタロちゃんのものに似ている。今年の正月、文化センターに貼られた金賞の「希望の朝」をご近所一同で見に行ったから知っている。今月末のドアの音。タロちゃんを轢いたのでドアは滑りが良い。あんな大きなおなかをしてたんだもの、脂肪が、潤滑油。ここまで良子は書いて、すべて消そうとした。が、途中で考えを変えてページごと破って捨てた。だからこれを知っているあなたは良子の部屋のごみ箱をあさったのだろうね。タロちゃんちは可哀想なんだよ。そのあとでお父さんの会社がパー。最後のほうはずいぶんお金を借りていて、重機も同業のちょっとやーさんみたいなところから借りていて、結構吹っ掛けられた。委託の冬の除雪車の燃料代の配給が、おりしも市長選と重なった時期だったもんだから、すっかりタイミングが遅れてしまって、一時的に個人の持ち出しになったのがとどめを刺した。資材置き場の枯葉の貯まった巨大な麻袋に、蓄光のスプレーで「死」と書かれたが、あれは良子の仕業じゃないし、ましてやタロちゃんなわけもなく、かといって借金取りはそんなちゃちな嫌がらせはしないから、猫殺しの近所の中学生がどさくさにやったんだっておじさんは屁の河童で言ってたけど、一応往来のほうには見えないように、麻袋は向きを変えられた。良子も可哀想なんだ。その向きが彼女の部屋のほうを向いていて、日暮れてからぼうっと浮かび上がるその文字は、彼女を少しおかしくさせちゃったんだって。今月末のドアの音。締まる瞬間の空気の摩擦が良子には「し―、し―、し―」って聞こえる

2021年2月2日公開

作品集『藁食む兎』第3話 (全10話)

© 2021 多宇加世

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