愛国講談「聖代奇談大助長州仇恋討」

合評会2022年01月応募作品

Juan.B

小説

4,466文字

※2022年1月合評会応募作品。

194X年、某演芸場の報国講談寄席における講談速記。

エエ、本日はご来場ありがとうございます。本当にありがとうございます。この時節、非常時、来るべきものが来た時ではありますが、私も講談によって報国させて頂きたいと思っております。ご覧の様に会場は節電報国の時節柄電気を控えめにしておりますが、私の真上だけ、何でも最近国産化されました蛍光灯なるもので照らされております。紀元二千六百年の記念に付けたそうで、誠にありがたいことです。ああ、臨席のお巡りさんもありがとうございます。銃後の守りは私たちがしっかり果たしていかなければなりません。ハイ。

 

さてこの様な時期ですから、講釈すべきことは、神武東征に神功様の三韓征伐、和気清麻呂や坂上田村麻呂、元寇から飛びに飛んで乃木大将と明治大帝のお話まで色々ありまするが、さて正しき事、皇国の御稜威を、ただ正しいというままに伝えるのは簡単でありますが、いつも単純にそう言って居ればいい訳ではない。失敗から学ぶ事も多い様に、正義の対極にあった者の経験から我々が学ぶ点も多いのであります。「人の振り見て我が振り直せ」、そういう講釈から心に強く刻まれる事もある。さてその様な流れで今日はあの大助にまつわる講談を申し上げます。

 

大助は大助と言っても、あの真田左衛門尉海野幸村が嫡男真田大助のことでは御座いません。あの虎ノ門の大逆犯、難波大助で御座います。何故斯様な話をするか。それは先に申した通り、巨悪を知って巨善を知る事もあるからであります。どうぞご拝聴願います。ここで一息……あ、あ、臨席のお巡りさんお手洗いですか、今はお手洗いも電気を消してるようですから、ええ、暗い中注意してください。はい。はい。よォし……

 

難波大助と申す者は長州の名家難波家、帝国議会議員難波作之進の四男であります。明治大帝の聖代三十二年の産まれ、さてこの大助は幼い頃から父親に似て忠君愛国の威風に従っており、各地の神社に詣でては皇国の弥栄を願っておりました。さてそれが如何に大逆犯への歩みを歩むことになったか。

地元の名学徳山中学に通っておりました五年生の時、かの田中義一陸軍大将が山口に凱旋されました折、みぞれ降る極寒で足から頭まで辛い中、沿道に整列させられ、大助は無事でありましたが、親友が「ゲホゲホゲホ」と肺病となり倒れました。それを教師が「田中大将の前で立てるだけで有難いのに何と無礼な生徒だ」と怒鳴り付ける。さあ友人想いの大助はこの時時代遅れの封建主義なるものを体感し、「何だてめえは目の前の生徒を思いやらねえのか」といきりたって教師を張り倒したのであります。誠に天晴、いや不遜なことですが大助はこれより有り難き世の習いに逆らう道を歩むことになったのであります。

 

さて友情のために地元に居られなくなった大助は、一念発起せんと帝都東京は早稲田大学への進学を目指し上京、貧民窟で知られたる鮫ヶ橋の目と鼻の先に住み込んだと言われるがしかし表があれば裏もある、この頃大助には将来を誓い合った、誠に可愛らしい許嫁がおりました。大助が地元を飛び出したと知ってもその想いは変わるところがない。名前はクニという。難波はしきりに手紙を出して東京の様子を、体があまり丈夫でなくお国から出たことのないクニに教えてやります。東京の中枢は丸の内、日比谷公園に両議院……♪……とは有名なパイノパイノパイの東京節ですが、大体そういうことをクニに教えながら、しかし難波大助の目に見えておりましたのは貧民窟の惨状でありました。クニちゃんにこれを教えなかったのは大助なりの思いやりかどうか。そうこうしている内に難波大助は見事に早稲田第一高等学院に入学となりまして、通い始めます。歌川克己、岡陽造、梅田与一と言った友人が出来るのですが、さて大助、早稲田に入ったはいいものの、学校のハイカラな光景と貧民窟の光景を毎朝毎晩見比べることになる。大助は青春の悩みを抱えながら、歌川克己と街を歩きます。

「おい歌川、これで良いのだろうか」

「何が」

「俺らが早稲田で学んでいる事は、世の中の役に立つのか」

「それは、学校を出てみないと分からない」

「学校を出る前から分かる。俺は毎朝毎晩鮫ヶ橋の様子を見ている。俺は郷里に期待されてきたが、本当にやるべきことは全く違う場所にあるのだ」

それを聞いた克己もうつむいてウウンと唸ります。友人思いの大助は社会思いの大助でもあった。嗚呼かかる大正の聖代にこの様な光景があっても良いのだろうか。

 

さてその大正先帝は御治世の後半に差し掛かり、体調を酷くお崩しになっておりました。そもそも明治大帝は御世継を何人もお産ませになりましたが、男子は生まれた側から皆夭折し、ようやく育ったのがその大正先帝、さらに生まれた時から、その、ええ、頭が、臣民一同からご快癒願われておりました。先帝はある年の議会開院式に臨まれた折、畏れ多くも詔書を丸められて議場を見渡しまして、更にご注進遊ばされた議長の頭を、畏れ多くもその丸めた詔書でポカリとやりまして、ええ、その、畏れ多くも議員どもの緊張を解そうとされたのであります。決して頭がパイノパイノパイな訳では御座いません。我々には思い及ばぬ深遠な御思慮があってのことです。さて親の因果が、あ、親の聖徳が親王に報い、その大正先帝の御世継でありましてご存知この聖代を有難く統治されております今上天皇らは御聡明であらせられます。今のお妃さまが色盲のお疑い、ええ、あくまでお疑いを掛けられた時も構わずご成婚遊ばされたのであります。

 

そんな有難き聖代を想う事もなく、大助は次第に学校を離れ、社会活動、先年社会を騒がせましたアカの運動に身を投じるようになったのであります。貧民街に身を投じ激しき労働に体を痛ませ、運動にも精を出すのでありますが、しかし事は大助の思うようにスンナリと行きません。ある時は警官に殴られ拘留され、ある時は親に皇道をとくと説教され、郷里に連れ戻される事も幾度。しかし難波を支えていたのは、共産社会の希望か、それともクニちゃんの笑顔か。ある日大助は帰郷の折、足を延ばしてクニに会いに行きました。

「大助さん、お久しぶりです」

「クニさん、お変わりないですか」

「はい。お手紙麗しく拝見しておりました」

久方ぶりの再会を喜ぶ大助とクニですが、クニは大助が今何をしているのか知らぬまま言いました。

「今度の皇太子殿下御演習の折、当家が一帯の接待役となりましたわ」

とても光栄なのに、大助は思想が思想、釈然としないものを抱えて「ウン」とだけ返事し帰ろうとしたのでありますが、クニはその背に寄り添って、「御巡幸が去ったら目出度い空気の中でご結婚を」と申し出てきたのです。しかし大助は東京で大事な活動が待っている。即答せず心にもなく「今はその大事な役だけを考えよう」と言って顔も見ず帰ったのであります。釈然としないものを抱えたのはクニも同じですが、互いに、次第にそのモノが良く分からぬ胸騒ぎに変わっていきます。

 

ここで一息……臨監、まだ帰ってこないな。下痢かな。あっ失敬。

 

さあ、いよいよ御演習の列が参られ、散々大砲や鉄砲を撃った後、今の今上帝であられます摂政宮殿下がお供を連れ、クニの家でお休みになられました。

「汝侍従、朕は火薬と硝煙の匂いにより性の渇きを覚えたり。先程見たりこの家の娘を所望す」

次の間に控えていた小間使いの老婆がエッ私と驚くが、殿下が欲しいのは老婆ではなくクニであります。さあ困ったのは侍従。事前の調査で辺りの何から何まで調べ上げ生理周期まで把握しているのですが、クニに許婚があるのも知っております。侍従は「許婚者があるから其の様なことは出来ませぬ」とお断りしたのにも不拘、殿下は控えていたクニの部屋に乗込み遊ばされ、無理に望みを遂げられたのであります。

「朕は汝を所望する也」

「なりませぬ、お許しください殿下、私には心を誓った許婚が」

「汝の蛤御門で朕の珍宝を味わうが良い也」

「あっあっあっ」

そしてクニの両親はそれを知りながら、クニが殿下のお手付きになったなどと喜んでいる。誠に、はい、喜ばしいことかどうかは、さあ、でありますが、さて其のクニは数日幽霊の様になり、そしてふと気が戻った時、大助に済まぬと言って自殺して仕舞ったのです。一家はこれを不忠の恥として隠し、一人いた弟と小間使いの老婆は固く口止めされました。

 

そうして何も知らない大助が、演習が終わったと聞いて、これからの事を話そうと家に来ると、クニの両親は不機嫌に追い返した。さあ大助はどうしたことかと困惑しながら帰路に就くがそこに現れたのはあの小間使いの老婆。クニの身に起きた事を全て明かしてしまいました。大助は終いまで話を聞くとアッと声を上げ、顔を覆っておりましたが、しばらくすると、文字通り目から炎が立っている。そして大助が東京に戻った丁度そのすぐ後に、あの大震災が起きたのであります。かの有名な大杉栄が甘粕大尉に始末され、またあの朝鮮人大逆犯朴烈と金子文子も捕まり、各所で鮮人や支那人が誤って殺されたその光景を大助も見ておりました。大助の心中や如何に。大震災のこともあり大助はまた郷里に戻り、父作之進に頭を下げ、共産思想を捨てることと和解を申し出ます。

「父上、これまで私が間違っておりました」

「そうか大助、この聖代の美しさに漸く立ち返ったか」

それを聞くが早いか作之進は大助を連れて神社に参拝し、大助の転向を祝ったのでありますが、さて大助は親子水入らずの間に趣味として狩猟を始めた。その時に父に願って貸してもらったのは曰くつきのステッキ銃。これはかの伊藤博文公がロンドンで購入した物であります。孝明帝を弑し……たとの風評もある伊藤公のステッキ銃が大助に渡る因果、そもそも長州が蛤御門の変で聖代に盾突いた因果、諸々の因果が遂に実りました。

 

大助は友人らに絶交の手紙を送ります。友人思いの大助は友人らを死出の道に付き合わせたくなかったのであります。ただ歌川にだけ本心を仄めかす手紙を送ったのであります。

「この落ち着きを見よ。これから決行に出かけるところだ。さらば友よ 健在なれ」

ああ何という、悲愴に満ちた手紙でありましょうか。そして公には大助は大逆犯となっているがそれは違う、大助は確かに社会も頭に置いていただろうが、愛した女のために戦ったのです。そして大正十二年十二月二十七日、議会開院式に向かう皇太子殿下の車列が虎ノ門を通った折、大助は立ちはだかり、怒りのステッキ銃を撃ち、あのろくでもない天ちゃん裕仁の野郎をオッ

弁士中止!おい、降りろ!

何が中止だこの野郎!俺は真実を伝えているんだ!俺は知っているぞ!難波大助は女のために、姉貴の為に撃ったんだ!

中止だ中止!解散ッ!貴様ァッ

難波大助は英雄だ!みんな、それだけは覚えていろ!世の光を絶やすな!電球も蛍光灯も消えようが、心の光はアアッ

 

 

2022年1月25日公開

© 2022 Juan.B

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"愛国講談「聖代奇談大助長州仇恋討」"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2022-01-26 01:39

    豪華な御作でした。
    恥ずかしながら虎ノ門事件の事は知らず、ググって他ならぬJuan様の記事も興味深く読ませていただきました。
    とにかく講談調の文体が自家薬籠中のものになっていて、語りの巧みさとも相まって一気に読まされる勢いのある文章で、一読これはすごいこれは敵わないと圧倒されました。
    なのですが……利いた風な口をきくようで気が引けるのですが、このままでは素材を提示したというにとどまり、傑作となるには画竜点睛を欠いていはしないか……とも思わなくもなかったのです。ただそれは自分が欲張っているだけで見当違いな考えかもしれません。面白かったです。

  • 投稿者 | 2022-01-27 09:59

    長州出身にもかかわらず難波大助のことは知りませんでした。
    本人はともかく、周囲の人間も壮絶な人生ですね。下手に名家に生まれるもんじゃないと思いました。
    私は講談を鑑賞したことはないのですが、こういう語り口だと面白いだろうなと想像できます。芸事というのは奥が深いですな。

  • 投稿者 | 2022-01-27 22:16

    Juan.Bさん
    切れてない蛍光灯というテーマのハズですが、コレ切れてない?

    僕は最近になって文学のあるべき姿を妄想するようになりました。
    いつまでも覚えておくようなもんじゃないんでしょうね。

    作品の面白さはあまり。
    最後でっかくなっちゃってるのが、僕はそれだけで高評価です。

  • 投稿者 | 2022-01-28 18:21

    最後良かったです。面白かったです。文字が大きくなる所とか、学校の怪談の三巻だったかな、の、おまえだあ!っていう話を思い出しました。

  • 投稿者 | 2022-01-29 19:01

    日頃の研鑽研究がよく発揮された傑作でした。講談の語り口も調子よく、蛍光灯の取ってつけた感も忘れるほどです。高貴の方々のバカっぷりとか、「エッ、私が」と驚く婆さんとか生理周期まで把握とか細部まで抜け目がなくて、本当に面白かったです。最後がまたJuanさんらしく。
    皇太子裕仁が自分のことを「朕」と言うところが引っかかりましたが、これもまた演出のためか。

  • 投稿者 | 2022-01-30 00:09

    こういう文体も書けるのすごいですね。
    蛍光灯との関連がもう少しあっても良かったかと思いました。炎とかでもいけそうなので。
    私自身は大して知らないのに「ああ、昔はこういうことがよくありましたよね」という気分にさせられることができる話でした。

  • 投稿者 | 2022-01-30 10:58

    語りに力がある。真摯に歴史に取り組んでいる大人びた一面を見せる一方で、「汝の蛤御門で~」という中二っぽい感じも健在。最近ちょっとご無沙汰のYouTubeちゃんねるでぜひ生の講談として朗読してもらいたい。

  • 編集者 | 2022-01-30 22:19

    講談調で抑制されたJuan節が最後に爆発した感じで、Juan節の強烈さを改めて思い知りました。自分もこの事件は知りませんでした。皇室一族を描いた不敬長編でいけそうですね。命狙われそうですが。

  • 投稿者 | 2022-01-30 23:45

    お題なんかどうでもいいっス。
    自身のテーマに対する献身の前ではお題なんてなんのその。
    シリーズ化して次は、ギロチン社か船本洲治あたりで……

  • 投稿者 | 2022-01-31 02:00

    ほう、この時代に蛍光灯が?と思って念の為調べてみたら、ちゃんとすでに蛍光灯が実用化されていました。きっちり考証も済ませているあたり、頼もしい書き手であります。

  • 投稿者 | 2022-01-31 10:55

    大変面白く読みました。途中途中で当時語られていた噂話を盛り込んできちんと纏まっていて飽きさせない。しかしホアンさん難波大助好きですね。

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