赤ちゃんを作るゾ

合評会2021年11月応募作品

Juan.B

小説

4,405文字

※合評会2021年11月分応募作品。

ハワイの某島、美しい海岸に面した、二階建ての開業産婦人科「ベビーメーカー・ヤマモト」の一診察室で、日系人デザイナー産科医のヤマモトは、客の超高画質カメラに見つめられていた。延々と続く身の上話の終りに、引きつった声が響く。

「……と言うことです。先生、私たちの気持ち分かりますよね」

「ええ、ええ、分かります」

ヤマモトは軽く返事をしながら、目の前の日本人夫妻とその手にある超高画質カメラから目を背けた。デスクには、夫妻の精子と卵子の遺伝子配列表がビッシリと投影されている。

「最初はね、いや、セックスを実況生中継しようかとしたんです。そしたらね、運営が怒っちゃって。生命の神秘なのに」

「ひどいよねッ。『赤ちゃんを作ってみた!』すごくいいとおもったのに。子作りって神聖なのにね。子宮には神様の力が宿ってるんだよ。でも、デザイナーベビーなら怒られないっぽいし。アメリカで作れば文句言われないしタダで国籍付くし」

「子どもをね、とにかくYoutuberにしたいんです。まなぴょんと俺の子ども。先生なら、Youtuberに最適なデザイナーベビーを作ってくれますよね?」

「そう、子どもがね、Youtuberになったら、本当にうれしいの。ね、さとぴ」

金髪を立たせたニキビ面の夫と、アニメ声で小太りの妻が、若干涙声になりながら訴えかけてくる。ヤマモトは内心面倒なものを感じながら、「あー」とか「えー」とか適当な声を出し、一分近く遺伝子配列表と睨めっこをした。この間もカメラに撮られているのだろうが、涙声になりながら頑なにカメラから手を離さない夫に辟易とした。さとぴこと葛城聡と、まなぴょんこと葛城愛は、元々Youtuber同士であった。互いの出会いから恋愛、結婚までコンテンツ化し、テレビ番組にも出演、雑誌の表紙を飾る、社会学の論文の研究対象になるなど、広く知られた存在である。五千万人ものチャンネル登録者がいる。その事はヤマモトも知っていた。しかし、子どもまでYoutuberにするとは……と、頭を抱えたくなりつつ、前に向き直る。日本人を多く顧客にしてきたが、これほど俗な客は初めてだった。

「ちょっとプライベートなことになりますから、カメラは切ってもらって……」

「いえ、後で編集しますから、その、言って下さい」

はあ、とヤマモトはカメラを見つめつつ話を始める。

「つまり、顔も声も、とにかくカメラ映りが良くてお子さんにしたいということですよね。性別は?」

「ふたなりっ」

まなぴょんの方が奇妙な声で言い、さとぴがヒヒヒと笑い出した。ヤマモトは面食らいながら、あくまで笑みを崩さず、目の前の金づるに話しかけた。もう金づると見るしかなかった。

「ふたなりはちょっと無理ですね。あの、男か女か……」

目の前の金づる二人は顔を見合わせ、キイキイ声で何かを交わした後、結論は男と言うことになった。ヤマモトは金づるにこれまでの「デザイナーベビー製造実績」を見せ、どこそこの社長の息子だの政治家の娘だのを「デザイン」した実績を紹介し、デザイナーベビーの設計を進めていった。

 

 

Youtubeの中で、例の声がした。

『さとぴと、まなぴょんの、チキチキーッサマナちゃんねる♪ イエーイ! 二〇三〇年六月一日、今日は、二人でハワイのベビーメーカー・ヤマモトにきましたー!』

『ねーさとぴッ、ベビーメーカーだって。ウフフ。おちんちんのことかな?』

『まなぴょんのぽんぽんのことだろーッ!? 楽しみだなーッじゃあ入ってきまーす赤ちゃん作っちゃうぞ、ワオー!』

デデンという大げさな効果音の後に、『デザイナー子作り編Vol.1 お医者さんとお話してきました』という題字が画面を埋め尽くし、赤ちゃんのファンシーなイラストが現れる。動画を流しながら、ヤマモトは溜息をついた。おおよそ高評価だが、アンチもコメント欄で暴れている。延々と、さとぴとまなぴょんの下らない会話が続いた後、診察室に入る場面になり、そしてそこからはヤマモトの記憶と同期した。延々と、頭を抱えたくなるような声が響くが、一億円のデザイン代に、元々高くない倫理観がかき消える。コムロという顧問弁護士にも、法的に問題が無いことを確認を取ってある。

その時、外から聞き覚えのある騒音が響いてきた。

「またか……」

窓際に看護師たちが群がる、その後ろからヤマモトも外の様子を窺った。キリスト教福音派の集団が、訳の分からぬことを喚きながら医院の前で抗議活動を行っている。ヤマモトはすぐに警備会社を呼び出し、ジョルト・コーラを冷蔵庫から取り出して飲んだ。

 

 

編集された受精卵をまなぴょんの子宮に組み込む日が来た。まなぴょんは診療台の上に乗せられ、股を開き、受精卵が組み込まれるのを待っている。そしてそれを、隣の部屋から夫のさとぴがヘラヘラ笑いながらカメラで撮っていた。その様子にうんざりしながら、ヤマモトはロボットアームでまなぴょんの陰毛と陰門を掻き分け、女性器、膣のさらに奥深くにある子宮に卵子を差し込んでいった。その様子が施術室の一方のスクリーンに映っている。部屋のスピーカー越しに会話が行えるようになっているのだが、この夫妻は何一つ生産的な会話を行わなかった。

「あっ、あーぅ、入ってる」

「挿入? ねえマジ! どう、俺のと違う?」

「さとぴのより細いー」

それを聞いてさとぴはますます大声を上げて笑い出した。膣には長期間異物を入れていた形跡があり形状が歪になっていて、ヤマモトは少々位置をしくじった気がしたが受精卵を設置し終えた。手術が終わった旨告げると、さとぴはふーんという声を出してそのままいなくなった。残されたまなぴょんは、手に握ったジュエルをこねまわし、子宮に効くというマントラを唱えていた。

「あげまんあげまんあげまんあげまん……ねえ先生、これ効きますよね。占い師の人に教えてもらったんです。あげまんあげまんあげまんあげまん……」

 

 

『さとぴと、まなぴょんの、チキチキーッサマナちゃんねる♪ イエーイ! 二〇三〇年七月一日、今日は子宮に受精卵を仕込んだ話をしたいんですが、その前にゲストに来てもらいましたー』

ハワイのリゾートホテルの一室らしき映像の中で、夫妻に挟まれるように、髪をピンクを染め怪しい数珠を沢山ぶら下げた壮年の女が居座っている。

『スピリチュアル・マイティ・ホーリー・アート・フェミニストYoutuberの上野ヨーコさんです!』

ヨーコは中指を立て、それを口に含んで抜き差しするという「挨拶」をした。

『エンパワメント。上野ヨーコです。全ての家父長制をポアしましょう』

『上野さんはねっ、もうすぐおばあちゃんなのにYoutubeを始めて、色々な人にスピリチュアル・フェミニズムを伝えている凄い人なんだよ! 私の芸大時代からの恩師みたいな感じ』

『ぜひ赤ちゃんを作る前に、ヨーコさんから勉強したいよねー』

澄ました顔でわざとらしく深くさとぴが頷いたが、突如ヨーコは体を微妙に震わせ始め、大声を上げた。

『あっ、来る。スピリチュアルパワー来る。マンコ来たッ。アーッ……』

画面が暗転し、「ハワイでは2028年からモルヒネが合法化されました」というテロップが入り、しばらく時間が経過すると、髪を乱したヨーコが再び喚いていた。

『あのねっ、女は35で羊水が腐るって言った人いるけど。ちがいます。男の精子が生まれた時から腐っています。男の精子は悪魔の産物です。あなた、タラの白子好き?』

『ちょっと脳みそみたいで嫌い』

『でしょ?』

『でもさとぴの精子は腐ってないよ!』

『それは私から買ったホーリーリンガジェムのおかげ。これ膣に入れてると恋愛も不倫も強姦も聖なるものになって、精子が浄化されて、良い精子になります。15万円、安いでしょ?』

ヤマモトは動画を早回しした。コメント欄は、上野ヨーコの信者とアンチフェミニストが喧嘩して大荒れになっている。早回しした先には、膣内をロボットアームが掻き分けているあの映像が堂々と無修正で載っていた。小学生とおぼしきユーザーが「まんこまんこまんこ」と連投しているのが目についた。ヤマモトはYoutubeを閉じ、株式チャートを見始めた。

 

 

出産当日。さとぴはカメラを構える。世界にこの様子が実況されているのだ。ヤマモトは看護師とさとぴを伴い、分娩室に入った。

「いま、おれ、めっちゃ感動している。まじで涙でそう」

無痛分娩で痛みを感じていないまなぴょんは、紅潮した顔でさとぴに向かって何度も頷いた。

「私のホーリーヴァギナから、スーパーベビーYoutuberが生まれるんだよね……」

「ああ、生まれるよ、まなぴょん、生まれるよ! まじで!」

金づる夫妻のわざとらしく高揚して勿体ぶった会話を無視し、ヤマモトは赤ん坊を待ち構えた。数十分かけ、何度かの躍動の後、赤ん坊が生まれた。肌は虹色でぐにゃぐにゃし、顔のパーツは吊り上がるように配置され、鼻筋は生まれた時からすでに出来上がっているかのようだった。それをみて、ヤマモトがおめでとうと言う前に、さとぴが大笑いし始めた。

「うひょーッ見て! ねえこれ! 俺のスカイリムの実況覚えてる? あれ、ハイエルフ! クソみたいな顔作ったじゃん! アレに似てる!」

それを聞いて、まなぴょんも分娩後にも関わらず、ひくひくと笑い始めた。

「見せてッ見せ……きゃー! ビリケン! ねえこれミイラにしてウチの前に置こうよ!」

「わーすげー! 高評価沢山付いてくる!」

 

赤ん坊は遺伝子編集の無理が祟ったのか、かろうじて泣いてはいたものの元気がなさそうだった。そもそも夫妻は「赤ちゃんを作り出産するところまで」だけをコンテンツにしたかったのだ。さまなと名付けられた赤ん坊は、生まれた時点でYoutubeに写りYoutuberの役目を果たしていたので契約は履行したことになった。二日後、赤ん坊は死に、夫妻はその葬式までコンテンツ化した。夫妻は空虚なポエムを作って、葬式の現場で日本人バックパッカーのS・ヤスヒコなるギタリストに歌わせた。動画はかなりの高評価を得ていた。さまなの死体が感動的だとか、水子供養をした方が良いとか、コメント欄はいつになく神妙だった。

『Woo……サマナ~きみを忘れない~ワンナイトインハワイ、ベビーボーンアンドダイ……』

『えー次回は、病院の前で会った福音派の人達の集会に、まなぴょんと潜入して見たいと思います! マリアって本当に処女!?』

『高評価、チャンネル登録お願いします!』

そのどうしようもない曲を聞きながら、ヤマモトは次の顧客のカルテを眺める。顧問弁護士のコムロが、一連の動画を見てデザイナーベビーを頼んできたのだ。今度はもう少し話が通じそうだが弁護士なので責任が重大だ、と思いながらヤマモトは画面を閉じた。

 

(終)

2021年11月17日公開

© 2021 Juan.B

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"赤ちゃんを作るゾ"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2021-11-20 16:19

    クレヨンしんちゃんのミッチーとよしりんをそのまま2020年代に連れてきて、その間に脳がバグってしまったようなカップルのお話といった感じでエキセントリックなのに妙にすんなりと読めた。
    迷惑系YouTuber(2030年代にはある意味死語になってそう)と生命倫理がバッティングしてしまう瞬間というのはいずれくるのか…あんま考えたくないけど。上野ヨーコ、双方のモデルから訴訟を起こされた時の為にあの弁護士が必要になるという展開⁈

  • 投稿者 | 2021-11-21 13:29

    YouTuberに否定的な作品が多い。みんな、もっとチャンネル登録してください。

  • 編集者 | 2021-11-22 22:20

    まさかのザーメン被りで驚きました。上野ヨーコがおっ立てた中指をしゃぶるジャスチャーで笑うと同時に、いつもの展開を予想しましたが、今回は社会派に締めくくられている上に、皇族のデザイナーベイビーという今考えうる最強の不敬で来てんなと感じました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 04:04

    面白い! 文句なしの星五つです。
    YouTuberってのは人生もとい生活をほぼYouTubeに侵食されないとできない活動だと思うのですが、実際にコンテンツになるのは生活のキラキラ成分だけなんですよね。
    この二人はクソに見えて実はキラキラじゃない部分もコンテンツにしているところが、実は良心的なんじゃないかと思ってしまいました。
    コムロのモブっぷりも笑えました。まさかのラストで再登場も笑えました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 12:30

    ホアンB史上最高傑作の烙印とともに星5です

  • 投稿者 | 2021-11-23 14:49

    なんかこう、痛烈ですね。
    なんでこんなにバカを描くのが上手いんでしょう?
    ラストの小室さん登場に謎の安心感がありました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 16:31

    面白かった!
    珍しく作者自身の熱量が抑え目でその分、表現の幅が広まった感が。ことによると時代を先読みした予言的作品になるのでは。

  • 投稿者 | 2021-11-23 17:48

    ヤバいですね。謎の悔しさがあります。これは面白いです。

  • 投稿者 | 2021-11-23 18:38

    終始ヤマモトの視点で語られることによって、一見突飛な話も何かコントロールが効いているような気がして効果的だと感じました。
    上野ヨーコなどネーミングセンスもキマっていて、見習いたい点多しです。

  • 投稿者 | 2021-11-23 20:15

    最後にこれが来るんだから、合評会って言うのはやめられないよww

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