最終解決

応募作品

Juan.B

小説

4,488文字

※合評会2021年9月応募作品。

南米の小国の権力中枢で、二人の壮年の男が、スペイン語でもポルトガル語でもなく、ドイツ語で会話を始めた……。

コロニアル様式の大統領官邸の庭園を横切る真っ白な渡り廊下、その日の当たらない方を、車椅子に乗った壮年の男とそれを押す金髪の若い女性が過ぎて行った。庭木に水を撒いていた褐色の肌をしたメイドや、柵の裏で控えていたMPの微かな視線が交差する中、二人の白人の男女は、離れの一室の前に立ち止まった。

「エマ、いつも通りだ、ここまでで良い……」

お父様ファーザー

「少し話すだけだ」

お父様と呼ばれた男は車いすから立ち上がり、ゆっくりと歩み出て、部屋に入っていった。扉の向こうからは、間延びしたスペイン語の歌が微かに聞こえた。

 

~~~

 

部屋に入ってきた男を見ると、執務席に座り厚ぼったい顔をした大統領が顔を上げ、眼鏡をはずした。目じりの下がったその目を見て、男は笑いかけて名前を出した。

「ヴァルタス……」

「ブラント」

ヴァルタス大統領は、部屋の隅で控えていた、制服を着た端正な顔立ちの褐色肌の青年を呼びつけ、スペイン語で命令した。

「フランシア、レコードを止めて椅子をお出ししろ。あとワインを」

「はい」

フランシアが椅子を出してきてブラントを座らせると、ヴァルタスはドイツ語でブラントに話しかけた。大統領の厚い笑顔に、ブラントも笑い返す。南米の中心の、カライグアズという小国に来てもう何十年も経った。そこに、フランシアがワインボトルとグラスを持ってきた。ブラントはその精悍な横顔を少し伺った後、またドイツ語で大統領に問いかけた。

「彼にドイツ語が通じないのは分かってるが、退室させて欲しい」

ヴァルタスはフランシアに顎を向け、暫く部屋を出るように促した。フランシアは硬い笑顔の奥からスペイン語を発した。

「閣下、分かりました。部屋の前におります」

そしてフランシアが出て行った後、ヴァルタスとブラントはワインで乾杯した。ラベルに書かれた、ドイツの山岳風景を見て、ブラントの口から自然とため息が出た。部屋の隅のカレンダーを見る。1975年5月。

「ブラント、ちょうど、君に関係ある書類を処理……させられていたよ」

「ほう」

ヴァルタスがブラントに示した書類には、外国の人権団体による、先住民迫害を糾弾する文章が連なっていた。ブラントは口元を緩ませて適当に頷いた。

「よろしくやって下さい」

「全く、もう少し目立たないようにやってもらえないか」

ヴァルタスはその書類に斜線を大きく引き、クズ箱に放り込んだ。

「それにしても先程の、あの士官は」

「フランシアか? 彼は……特別にというか、置物として、中々良いのだ。分かるだろう、あの素晴らしい身体を。君の思想とは真逆かもしれないが。彼は酋長カシーケの家系で……」

「確かに美しい……だが、美しいだけだ。こう、滅び行く悲壮的な美しさを示すだけなら、どんな劣等人種にでも出来る。閉じ込められた絵画としての美しさをな。だが、我々は違う……」

ブラントはそう言うと、顔をやや斜め上に逸らして目を細めた。

 

~~~

 

二千人を一時間で処刑しろ!新記録だ!もっと激しく!腹には赤軍、背には米軍がすぐそこまで来ている!だが我々の真正面には!ユダヤ人!ロマ!殺せ!殺せ!二千人殺せ!一人も生かして置くな!我々に出来るのは、人種的清算のみだ!総統に汝らの鉄の人種的意思を捧げよ!この世に一滴たりとも泥水を残すな!例えドイツが、他国に再び占領されようとも、劣等人種だけは絶対に滅ぼすのだ!

 

丁寧に縛られて居並んだ、痩せ細ってもはや立ち上がる力もないはずのユダヤ人の中に、まさに劇場で光が当たるかのような存在感を放った、精悍な顔つきの男がいた。それまで無数の収容者の中でその者に一度も注目などしたことなど無かったのに、まさに極限のその状況で、光が当たったのだ。そして彼は周囲の半死人の中でまさに仕組まれたように膝立ちになって髭を揺らしながら叫んだ。

「我々は死ぬ! だが歴史から死ぬのはお前等の方だ!」

そうだ。歴史に仕組まれているのだ。彼のような存在こそは。絵画的な美しさをある極地で放つように!私はそれに敬意を表して、真っ先に殺害させた。まだあどけなさの残る少年のSS兵士が、そのユダヤ人の死体の顎を蹴とばした。私はその美しい光景を見た後、医療‟実験”棟の中の資料を洗いざらいカバンに入れて残りは燃やすという、単調で退屈でみじめな行為をしなければならなかった。美しい出来事の後ほど、落差は激しいのだ。楽しいパーティや食事の後には、後片付けが待っているのだ。そしてその……最終的な歴史の後片付けを行う者こそ我々のはずだった。我々が勝利していれば、世界は純粋さと鉄の意志による永遠の高揚の中で……。

 

~~~

 

……部屋の隅に歴代指導者の肖像画が並んでいる。カライグアズの歴代指導者の中で、19世紀に独立を果たした後の初代の執政官であるフランシア氏は、いずれ表面化するであろう、出自による社会・経済格差を打破し安定した新社会を示すために、ヨーロッパ出身者同士の結婚を禁止し、先住民との混血化を推進した。そして現在、この国の国民の大半の出自はまさに「混血メスティーソ」であり、貧困と停滞の中にありながら、ただそれを誇っている。だが、それも一時的な……。ブラントは記憶の迷宮から覚めた。

「一時的な、絵画の様な誇りに過ぎない。人生や歴史のある瞬間で非常に立派に振舞うだけなら、どんな民族でも出来る。マゼランを殺したラプラプ。バリ島のププタン。日本人のカミカゼ。だが、それは歴史を動かす力にはならなかった。分かっているだろう、ヴァルタス」

「余計な欲を出したから君の総統は破滅したのだ私はこの国で支配者であれればそれでいい」

ブラントは暫し言葉を失ったが、再びヴァルタスから視線を逸らして、失笑気味に言葉を漏らした。

「俗物……」

「亡命してきた君たちが何を言うのだ」

二人は微妙な笑みを交わし合った。そして、ブラントは鞄から、反抗的な先住民や刑務所から移送された思想犯の囚人に対する脳の部分摘出などの人体実験の資料や、‟死の部隊”の効率的運用に関する提言を提出した。

「君の村はどうなっている。メノナイトの様に畑いじりをさせる為に土地を与えた訳ではないのだ。そのために近隣のグアラニー族を‟処理”してやったのだからな」

「私の建設は既に最終段階にある。それに、もうすぐ、第三世代が生まれ始める……」

 

ブラントが大統領の執務室から出ると、右の脇にフランシアが、そして左の脇には車椅子と共にエマが立っていた。真正面では、壮年のメイドが庭木に水を撒いてせわしなく動いている。すぐにエマが車椅子を出し、ブラントを座らせた。

「ああ、エマ……行こう」

「はい、お父様」

フランシアは直立不動のまま動かない。メイドがフーンと鼻声を出した。ブラントは、目を瞑って車椅子の振動を感じながら、エマに話しかけた。

「……そろそろお前にも相手を見付けないとな。正しい相手を……」

「えっ……はい、お父様……」

 

~~~

 

農業祭への視察と言う名目で、ヴァルタスは側近と共に航空機でブラントの村に向かっていた。

「いつも忘れるのだ。なんという名前だったかな」

「ベルンハルト・フェルスター記念入植地です」

傍らのフランシアが伝えるのを聞き流しながら、ヴァルタスは窓の外に見える、整然とした村の様子にいつもながら感心していた。そしてレシプロ航空機が整地しただけの空港に着地し、ヴァルタスは村に降り立った。車椅子に乗り、エマに押されたブラントと、農作物を抱えドイツ語の歓迎の歌を奏でる群衆が出迎える。ここは対外的にはただのドイツ系入植地でしかない。群衆は、皆似た様な金髪碧眼の若い男女のみで構成され、男子は黒い制服を、そして女子はカーキ色の婦人勤務服を身に纏い、画一的な笑みを見せていた。

「ベルンハルト・フェルスター記念入植地へようこそ、大統領」

以前と打って変わった慇懃無礼なブラントの挨拶に、ヴァルタスは曖昧な笑みで握手し返した。近代化された農業、二次産業や三次産業への発展……と言ったお題目を処理した上でヴァルタスが確認したかったのは、思想犯を扱う収容所の様子であった。ヴァルタスは傍らの治安相と目線を交わし、頷きあった。だが、ブラントが更に付け加えた。

「混血や先住民どもを連れてこない様に頼んだはずですが……」

 

村の歓迎式が開かれた。初代執政官フランシアとヴァルタス大統領の二枚の肖像画が掲げられる下で、ブラントは車いすに座ったままマイクに喋りかけた。

「私たちの勤勉な精神、勤勉な生きざま、勤勉な……歴史との向き合い方が、この土地を正しく蘇らせたのです。ここにあるものは全て純粋な精神の産物です。それがない社会、生産と言う物は全て滅び行く運命の過程でしかありません。自然を従わせ、環境を従わせ、そして……正しい精神の元に社会を従わせる。それが人間の果たすべき責務なのです。今はこのカライグアズ国の片隅の村落ではありますが、向こう数世代を経た後、我々の精神は、世界を従わせている事でしょう。統一した精神!」

カライグアズの他の村落よりはよく整備されているにせよ、こんな隅の村落で何を大風呂敷を広げているのだろうか、とヴァルタスは内心笑いつつ、貴賓席の椅子からやや身をよじらせ後ろを窺った。トンプソン銃を下げた数人のボディガードと、フランシア、それに治安相と知事始め数名の閣僚しかいない。その中で後ろのフランシアに話しかけた。

「お前もここから嫁を探すか」

「無理でしょう。ブラント博士は……純粋性を尊ぶお方ですから」

フランシアは半ば明るく答えた。

「それに、私はもう見付けた」

「ん?」

銃声が響き、ヴァルタスはフランシアにより頭部を吹き飛ばされた。同時に、三人の先住民出身のボディガードが、示し合わせた様に手元のトンプソン銃を閣僚に乱射した。辺り一帯に悲鳴が上がる。治安相と知事が貴賓席から血を吹き出しながら転げ落ちた。そしてその中でブラントは立ち上がった。

「何をする貴様……!」

ルガー拳銃を懐から取り出そうとしたその時、エマが後ろから羽交い絞めにした。

「貴様……もしやあの日……」

「私ごと撃って!」

離れた貴賓席から、フランシアは一瞬の間を縫って銃弾を放った。それは絶妙な角度でブラントの側頭部を撃ち抜き、エマを傷付けずにブラントを死に至らしめた。混乱した群衆の悲鳴の中で、更に示し合わせていた先住民たちが草原の彼方から現れてきた。半裸の女が雄叫びを上げ弓矢を放ちながら先陣を切る。

「お前等、動くな! エマ、来てくれ!」

フランシアとエマは互いに駆け寄り、貴賓席の前で抱き合った。その最中も、ボディガードは銃を乱射し、ヴァルタスの肖像画をずたずたにした。なだれ込んできた先住民が入植地を破壊し始めた。白人たちは屈強な褐色の先住民に次々と圧倒されていく。そして夕焼けの中で、無数の男女を問わぬ強が始まった。その中でフランシアとエマ、そしてもう一人のフランシアの肖像画だけが、無言で全てを眺めていた。

 

(続)

2021年9月23日公開

© 2021 Juan.B

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"最終解決"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2021-09-23 08:20

    ハードボイルドなものを感じました。『ゴッドファーザー』の射撃シーンを思い出しました。これはナチの残党が南米に逃げて、そこでのクーデターで射殺されるお話ですよね。間違っていたらすみません。
    人間というものは、どこに行っても、なにをしても、お互い殺し合うものなのですね。現代に起こるとはまさか思ってなかったことが、実際にアフガニスタンで起こっている。

  • 投稿者 | 2021-09-23 09:15

    まさかの(続)に驚きを禁じえない。実際に続くのか洒落なのか判断しかねるが、続くものならばぜひ読んでみたい。ホアン氏は近年著述家としての地位を確固たるものにしつつあるのはみなさんもご存知だと思うが、ここに来て益々文体の安定感、ストーリーラインの堅牢さを感じられるようになったように思う。20代でここまでパワーのある文章を書ける人材もそういないのではないか。破滅派合評の成果物として極めて優秀な同人であるといえる。

  • 投稿者 | 2021-09-23 10:42

    肖像画までずたずたに。最初からその気でしたのか、たまたまそうなったのか、明言は有りませんが、ただ、それを書かれてたのが良かったです私は。銃を乱射したらそれなりに色々とずたずたになりそうですけど、とにかく肖像画がずたずたになったというのが良かった。それを添えてくれたのが良かったです。

  • 投稿者 | 2021-09-24 00:11

    完全に個人的な好みの話なので申し訳ないのですが、自分としてはブラントの語る狂気の思想や世界観の話をうんと膨らませてほしかったです。ありえたかもしれない恐るべき世界の幻想妄想がいやいやこれ大丈夫かいなというところまで膨らんだところでドンパチで掻き消される的な……けれどそれだとつまらなくなってしまうでしょうね。

  • 投稿者 | 2021-09-25 18:07

    続くんかい! と思わず叫んでしまいました。
    続きを読みたいです。

  • 投稿者 | 2021-09-25 22:43

    モデルはパラグアイでしょうか。著者の作品はたまに事前情報がないと読みこなせないときがあるのでやきもきすることもありますが、ストーリーはラストのお約束も含めて楽しませてもらいました。
    革命で殺されるブラントに「もうすぐ第三世代が生まれはじめる……」と言わせる皮肉がキレッキレだと思います。
    あと時代設定が75年である理由があれば知りたいですね。

  • 投稿者 | 2021-09-26 00:51

    混血の進んだ南米の某国。いまだに民族主義を信奉する逃亡ナチ高官。舞台設定としてはなかなかいい感じ。フランシア側のストーリーがほとんど描かれず、突然の銃撃で呆気にとられたまま幕切れとなったので、続編に期待。

  • 投稿者 | 2021-09-26 13:44

    ホロコーストの犠牲になった人達はユダヤ人だけでなく身体障碍者やスラブ系やロマも対象でしたね。いまは表立ってユダヤ人や身体障碍者、スラブ民族を差別する人は殆どいない思いますが、ロマはいまだに迫害され続けています。ヨーロッパを旅していた時に宿泊施設に泊まる時に必ず聞かれたのが「ロマではないよな?」でした。なんてことを思い出しました。

  • 投稿者 | 2021-09-26 18:50

    民族純血主義を南米に持込み、混血の国を支配しようとするナチスの残党。この設定はJuanさんならではです。冒頭のコロニアル式大統領邸の描写がすごく良いです。
    フランシアとエマとにどこか小室氏とマコ様を連想してしまうのは私だけではないでしょう。
    「貴様、もしやあの日」というセリフがどこにかかっているのかよく分かりませんでした。フランシアという青年は初代執政官のフランシア氏と何かつながりがあるのでしょうか。入植地でのボディーガードの反乱も唐突感がありますが、これもJuan作品の安定のカタストロフを導くためですかね。その上まだ続くようですし。
    ナチスに国家機構を侵食されてしまった国を、フランシアとエマが立て直すのか、あるいは二人でニューヨークへ飛ぶのか。

  • 投稿者 | 2021-09-26 23:36

    まさかの(続)で吹きました。フアン氏の俗悪非道の奸物は堂に入っていますね。ヨゴロウザさんと同じく、自分もブラントが非道の限りを尽くす『族長の秋』に期待してしまいました。大河ドラマはやはり良いですね。

  • 投稿者 | 2021-09-27 14:24

    続くんですね。
    いつも、カライグアズ等の造語のセンスがどこから出てくるのか脱帽します。
    荒れてるシーンの荒れてる感じが、好きです。切実で。
    フランシアとエマが恋仲だったら面白いなと部屋の外で二人が待ってる場面で思っていたので、そうで良かったです。大変そうだけど幸せになって欲しい……。

  • 投稿者 | 2021-09-27 19:51

    これは続編期待です。面白かったです。設定がよく、ややハイライト的なところや、少々説明不足に感じる部分があったかなと思いましたが、日々進化されていらっしゃる混血小説を堪能いたしました。

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