ある選手の話

応募作品

Juan.B

小説

4,416文字

※合評会2021年3月応募作。

テレビの中で、下半身が異様な状態となった、浅黒い肌の一人の男がスタジアムの中央で雄叫びを挙げている。その光景は日常でもあり、また非日常でもあった。男は負けた相手の顎を掴み、観客席の方に放り込んでいた。画面はあちこちにブレて、男の顔をよく映さない。

「エンプレス・オブ・ジャパン杯準決勝……勝者、マックスウェル・フォン・シュトルムガルド」

画面が男の顔を据えて写した。頭に少し血の掛かった男はやや斜めの方は見て、口元で何か吐き捨てるような素振りを見せている。会場中から、歓声とも罵声とも取れない騒音が広がっているようだが、画面は一瞬高貴そうな席に座る一家を映した後、すぐにスタジオに移った。女子アナウンサーが興奮した口調で延々とこの‟競技”の血沸き肉躍る様子を稚拙な言葉で繰り返していた。

「ねえーっ凄い戦いでしたねっ! このままマックスウェル・フォン・シュトルムガルド選手は二連覇を果たしてしまうのでしょうか! 彼を止める者はいないのでしょうか! それでは来週決勝戦で……」

 

私は、招かれてマックス何とかの整備工場への道を進んでいた。駅からしばらく歩く途中、商店街にもロードサイドにも男の肖像が並んでいる。彼は恐らくこの様なことを望みもしていないだろうが、彼始め選手達は半ば偶像の様になっており、何にでも結び付けられていた。ロードサイドの遥か彼方に、グレーの巨大な囲いが見える。更にその周りには報道陣らしき人の群まで詰めかけていた。

「裏口から……」

私は口ごもりながら、反対側の畑が広がっている方に向かい、そこに唯一面している事務所棟のドアを叩いた。ドアが開くと、警備員らしき男がすぐに睨みつけてくる。

「誰だねあんたは」

「紹介されて、その、来たものですが」

「何言ってるんだあんたは」

うすら笑いを浮べこちらを拒絶しそうな素振りの、イヤな警備員に、私は小さなIDを示した。すると警備員は引きつった眼をして、ドアを開けて整備工場の通路の奥の方を指した。

「良く分からな……分かりませんが、ノックすれば後は、その、マックシュ、スさんが応対されると思いますので、ハイ」

私は呂律の回らない警備員を横目に通路を進む。通路の窓ガラスから見える工場内部には、男の体に繋がれる様々な物が、空中から吊り下げられていた。耐久力を試しているのかも知れない。そんな事を考えながら進むと、すぐに部屋の前に着いた。中から何か打ち付けている音がする。トレーニング中かと思いながら戸を叩いた。

「入れよ!」

 

入ると、マックス何とかは、この間の女子アナを机に這わせて、そのオマンコに義手を高速ピストンで差し込んでいた。女子アナがまさかと言う顔をしてこちらを見ているが、マックス何とかは止める気配を見せないまま、薄笑いをしてこちらを見てきた。ウィン、ウィンと音がするたびに、女子アナは短い髪を揺らして頭を左右させた。

「アアーッウッ」

「おい、満子、アレやれよ」

「日経平均……」

「違げえよ、早口言葉だよ」

「マックスウェル・フォン・シュトルムガルド、マックスウェル・フォン・シュトルムガルドッ」

「面白いだろこいつ」

私はその光景をどうして良いのか分からないまま、立ちすくんだ。

「せッ精子を注いでくれるんじゃなかったんですかッ! 時価八億円のッ」

「聞いたか? 精子だってよ! 俺を使って自分の腹でブリーダーごっこしてえ奴が多いんだよ。俺がちょっと勝つとすぐこれだ、で、もし俺が負けたらすぐ忘れて腹の子を下ろすのか? え?」

「ちっ違いますッ」

ルキオは笑いを尚更私に向けながら、アナウンサーの髪を引っ張った。

「お前は例えば、3.11の正確な死者数……いや、個人が良いな。五年前の放射能漏れ事故で死んだ一人の、底辺の作業員の名前を思い出せるか?」

「い、いえっ」

「そうだろう、記憶ってのはそう言うもんだ」

私は彼の本当の名前を呼ぼうとした。

「あの、ル……」

「おい、まだ呼ばないでくれ」

「アアーッ」

「おい、イッたか? じゃあ帰れ! 二連覇してからの方が価値が出るからな、十億用意して待てよ。それまで他の奴とオマンコして膣を広げとくんだな」

「アッハイ」

女子アナは直ぐに服装を整えて、フラフラした足取りで出て行った。どうも本番はしなかったらしい。あの美貌と地位の女にここまでして手を出さないのは、むしろ彼が充足しているからだろうか。だが私は、私も絡めつつ彼がどんな扱いを受けてここまで至ったのかを考えると、何かを言葉にする気も無くなった。マックス何とかは目をこちらに向けて、顎を振った。

「ルキオ」

「そうだ、たまに呼ばれないと忘れそうだ……俺のリング名を誰が付けたか、いや、そもそも誰が俺を養ってるか知ってるか?」

私は頭を振った。本当の名で呼ばれたルキオは、義手のぬめりを拭き、薄ら笑みを相変わらず浮べ、しかし目の光を失いながら、続けた。

「久仁だぜ! あのガキ、自分の厨二ラノベの主人公の名前を俺に付けてくれたんだよ! 何で日本人てのはインチキドイツ人名をやたらキャラに付けたがるんだろうな?」

「なんとかシュヴァルツとか、なんとかーガーとかね」

答えながら、私はあの皇嗣を思い出した。しかし、ふと視線を移すと、ルキオの下半身は競技中と変わらずカバーに覆われている。ルキオはソファにどっかりと腰を下ろし、高周波のモーターらしき奇妙な音をわざと下半身から発生させた。しかし、次第に様子がおかしくなり、頭を抱え、なにか引きつった泣き声のような音を出し始めた。

「お、おい、ルキオ! せっかく会いに来たんだぜ、元気出してくれよ」

「イッ……ヒッ……お前だけだよ、金勘定関係なく会いに来てくれるのは」

「そんな……」

その時、ルキオは急に立ち上がり、うめき声を上げ目元から激しい光を発し汗水をたらしながら、下半身に手を掛けた。

「俺の秘密を知りたいか」

 

スーパーアリーナに無数の歓声が上がった。久仁は会場の“愚民ども”を見下ろし、机の下で股間の辺りをもぞもぞ触りながら、横に座る侍従に語り掛けた。

「ボクの人体改造モータープロレスにこんなに人が来ちゃったよ」

「素晴らしいですね」

「やっぱり飢えてるんだよね、娯楽に……でもボクがやりたいのは、新しい神話なんだよね。技術と神話の融合」

会場の一角から、マックス云々が現れる。

「あれ、ボクの書いてるラノベの主人公の名前なんだ。でも、もうボク、そう言うの卒業しなきゃいけないんだよね」

歓声と怒声の中で、アナウンサーの声が響き渡る。

「エンプレス・オブ・ジャパン杯決勝……マックスウェル・フォン・シュトルムガルド選手ーッ入場ーッ」

会場中から爆音で、陽気なイタロディスコの音楽が流れる。しかし、唐突に「君が代」がそれを打ち消し、そして、空から巨大なシルエットが文字通り飛んできた。会場中の歓声は静まり返る。

「アマテラス!」

久仁が股間を動かすと、アマテラスも同調して地に降り立った。

 

ルキオは、即座にその様相を理解した。天女のような衣装に固められ、表情までも薄ら笑みに硬直させられた、謎の女が、巨大な上半身の枠の中からこちらを見下ろしている。入場のみに使われただろう四つのジェットパックから一本ずつ管が抜けていくのが見えた。下半身の巨大な袴は、恐らく自分と同じ仕組みであろうが、とにかく自分よりも遥かに巨大である。そして、久仁の真意もすぐに分かってきた。かつて久仁はルキオに、第一回の優勝時の謁見時に、「神話を作っている」と語ったことがある。その時は、単に気取ったクソガキのオナニーみたいな発言だと思っていた。だが、それは本当の意味だったのだ。自分は、長い長いモータープロレスの末に、久仁の、いや、国家の神話を完成させるピースにさせられたのだ。

「ナガスネビコにでも改名させろって言っときゃ良かったな」

アマテラスは無言で、体中からモーター音を炸裂させている。そして、あの薄ら笑みは全く変わっていない。表情を変えられないのだ。そしてアマテラスの意志ではなくコンピューターに仕組まれているがごとく、正確に義手が伸びてきた。

 

自分のこれまでの業績を否定されるがごとく散々に痛めつけられたルキオは、宙を望みながら最期の時を待っていた。相手は殺す気だろう。会場からは盛んに「アマテラス」コールが響く。そうだ、これは神話だ。ルキオは混血として日本人の選手を踏みつけてきたし、それに満足していた。だが、全て仕組まれていたのだ。正義は、日本は必ず勝つのだと。視力18.5に改造された右目も今やうっとおしいが、ふと観客席を見ると、この間会いに来てくれた最後の友人が、自分の本当の名前を叫んでいるのが見えた。そうだ、最後くらい自分の名前を胸に刻まなければ。ルキオは彼に笑いかけたがアマテラスの腹部から飛び出た一番太い義手に掴み上げられ、わざとらしく久仁の方に向き出された。久仁は、両手を机の下の方で何か激しく動かし涎を垂らした。ルキオは、口元で悪態を突こうとしたが、その暇もなく、地面に落とされた。だがその時、ルキオは、アマテラスの下半身のLEDが、モーター音と共に規則的に点滅していることに気付いた。

「・・・ --- ・・・」

「……SOS」

ルキオは最後の力を以て立ち上がり、アマテラスにではなく久仁へ拳を突き上げた。会場からどよめきが上がるが、すぐにアナウンサーのふざけた口調が打ち消す。

「おおっと、蟷螂の斧という諺を示している様です」

だが次の瞬間、ルキオは下半身のカバーを外し、真の下半身を曝け出した。大勢の管が、股間の陰嚢部分に向かって伸びている。そしてその陰嚢に当たる部分には、放射能マークの付いたミルク瓶ほどの銀色の筒が下がっている。

「俺は……アマ、お前と同じだ。俺は三世代越しにブラジルから帰って来て、原発清掃中の事故でモロに被曝しながら生き残っちまった。そして俺はホルモンが無尽蔵に出る体になって、情緒が狂って……その狂いを、あのガキのお話の為に……」

アマテラスは前かがみで拳をルキオの眼前まで向けたが、ルキオはそれに掴まって最後の力でアマテラスの背まで走りあがり、背後に廻った。そして、アマテラスから四つある内の一つのジェットパックをもぎ取ると、自分の管の一本をコネクタに差し込んだ。

「ハッ! ここの互換性を変えないとは、エライ予算をケチったな、久仁! 俺が本当の神話を見せてやらあ!」

「マックスウェル、お前……」

興奮しつつ何が起きたか分からない顔の久仁に向かい、ルキオは遠くから笑いかけた。そして即座にジェットパックを起動し、久仁たちのいる貴賓席へ飛び込んだ。途端に血肉とごく少量の白濁液が飛び散る。アマテラスは奇妙なモーター音を上げ機能を停止すると、構成されていた機械が次々と分離していき、一人のALSの女性が解放された。その顔は自然な笑みに戻っていた。

 

(終)

2021年3月22日公開

© 2021 Juan.B

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"ある選手の話"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2021-03-24 16:45

    「五年前の放射能漏れ事故で死んだ一人の、底辺の作業員の名前を思い出せるか?」

    この一文を際立たせる為にその肉付けされたような話だと感じました。

    日本ではメディアが、プレカリアートって言葉を意識的に紹介しないようにしてる感さえあります。

  • 投稿者 | 2021-03-28 15:02

    アマテラス! で笑ってしまいました。不敬小説の時代が来る気配がします。限りなく不敬ですが、久仁の「ボクがやりたいのは新しい神話なんだよね。技術と神話の融合」という台詞に教養が垣間見えて、“正しい不敬さ”を感じました。

  • 投稿者 | 2021-03-28 15:26

    いいですねえ。

    いい。女性アナウンサーと同じく稚拙な言葉でしか言えませんが、いいですねえ。

    自分の腹でブリーダーごっことか、マネしたいです。自分の厨二ラノベの主人公のアン前とか、アマテラスって言うセンスも好き。久仁さんが股間を触ってるのも好き。

  • 投稿者 | 2021-03-28 21:05

    アマテラスの中から出てきたものを見て、ふと福田恆存の「99匹と1匹」を思い出したりしました。
    概要として「1匹の犠牲で99匹が助かっても、犠牲になった1匹のためにあるのが文学だ」と。

  • 投稿者 | 2021-03-29 12:16

    面白く読めた。権力者の思惑により、社会的弱者同士が対立させられるという構図が何とも哀しい。やんごとなき身分の子どもの名前をわざわざ字を変えて表記したのは、その手の連中にそろそろ目をつけられることを危惧した政治的配慮か?

  • 投稿者 | 2021-03-29 14:14

    ルキオが出てきました。しかしやんごとなき人たちは臣民を人体改造するのが好きですね。アマテラス誕生神話もそうですが日本神話は神の身体のいたるところが新しい神が生まれる、なんとなく通づるところがあるなあと思って読みました。面白かったです。

  • 投稿者 | 2021-03-29 14:34

    「人体改造モータープロレス」ってアイディア自体はたくさんありそうだけど、それをこういう展開に持って行くのはJuan.B氏以外にはいないだろうなあと改めて感銘を受けました。
    股間につけた装置が力の源でしょうか。
    アマテラスの背中の部品とコンパチブルというのは確かに予算ケチりすぎですね。太さが全然違うはずなのに。悪者が死んだら急に呪いが解けて元に戻るとか、一人称で進めていた話が急に三人称になったりとか、突っ込みどころはいろいろありますが、そんなことはどうでもよくなる力のある作品でした。

  • 投稿者 | 2021-03-29 15:17

    古代から祭事や競技は権力者のもので、巨大なスポーツイベントなどもそれと似たりよったりかと思うと冷めた目になってしまいがちですが、競技する側も見る側も包摂への抵抗として何ができるかということを身をもって示すような、そんなルキオの姿勢がよかったです。

  • 投稿者 | 2021-03-29 19:48

    あの善良そうな青年がどんな顔でこれを書いているのかと思うと、人間なんてラ・ラ・ランド。今回総じてやたらと妊娠ネタが多かったんですが、それは春だからですかね。それともモータースポーツと妊娠には密接な関係があるってことなんでしょうかね。

  • 投稿者 | 2021-03-30 13:44

    モータースポーツというテーマをこのように料理するとは。いやはや感服しました。原発作業員の話の回収といい救いありありの結末といい、紛れもない「物語」であり「神話」ですねこれは。

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