ゴキブリはゲリラである。そして下からの無差別戦である。

応募作品

Juan.B

小説

4,341文字

※合評会2021年1月度応募作品。

ゴキブリが久しぶりの自我を感じた刹那……。

ゴキブリは、元旦から数日後のある日の朝、倦怠感を覚えながら寝床からはい出した。ゴキブリに新年というものは、実質存在しない。身の回りで、自分で定めたことも無い時間が、延々と回っていく。ゴキブリは朝っぱらからスマホを手繰り寄せ、数日ぶりにしっかりとTwitterを眺めた。Twitterには、人間たちの営みが楽しく並んでいる。ゴキブリは最近、ある文脈を探っていた。明確な事件でも無ければ、話題とも少々違う、あくまで文脈である。それは、「スカッ」「ハッ」とさせる話達であった。それは当然、Twitter固有のものでもない。昔から人々の会話や手紙でも交わされていただろうし、教会寺院でも唱えられていただろうし、そして新聞雑誌や書籍で途方も無く拡散され、電子掲示板で無数のミームとなってきたものだ。ただ、Twitterでは誰が話し、誰が拡散しているのか、ゴキブリにも分かりやすいだけの事だった。

ゴキブリは画面を上下させ続ける。ある女子高生が、ゴキブリに対する純粋な憎悪を電車の中での友人との会話で披露していたことが、多くの人々を感動させていた。あるフェミニストによる、「社会をアップデートしていく」ために如何にゴキブリを攻撃すべきかという論考が、ネットメディアの記事を介して話題となっている。「日本を愛するふつーの日本人」が、ゴキブリが古来から如何に日本で憎まれそして近代世界に先駆け的確に攻撃してきたかを奇妙な図付きで賞賛し、それをある有名整形外科医が数日越えで拡散させていた。警察24時で、ゴキブリが警官に踏みつぶされ「正義が執行」される場面が面白画像として広まっている。ゴキブリは今日も社会から順調に憎まれていた。恐らく、一般の人々は「ドラマ」と言う形でしか様々な物事を受け止められなくなっているのだろう。世間は正義が執行され、「アップデート」されている様に思い込むが、実際は適当な誘導や雰囲気のままにゴキブリとされた者どもを攻撃し、やがて将来の権利を自ら権力に差し出し続けるだけである。

新型ウイルス蔓延のニュースを聞き朝食を取りながら、ゴキブリは棚の上の写真を眺めた。一枚だけ、子どもの時の写真があった。つまらない顔だ。今も。ゴキブリの人生には「スカッ」「ハッ」とする出来事など、数えられる程度しかなかった。つい最近、過去の少数の「非国民」の言動を集めた書籍を、非常な偶然の連続で出版できた。とても嬉しい。が、それらの数少ない出来事や本の内容を他者に語った所で、大多数は「スカッ」「ハッ」としないだろう。

 

新年とやらの空気を吸いつつ、ゴキブリは散歩する。帰省して、人間の姿をしている親戚に会った時を思い出す。親戚は、ゴキブリの両親が「非常に特徴的な結婚」をした時の「御懸念」を、自分が思慮深い事の証明か人生の貴重な経験を教え込む様に語った。ゴキブリはそれを有難く聞いていなければならなかった。子どもの頃の出来事ならもっとある。それに怒鳴りつけ、あるいはネット上に一つの「復讐」エピソードとして書いても同情などされず、「スカッ」「ハッ」となる訳が無いことを、ゴキブリは自身の経験で知っていた。その感覚自体に格差があるのだ。他人の頭上で起きている時は面白く、自分や日本が標的になると逃げ出すのだ。

ゴキブリはいつから自分がゴキブリになったのか覚えていない。「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」なる言葉があるが、それを借用すれば、ゴキブリとして生まれたわけではないことだけは覚えていた。いつのまにか、だ。ゴキブリには同類がいた。「同」と言っても、同胞でも同志でもなく、同類である。公園には、浮浪者というゴキブリがいる。一室に引きこもり続けるゴキブリがいる。「オタク」という広範なゴキブリがいる。かつて日本から移民し、そして数十年後に自動車工場で働かされるために中南米から呼び戻されたゴキブリの子孫たちがいる。海外から来る者は大勢いるのに、何故か彼らや色の浅黒い者だけがゴキブリとなった。大学を占拠し、軍需商社を爆破し、空港建設地の近くで警官を叩き殺したゴキブリたちもいる。警官を始末する話を聴いたとき、ゴキブリはすごく久しぶりに「ハッ」としたが、他の数多の人間たちにとっては非常に不快な話らしい。年々、様々なゴキブリ扱いが徐々に増えている。逆に、かつては同性愛を嗜む「ゴキブリ」が数多く生息していたようだが、現在では「彼らはゴキブリでは無かった」ということになっている。では自分達もいつかそうなるのか?

そしてここに依然ゴキブリが一匹いる。ゴキブリ同士でも、別のゴキブリから同志などと呼ばれたがらない者は大勢いるだろう。だがそれでもゴキブリはあくまで「同類」と言う。そして考える。ゴキブリと、ゴキブリでない者の境は何なのか?このまま「正常」のハードルを上げ続けるなら?その意義は?

 

ゴキブリは肌寒い風にわざわざ当たりながら、公園のベンチで新聞を読んだ。今年も、新型ウイルスと人間は付き合っていかなければならないという。新型ウイルスも新たに多くのゴキブリを生み出した。ある地方では、地域で初めて新型ウイルスに感染した人間がゴキブリとされ、村八分の様な扱いを受けた。また、都会に住んでいる人間が、地方に行くと途端にゴキブリとなり、車に投石され店から締め出されたりする事例も相次いだ。一市町村単一集落位で憎み合う時代が来た。国の一体感など元々無かった様に。

ゴキブリには、「なぜそうしなければならないのか」が分からなかった。だが、精一杯の知恵を振り絞って、表に出ない彼らの意見を考えてやろうとした。ゴキブリの意見は誰も代弁してくれないのだが。こう考え付く。「もし禁忌を犯した人間がゴキブリとして排除されないならば、この社会に悪がはびこる」のだと。しかしその悪とは何か。分からない。ゴキブリは、この社会が「自由」「快楽」「解放」「混合」を、なぜか憎んでいることまでは知っていたが、どうしてそれを憎むのかまでは分からなかった。遡れば人間にそんな知恵を植えたのは、恐らく過去のキチガイたちが生み出した民族や選民、地獄という思考だろう。しかしそいつらはゴキブリ扱いされず、何故か聖人や社会改革者の様に呼ばれている。そうだ、現代でも地獄を生み出してもよい。「ゴキブリを攻撃した人間は、死後、永遠の業火の中でもだえ苦しむ。それ以前に、この世に人間として生まれた時点で地獄行きは確定している。そしてゴキブリはあの世で、人間を延々と虐殺できる天国を約束されている」。だがゴキブリはそんな地獄と天国を作ろうとは思わなかった。何故この世でもあの世でもそんな馬鹿げた他人への干渉を追求しなければならないのか?ゴキブリはユニヴァーサリストである。ゴキブリは普遍的に存在するのだから、普遍を追求しなければならない。そして、そこに「スカッ」や「ハッ」という出来事は、あまり発生しない。

 

ゴキブリは、某線沿線のあるイベント会場の前に立った。辺りを人間がまばらに歩いている。ゴキブリは懐で、世間に向けての精いっぱいの中指を立てながら、地下の入口へ続く階段を下りた。入口の扉を開けると、同類が寛いでいた。

「どうも、お久しぶりです」

ゴキブリは、それからイベントまで少しの時間、入り口の階段を眺めた。そこでは興味深い出来事が見える。階段を降りてくるモノの中には、元からゴキブリの同類である者もいる。だが、人間が降りてくると、一段降りる度にゴキブリに少しずつ変わっていくのだ。帰るときは逆である。ここに限らず、世間には何か所かそういう場所があることをゴキブリは知っていた。イベントを手配してくれたスタッフの横で、ゴキブリはぼやいた。

「いやあ、何について話せば良いんだか。今日のトークはどうなることやら」

「本の周りの事を話して頂ければいいんですよ」

「普通の人が聞いて面白いんだか……私の話は『スカッ』とも『ハッ』ともしないですよ」

「本を出すという体験なんか、ふつーの人はしないですよ。それだけで面白いんです。自分の本書けたらワクワクしますよ」

「私の本は、私と言うより昔の人の本だけど……」

「『皇后陛下のオマンコはどんなオマンコや』とか、これ超スカッとしますよ。それを誰も見付けないで、あなたが見付けた!」

それを聞いて、ゴキブリは久しぶりに大きく口を開けて笑った。自分も、誰かの「スカッ」となる日があったのか。というより、元々それをやっていたのだ。ただ、やはりそれは大多数の日本人に支持されないものとして。自分は、少数の、ゴキブリの為の人生を歩む。敵は、新聞紙を丸めた屈強な男であり、殺虫剤を持つひ弱な主婦であり、その上で煽る政府である。ゴキブリゲリラは自分に一番優位な戦場を作り、戦い始めるのだ。今年は一体どう戦おうか。

 

 

 

その時、強い閃光が地球を包み、太陽系ごと四散した。

遥か数億光年の彼方に、地球で言うイモムシに似た巨大な宇宙生命体がいた。銀河系を遥かに上回る規模の、この宇宙イモムシは、最近、全次元精神浄化チュパチャニズム運動に影響を受け、宇宙のあらゆる不純な生命体に対する怒りに満ち溢れていた。そして、その進路上の遥か彼方の片隅にあった有生命体惑星を赦すことが出来なかった。それが汎次元ネットワークSNS「┬┤┴┼⎾┴」に投稿した超次元音波は以下の通り。(超次元音波は日本語とその外来語に、「かくさん」「いいね」数は十進法に変換した。)

 

チュパチャニズムを知る前の私はなんて野蛮だったんだろう。以前の自分が恥ずかしい。より良い宇宙をつくるために、意識のアップデートは欠かせないと思うんだよね。チュパチャニズムのない三次元なんて考えられない。でも、信じるだけじゃダメ。行動しなきゃ。この不正義に満ち溢れた宇宙を変えるために、みんなで出来ることがきっとあるはず。それでね、今日、私は散歩の最中に、すごく薄汚い生命の蔓延る惑星を見付けた。この星の主要生物の低知能未開生物って、未だに性別があって、しかも反宇宙的念波を撒き散らしてるんだよ!?許せないよね!以前の私だったら、多分この不正義を見過ごしてた。でも、今日、私、始めて声を出せたよ。この汚い惑星、吹っ飛んだ。これで良かったんだよね。私、これからもチュパチャニズムのエンパワメント、頑張る。

 

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2021年1月18日公開

© 2021 Juan.B

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"ゴキブリはゲリラである。そして下からの無差別戦である。"へのコメント 13

  • ゲスト | 2021-01-20 20:29

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  • 投稿者 | 2021-01-21 07:30

    コロナが地球を正常化しているというか、地球にこびりついた汚れを洗い流しているという絵をTwitterで見ました。それを思い出しました。私はそれについていいねもリツイートもしませんでしたが(そもそもそういうのを何に対しても滅多にしない)、とにかくそれを思い出しました。そんでこの話ではより強力な力によって、それ毎全部破壊されて、まあ、すっきりしました。後腐れなく大きな力で終わる感じが夢のようでありました。

  • 投稿者 | 2021-01-22 14:12

    強者とか弱者とか、野蛮とか洗練とか、みんな相対的な概念に過ぎないから、ひょんなことで逆転したり閾値が大幅に変わったりして、一瞬にして立場が入れ替わりかねないね、とか思いながら読み進めていたらこのオチでした。
    この世のあらゆる反目や諍いは、結局「いじめ」と同じ図式に集約されるのかな、という気がします。

  • 投稿者 | 2021-01-23 21:28

    おそらくこの世界に蜘蛛がいたら、ゴキブリの次ぐらいに嫌われつつ、でも人間の変わりにゴキブリとかを食うのでゴキブリよりは優遇されてるんだろうなとか思っていたら、この最後ですわ。
    その発想の飛び方に賛辞を示しつつ。

  • 投稿者 | 2021-01-24 13:00

    いったいどんな話かと思ったら、まさかの私小説! そして久しぶりに世界が終わる! じっさいは弱者が別の弱者を差別したりというのがよくあって複雑だし、作者自身も一筋縄ではいかない部分があるから、「ゴキブリはユニヴァ―サリスト」というのはさすがにきれいごとだなと思ったけど、Juan.Bらしくてよい。

  • 投稿者 | 2021-01-24 13:37

    タイムライン的世界線にうんざりする今日この頃……突然のチュパチャニズム! 爽快でした。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:33

    ハーフ差別から出発したJuan.B氏の破滅志向文学が、とうとう宇宙にまで飛び出してしまった。皇居を焼き払い、オリンピックスタジアムを崩落させ、東京を爆撃しただけでは飽き足らず、太陽系ごと消滅させてしまうとは。このすさまじい負の信念はどこまで膨張を続けるのだろうか。

    最近、『三体』を読了したばかりなので、最後のイモムシ星人に消滅させられるくだりは、絵空事とも思えませんでした。ゴキブリから目を背けず、自らもゴキブリだと自覚して生きようと思います。

  • 投稿者 | 2021-01-24 17:18

    なんというか超水平思考ですねえ。
    全ての物が等しく愚かであり、なんでも最後に爆弾でチャラになるという。

  • 投稿者 | 2021-01-24 18:07

    「スカッ」「ハッ」としない世界はマンネリなんだろうなあと思いました。そんな世界を打ち破るには外部から世界そのものを消すほかないのかもなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 20:17

    気持ちの良い年頭所感でした。
    人生に「スカッ」や「ハッ」があるかどうかはともかく、生きて社会を這いまわることはゲリラ戦であるというような考え方には何か背中を押されるような気がします。

  • 投稿者 | 2021-01-24 23:25

    同じゴキブリストとして考えさせられる作品だった。現れるだけで攻撃ができるということをアドバンテージと考えて生きていけばいいと気づいた。ありがとうホアンB。

  • 投稿者 | 2021-01-25 15:16

    同じゴキサイダーとして共感する部分が多々ありました。「『皇后陛下のオマンコはどんなオマンコや』とか、これ超スカッとしますよ。それを誰も見付けないで、あなたが見付けた!」なんて言われたら嬉しくなりますし、恐ろしい陰謀を計画したくもなります。しかし最後はどないこっちゃ笑 ホアンさんらしいといえばらしいかな。

  • 投稿者 | 2021-01-25 17:30

    恐らく、一般の人々は「ドラマ」と言う形でしか様々な物事を受け止められなくなっているのだろう。

    妙に頭に残る言葉っていうのは、読んだ瞬間はそんなに「ハッ」としないのに、なんとなく外の景色を眺めたりする時にぼんやりまた顔を出すようなそんな言葉だったりするなあと思いました。ホアンさんの作品、ポジティブな意味で来るところまで来たなあなんて思いました。スマホも鬱陶しいくらいに勧めてきますが、アップデートするかどうか自体は自由なんですよね。アップデートしてバグっちゃうパターンもあるし、I bug your pardon.

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