1944年

かきすて(第36話)

吉田柚葉

小説

1,682文字

四連休も三日目です。なかなかおもう事あります

すこし、降りはじめた。

雨やどりにはいる店をさがしたが、二十時をすぎて、どこもしまっていた。

雨あしがつよくなってきた。あきらめて、タクシーをひろった。

運転手の男は、饒舌だった。たあいのないはなしがいつまでもつづいた。それから、ちょっと声をひくくして、幽霊をのせたことがあるんですよ、と言った。自殺した俳優を、死亡報道のあった翌日にのせたというのだ。
「まあ、人ちがいだとおもいますけど」
「人ちがいでしょうね」
「だけど、わたしもね、テレビに出られてる方をたくさんのせてきたので、人まえに出られている方と一般人のちがいがなんとなくわかるんですよ。あれはね、まちがいないとおもうんですよ」

わたしは黙した。
「なんだか変な世のなかになりましたね。わたしも、四十年このしごとをしていますが、どうもこんなに……」

と言って、運転手はことばにつまった。
「まあ、コロナがね、ありますからね」

というわたしの声はかれにはとどかなかった。
「あの、緊急事態宣言が出てね、それで夜の人出がすっかり減ったんですけどね、なるべく電気もつけないでくれってことになっててね、わたし、ネオンのひかりが好きだったんで東京でドライバーになったんですが、ほんと、こんな暗い東京の街は、はじめてなんです。道をはしってても、おふくろのおなかのなかにいるみたいな。アクセルとブレーキをふんでるのが、はやくそとのけしきを見させてくれって、おなかのなかから蹴りつけているようなね、どうもそんな気になるんですよ」
「なるほど」

わたしは、おもしろいたとえだと感心した。
「それでね、人どおりはあきらかに減ったんですけど、なんですかね、ケンカの現場みたいなものをよく見るようになったんですよ。ケンカというか、もっと一方的な……若いやつ数人でひとりを……」
「オヤジ狩りかな」
「いや、どうでしょうね、なんかちょっと、どこかに連れていっているような、そんなふうに見えるんですよ。いや、こっちもね、くるまではしってますから、ちょこちょこっと見かけるだけなんですけど。あれはね、あれにいちばんちかい光景はね、逮捕のげんばなんですよ。どうもそういうふうに見える」
「北の拉致とかかな」

運転手はばかわらいした。「あんなおっさんばかりを拉致して、どうしようってんですか」
「北も人手不足ですからねえ」

とわたしはこの説を堅持した。マニュアルで、そうなっているからだ。
「なんにしても、よくわからん世のなかですよ」

そう言って運転手は母親の子宮をつよくふみつけた。くるまは、よりふかいやみへと加速した。

タクシーはわたしの住むマンションのまえにとまった。運転手に四千円を手わたし、おつりをうけとった。
「そういえばお客さん、マスクされてませんね」

そう言われてわたしは、謝罪した。運転手は、なにも言わなかった。

マンションのじぶんの部屋にはいると、冷蔵庫から缶ビールをとり出し、一口のんで、マスクにかんするきょうの失態をおもいおこした。副総理兼財務大臣とされている男が会見中に言った、「このマスクはいつまでつけなくちゃいけないんだっけ」との問いかけをうけて、とっさに、日にちをこたえてしまったのだ。問いかけも問いかけなら、こたえもこたえである。ばかなことをしたものだ。問題になることはないだろうし、問題にしないと言われたが、失点であることにかわりはない。

缶ビール片手に、書斎でノートパソコンをひらいた。世界最大の動画投稿サイトをひらき、特定の検索ワードをうちこんだ。該当する動画がずらりとならぶ。ひとつひとつ、URLをコピーして、メモ帳に貼りつけてゆく。三時間ほどかけて、五百本ほどピックアップし、電子メールに添付しておくった。このうち百本ほどはあした中には削除されるだろう。データであればこれですむわけだが、じっさいに夜の東京の街を目のあたりにしている人間には、どうすることもできない。

どこからか、発砲の音が聞こえてきた。つづけて二発聞こえたので、それが花火の音だということに、おもいあたった。雨はまだ窓をうっている。つまり、花火は、合図である。

雨は、一晩中つづいた。

2021年7月24日公開

作品集『かきすて』第36話 (全38話)

© 2021 吉田柚葉

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