なにもない男

かきすて(第32話)

吉田柚葉

小説

1,613文字

なにもない男の話です。何もなくても生きてます。

ゆれた。

重いまぶたをもちあげると、おじさんがのぞき込んでいた。制服をきたおじさんだ。その両うでの力がおれの両肩にかかっている。
「お客さん、もう終着駅だよ」

おじさんの口臭がとんでくる。
「はい」

とおれは言った。
「だいじょうぶかい、もう電車ないよ」
「ここがもより駅なので」

そう言って、おれは電車をでた。

出口がわからなかった。だが、もより駅と言ったてまえ、どこにいけばそとに出られるのか、だれかに訊くのははばかられた。

しばらく駅内を徘徊し、改札を見つけた。カード乗車券のチャージ残額が心配だったが、足りた。のこり七十円になった。

タクシーをひろった。財布の中をかくにんすると、五百円しかなかった。だが、乗ってしまったものはしかたがなかった。
「もしかして芸人さん」

と運転手が言った。
「はい」

2021年9月20日公開

作品集『かきすて』第32話 (全40話)

かきすて

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© 2021 吉田柚葉

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