書いてよいこと

かきすて(第38話)

吉田柚葉

小説

1,475文字

そろそろ長いものを書いたほうが良いかなあと思ってます

もより駅のスターバックスコーヒーで窓がわの席につき、つめたいコーヒーをのみながら、そとのけしきをながめていた。

バスがきて、バスが往った。それが、くりかえされた。

さくやからつづくながい雨がようやくぬけた。

テーブルには、ノートパソコンがひろげられている。もう何時間もたつが、一文字もすすんでいない。

夫婦をテーマに、三十枚で小説を書いてくれとのことだった。

できなくはなかった。できなくはないと思ったとたん、それは書いたもおなじことであった。読者からしても、読まずして読んだもおなじだと思われた。だが、だからといって書かなければ、金にならなかった。

本業があるのだから、金のことはかんがえないでしごとをうけることにしていた。そうすると、何も書きたいものがないのだった。

書く、そのことの原初にもどってみる。

中学二年生の授業で書かされたのがはじまりだった。思えば、さいしょから他人に書かされたのだった。しかし、書くことをしらないにんげんが書くことをはじめるには、なんであれ強制がひつようなのだ。

そのときに書いた小説は、どんなものだったか。

たしか、ふり出した雨がやまないというものだった。

しりあがり寿のまんがに、そういう設定のものがあるのを知り、じっさいにその漫画が手に入らなかったから、こちらで想像して小説をものしたのだ。

雨の原因は、気象兵器にした。それを用いたのは、国ではなく、いちぶの金もちたちだ。なんのために執拗に雨をふらすのかといえば、地盤をゆるめるためだ。そのあとにおこす人工地震に最大の効果をもたらすのを意図していた。

気象兵器にしても、人工地震にしても、父から聞かされたことだった。

父は、そういうことをへいきで私にはなした。そろそろあのへんで地震が起こるとか、あの国でテロが起こるとか、言われたことはだいたいあたった。

だから、私からすればなんということはなかったのだが、小説を提出したつぎの日に父は学校に呼びだされ、その帰り道、父の運転する車の中で私は目から火が出るほどしかられた。
「こういうことはひとに言うんじゃない」
「言ったんじゃないよ。書いたんだよ」

そう言うと、
「そういうことを書いていると、いずれ、そういうことを書くのがしごとになってしまうぞ」

と父はへんなことを言った。私は黙した。書いた小説は父に没収され、かえしてもらえなかった。

いやなおもいでだった。だが、それはそれとして、書くことはたのしかった。そのあとも、ひとにこそ見せなかったが、小説は書きつづけた。書いてもよいことと書いてはならないことを横目にながめつつ、書いてもよいものだけを書きつづけた。いつしか、書いてもよいものをひとめにつくところで発表するようになった。それで、すこしだけほかのひとたちに評価されて現在にいたるわけだ。

書かなくてはならないことが沈澱している気がした。それは、つまり、夫婦をテーマにした小説ではない。

けっきょく、そのあと五時間ほどかけて、依頼された小説を書きあげた。読む価値のない小説が、また、世の中にひとつふえた。

スターバックスコーヒーは、あと三十分で閉店だった。

店を出ると、ふかい夜のなか、こまかい雨がふっていた。マンションにかえる道を往きながら、いまさっき書きあげたところの小説をおもい起こしていた。いくつか、文章を修正したいところが、出てきた。帰るまでおぼえておけるか、自信がなかった。スマートフォンにメモすることをおもいついた。

ズボンのポケットからスマートフォンをとりだした。父から、着信があった。

いまかけなおすか、またあしたかけなおすか、まよった。

2021年9月11日公開

作品集『かきすて』第38話 (全39話)

© 2021 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

リアリズム文学 純文学

"書いてよいこと"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る