モンスター

かきすて(第34話)

吉田柚葉

小説

2,003文字

4連休なので嬉しいです。暑いのでなんも出来んけど。

『マイケル』は、マイケル・ジャクソンの死後すぐに発表された音楽アルバムである。プロデューサーにテディ・ライリーをすえ、マイケルの未発表デモ音源から十曲を厳選し、「商品になるよう」アレンジして一枚におさめたものなのだけれど、きょくどに加工されたかれの歌声をして「本人の声ではないのではないか」との議論がたびたびもちあがることとなった。じっさい、マイケルの姉であるラトーヤ・ジャクソンは「弟の声ではない」と熱っぽく主張しており、そうかとおもって該当の音源をしばらく聴いていると、なるほど、いつものマイケルの声ではない気がしてくる。「あれ?」と、違和感のしっぽらしきものが意識をかすめると、それをかきけすごとく、例の「ポウ!」というサンプリングされたさけび声が挿入されるけしきで、どうもあやしい。

そういぶかりつつ、しかし、楽曲じたいは良いものがおおいため愛聴盤としていたわけであるが、何年かまえ、『マイケル』をリリースしたレーベルが裁判で「マイケルの声ではない」と公式に発表したとのニュースがすこしだけ話題になったことがあった。原文にあたると、「万が一マイケルほんにんの声ではなかったとしても……」という発言がねじまがって日本につたわったということがわかった。

そう言っても、わたしはこれがマイケルの声ではないとかくしんしている。晩年のマイケルしゅうへんはキナくさいことがおおすぎるのである。あるいは、もっとまえからマイケルはべつじんと入れかわっていて、この音源の歌声こそがかれの声であるということも、あるかもしれない。そういうことが跋扈しているのを、過去の記者経験から、わたしはしっていた。……

ことしも緊急事態宣言がゴールデンウィークを直撃した。午後八時以降は店をひらいてはならないというおふれが出て、街からひかりがきえた。
「いよいよおれもダメかもしれない」と、ふるくからの友人から連絡があったので、さっそく、会うことにした。場所はきんじょのスターバックスコーヒーで、午後一時にまちあわせることにした。わたしは約束の三時間まえにまちあわせ場所についた。コーヒー一杯を注文して席につくと、ノートパソコンをひらいて、しごとをすませることにした。知事のスピーチ原稿の代筆である。メールでおくられてきた資料には、「酒類の提供NGを特に強調」とある。おそらくワクチンにかんけいのあることだとおもわれた。これまでにおくられてきた資料の「特に強調」のぶぶんをかさねてそっと紙をすかしてみると、一箇の結論にいきつくのはあきらかであった。ここ二年ほど世界は茶番でしかなかった。

まちあわせの時間から三十分ほどおくれて、友人はやってきた。目のしたの腫れはかくしようもなかった。
「渦中にようこそ」

とわたしは言った。
「わるいな、いそがしいだろうに」

と友人は言った。

しばらく、近況報告がつづいた。友人は頑としてウレタンマスクをはずそうとせず、カップのなかのものを口にふくむときも、うつむいて、顔をかくすかっこうだった。

会話は核心にいたらない。いつまでもその周囲をまわりつづけた。
「あれがな、妻にバレてさ」

おもむろに友人は言った。
「家に居場所がないんだよ」

わたしはうなずいた。
「わるいんだけどさ、おまえんとこに泊めてくれないかな」

わたしはやんわりとことわった。友人の顔に絶望の色がはしった。
「別荘があるだろ」

とわたしは言った。意味のないことばだった。
「まあな」

と友人は、こころここにあらずにつぶやいた。
「ちょっと旅行でも行ったらどうだよ」
「どこに行っても、じぶんの影が着いてくる」

と友人は言った。隠語に隠語をかさねて、文学的に、そしてきわめてセリフ的になっていることに、わたしはふき出さずにいられなかった。ひどい茶番だった。

そのあとも、離婚ということばや、引越しということば、もしくは、どげざということばがつぎつぎとくりだされた。そのたびごとにわたしの口もとには冷笑がうかんだ。

けっきょく、一時間ほどで友人はかえっていった。その後もわたしはその場にのこってしごとをつづけた。原稿を書き終えて、ファイルをメールに添付しておくると、すでに陽がくれていた。

ちょっとトイレに立って席にもどると、テーブルの上からノートパソコンがきえていた。さほど動揺がないことに、じぶんでおどろいた。
「そういうこともあるか」

しぜんに、そんなことばがもれた。

リュックサックは、あった。スマートフォンも、ジーンズのポケットに入れていたので、もっていた。

わたしはリュックサックかついで、店の外に出た。イヤホンをつけて、スマートフォンで『マイケル』を再生しながら、街をぶらついた。

「いつ振り向いても、そこにはモンスターがいるんだ」

「どこかの道で人影があれば、それはモンスターさ」

「ああ、ハリウッドの思うつぼなんだ。飛んで、跳ねて、それだけさ」

今でもマイケルは、そう歌っている。

2021年7月22日公開

作品集『かきすて』第34話 (全41話)

© 2021 吉田柚葉

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