あき缶

かきすて(第27話)

吉田柚葉

小説

1,906文字

つまりなんなんだと言われても困るので聞かないでください。

深夜二十六時ごろ、交番でひとり、ワイヤレスイヤホンの右だけをつけてスマートフォンでおわらい動画をみていると、すんまへーんというやけにかん高い声とともにアロハシャツをきた小太りの男がズカズカとはいってきた。またこいつか。

わたしはちょっと耳をさわるふうにさりげなくイヤホンをとり、制服の尻ポケットにかくした。それから、はいはいなんですかといかにもめんどうくさそうに言って、しらずしらず、じぶんの右手が男にのびていることに気がついた。男はまだ何も言っていない。だから男へとのびたわたしの右手はあきらかにふしぜんなわけだが、男はリレーのバトンをおしつけるごとく、なかみのはいっていない缶コーヒーをわたしににぎらせた。
「交番のまえにすてられとりましたわ。ほんま、ちゃんと見はっとかなあきまへんで」

はい、ありがとうございます、と言ってわたしは男に敬礼した。
「おまわりさんへの挑戦やでこれは。こういうのをナ……、こういうのからやで。バチーッと現場をおさえて、一回ちゃんとシメとかんとアカンちゃうん」

などと言い、男はまんぞくげにやみへと消えていった。

何度となくくりかえしたやりとりであった。ほかの警官が夜勤のときにこの男がくることはないらしく、内田に言わせると、「安田さん、目ぇつけられてるんですよ」ということになる。ともあれ、いまのところは、「交番のまえにすてられていた」というあき缶をもちこんでくるにすぎず、言うならばそれだけである。もっとタチのわるい来客なんぞいくらでもいる。

2021年7月17日公開

作品集『かきすて』第27話 (全40話)

かきすて

かきすては2話、14話、24話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2021 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"あき缶"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る