waltz

かきすて(第32話)

吉田柚葉

小説

1,468文字

われわれの放送に付き合ってくださる敬愛するあの方に捧ぐ

こんどはわたしがはしりたい。そう言って舞はホテルの駐車場にとめたNC750Sにまたがった。円がうしろね。俺はそのことばにしたがった。まだ朝日はのぼっていない。

山道をくだり、たとしえもなくながい一本道を往った。

バイクをはしらせているあいだは、ふたりにことばはない。すれちがうくるまもない。風をきる音と、道だけがある。

やがて朝がきた。

ヘルメットにおさまらなかった舞のながい髪に、ひとすじ、銀にひかるものがあった。黒い髪がじまんで、この歳になるまでいちども染めたことのない女だ。俺は月日ということを思った。三十年という時を思った。

昼ごろ、道の駅についた。俺と舞はそこでうどんをすすった。化学調味料の風味がする、ふとい麺だった。

旅は五日目だ。この道のさきには日本の最北端があるだけで、その目的地についたあとは、まったく白紙なのだった。ひきかえすのか、あるいは別の国に足をはこぶのか、げんじつへの回帰か夢への逃避か、二者択一をせまられるときはすぐそこまできていた。

たんじゅんきわまる一直線の道をすすみながら、その実、すっかりまいごになっている俺に舞は気づいていた。舞が気づいていることに俺も気づいていた。麺のしろさをうつろにながめながら、ちんもくのなか、いかにもまずそうな食事がつづいた。

一刻一刻が貴重なのに、やりすごすように時間を掃かなくてはならないことに、俺の苛立ちはいよいよつのった。と、どうじに、この歳をしてまだこれだけ動揺できるじぶんに、可能性のすきまのごときけはいを見出し、ひとり苦笑した。

「どうしたの。たのしそうね」

舞が言った。

「なにもないよ」

おもいがけず、ことばに苛立ちがのった。
「そう」

舞は俺の感情をながした。とうぜんそこにあるべき覚悟が、舞にはあった。

この女をじぶんの人生につきあわせたことをもうしわけなく思った。そして、まったくふてぇやつだと、三十年経っても変わらぬそのたたずまいに、よけいに時間のながれをかんじた。

お椀をのぞきこみ、麺をすする舞を見るともなく見た。
「あなたの視線をひさしぶりにかんじた気がする」

と舞は箸をとめて言った。「やっと見てくれた」

俺はことばがでなかった。そういえばそうなのかもしれないと思った。舞はつづける。

「わたしたちのなまえね、円と舞で、円舞になるのよ。つまりワルツね。ワルツは男女がむきあっておどるものでしょう」

俺と舞がであったのはダンスホールだった。つきあうようになって、いまとおなじ、円と舞のはなしをされて、いつかわたしたちも歳をとったら……、などと約束に似たものをかわした記憶が、舞のことばのすきまから顔をのぞかせた。
「むきあってさえいれば、わたしたちは大丈夫よ」

その日の夕方、俺たちの足は日本の最北端の地面をふんだ。舞は達成感ということばをしきりにつかって、むじゃきによろこんだ。俺もむじゃきによろこんだ。

とまるホテルを見つけて、セミダブルのベッドで、ふたり、横になった。ことばはなかった。
「ラジオでも聴く」

と舞は言った。舞の言うラジオとは、いわゆる有線ではなく、インターネット上でしろうとが趣味でやっている、声だけの配信のことだ。舞にはひいきにしているアカウントがあり、ここ五日間、まいばんその時間になると、スマートフォンのアプリをひらくのだった。

いつもふきげんそうな声の男と、てんねんのけはいがただよう声の高い男の、とるにたらぬ雑談が、一時間ていどつづく。とくにおもしろいということはないが、俺たちはそれをこもりうた代わりにしていた。

ふたりは若かった。人生は始まったばかりだった。

2021年7月3日公開

作品集『かきすて』第32話 (全36話)

© 2021 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

リアリズム文学 純文学

"waltz"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る