マチュピチュ竹子

小林TKG

小説

2,594文字

BFC2で予選とか一回戦とか運よく越えたらこれだそうと思ってました。今日にいたるまで書いてなかったんですけども。せっかくだからと思って書きました。

「ねえ、最近自分の為になることした?」

友人の釈迦切府明美からFacebookに通知が来て驚いた。本当に驚いた。何せ釈迦切府は学生時代の友人であったからだ。

「なんだおい?」

今でこそ私は学生時代の思い出、記憶の全てを悪として断じ、それを暗黒面だったと言って創作のネタとか、冷戦時代の敵対感とか居心地の悪さのように何かにおける物種のように使っている。もしかしたらほぼすべての火種はここだと他人によっては言うかもしれない。

 

実際学生時代はもう思い出したくないし、思い出すと本当に嫌な気持ちになるのである。ドキドキしてくる。得体のしれない焦燥感みたいのが胸に上がってきて、息が出来なくなったり過呼吸みたいな症状が出てくる。未だに夜中に当時を思い出して急に叫び出すことだってしょっちゅうある。

 

んで、悪いけども私は学生時代のほぼ全てを断捨離した。色々なことをなかったことにした。様々なものを捨てたし、多くの事をロケットのブースターのように切り離した。同窓会とか行ったこともないし、今後も絶対に参加する気はない。そして今は少なくなった当時の友人たちとたまに、ホントたまにラインとかする程度だ。会う事は滅多にない。懇意にしていた友人の結婚式に出る位だ。

 

当然ラインとか結婚式でも過剰に自分を出したり、前に出ようとはしない。何をきっかけにしてあの当時の思い出を話されないか、本当にひやひやしている。居心地も悪い。あの空間は、当時のあの空間に戻るというのはほぼすべて居心地が悪い。記憶だってなんかの病院とかの機械で操作して消せるんだったら消してもらいたい。保険適用外でも消してほしい。

 

そうして結果、今はもう大抵の連絡は無くなり、おかげでメンタルも大分落ち着き、だからたまに思い出す記憶に怯える程度にまでなった。ようやく。ここまで来るのにだいぶかかった。加えて創作なんかも行って、記憶の一部をそのサイトに預けるという事も行い、記憶すらも細切れにして少しずつ昇華している。

 

自身の身、それに記憶思考、心。その完全開放までの道のりは未だ長く険しいが、しかし新しいものを得ず、ただ現状維持的に旧時代の事を処理していけば、それは、そこにはいずれたどり着くであろうと。いずれたどり着く極楽浄土であろうと。

 

そう思っていたのに。

 

「なんだいったい。いったいなんだ」

旧時代から突然、Facebookにメッセージが入った。もちろん私のFacebookなんて本名ではない。自分の写真も載せてない。それなのにメッセージが入った。

 

もしかしたら、これは知り合いかも?みたいなのに私のFacebookが出たのかもしれない。学生時代から携帯電話の番号は変わってないし。そんでFacebookってそういう所があるから。余計なお世話みたいなの。知り合いが多い方がFacebookは楽しいですよ。みたいなの。余計なお世話のやつ。

 

だから私は、

「何?」

それにメッセージを返した。そんな事しない方がいいと頭ではわかっていた。しかし終わらせないと一生残るかもしれないと、熟考した結果、そのように判断されて決まった。なんでもいい終わらせないと。達成した出来事よりも、未達成でそのままになってる事の方が記憶には残ると。何かで見たし。

 

どれだけ振り払っても、過去は過去なのである。消えたと思っても完全に消えることはない。人殺しやいやらしいものを見ていたパソコンの履歴みたいなもんだ。HDにドリルで二か所穴をあけなくては消えないのだ。

 

だから今これを終わらせたかった。釈迦切府明美を終わらせたかった。今ここで終わらせられなかったら、このことを晩年思い出して、それが火種となって記憶がもりもりとうんこのように出てきて、それで私は発狂してしまうかもしれない。

 

「何?」

これは終わらせるための身切りであった。釈迦切府明美を過去にするために。終わらせるための。そのためには多少の自傷も仕方ない。最悪の場合としてFacebookの閉鎖も検討した。それでも今だ。私の体の一部を切り離しても、捥がれたとしても今終わらせないと。

 

「この人のTwitterフォローして、とってもいいから」

しかし、思いの他釈迦切府明美はそういうメッセージ、Twitterへのアドレス付きのをメッセージを送ってきた以降、音沙汰無くなった。音信不通。

 

釈迦切府のFacebookのアカウントを見ようとしても、存在しないアカウントです。って状態になったし。

 

「いったいなんなんだ」

仕方なく、メッセージに張り付いていたアドレスを押した。FacebookからTwitterに画面が切り替わり、

 

『マチュピチュ竹子』

というアカウント名が出た。

 

マチュピチュ竹子?

 

で、そのツイート内容は、あれだ。あれ。

 

数年前に話題になったあれみたいな。所謂。

 

ハイパーエリートニートみたいなの。

 

キラキラ女子とかいう。

 

今年の誕生日プレゼントは会社と車とドメインを貰いました。みたいなの。

 

あれ。

 

あれだった。

 

「・・・」

フォローはしなかった。

 

んで、それから数か月後、突然ヤフーのニュースにマチュピチュ竹子、詐欺で捕まるっていうニュースが出た。

 

マチュピチュ竹子、本名竹平真由子容疑者。

 

そのニュースの見出しを見た時、正直ドキドキした。

 

だってまんま釈迦切府明美じゃないかと思ってたから。

 

だから安心もしたけど、じゃああれはなんだったんだ?ってなった。

 

それから更に一年くらいして、またFacebookにこの人知り合いじゃないですか?って釈迦切府明美っていうのが出た。

 

あん畜生。馬鹿みたいにまた本名で登録しなおしたのか?

 

その内容はシュークリームを死ぬほど食べておいしかったとかいう年甲斐もないような代物で、警戒心も無く自分の新婚旅行時の写真とかで。

 

殺意が湧いた。

 

それから毎晩のように釈迦切府明美を想像の中で殺してる。

 

昨日は縄で首を絞めて殺した。

2020年11月23日公開

© 2020 小林TKG

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