応募作品

小林TKG

小説

6,900文字

――およそ静かな生涯を願う人が、二十一世紀に生まれあわせようとは、不運な話だ――

                                 L・トロツキー

                                 一だけ作者

「じゃあ主任、自分先に帰りますから」

立松太一がそう言いながら、マネジメントルームをのぞき込んできました。声をかけられた主任は書いていた日誌から顔を上げて、

「お疲れ様」

と、だけ言いました。

「主任もさっさと帰った方がいいですよ」

「わかってるよ。これが終わったら帰る」

主任が時計を見るとその日の業務が終了してから既に30分が経過していました。

「あ、あとお菓子ありがとうございました」

その日の朝、主任は上司からとても高そうなお菓子を貰っていました。で、それを箱ごと全部太一にあげたのでした。

「はいはい。さっさと帰りな」

「早く帰らないと、A棟でまたなんかあったって呼ばれるかもしれないですよ」

太一はゴソゴソさせながら着替え終わった私服でマネジメントルームに入ってくると、貰ったばかりのお菓子の箱を開けて中から抹茶サブレを、貰った箱のお菓子です。二枚出して主任の前に置きました。

「なにこれ?」

「もらったお菓子ですよ。超おいしいですよ。主任の淹れてくれる珈琲に合いますよきっと」

「もう開けたの?」

主任は驚いた表情で太一の顔を見ました。帰ってから開けろよ。そう言う表情でした。

「はい」

ほらこの通り。という感じで、太一がびりゃあって乱暴に破いて開けた箱を見せてきました。

「……そのプレーンの奴も一枚頂戴」

主任は椅子の背もたれに体重を預けて眼鏡を外して目をぐしぐしさせました。

「いいですよ二枚あげます」

「ありがとうね」

主任はマグカップに残った珈琲を飲みながら言いました。珈琲はすっかり冷え切っていました。

「じゃあもう帰りますから。おつかれした」

「おつかれさま」

太一が帰ると、主任はまずプレーン味を一枚食べてから珈琲の残りを飲み、その後抹茶味を食べてから同じように珈琲を飲みました。

「プレーンもおいしいけど、抹茶の方がうまいな」

 

おいしいのをよこしてきたんだあいつ。

 

主任はそんな事を考えながら天井を何を思う事も無く眺めていました。しばらくしてから自分も日誌の残りを書いて、さっさと帰ろう。と日誌に戻った瞬間、同じテーブルに置かれた固定電話がぷるるると、鳴り出したのでした。

 

主任と太一はそのセンターのB棟で働いていました。表向きは単なる新型コロナ患者の一時隔離施設なのですが、実際は違います。そこは収容された患者を最新型の3Dプリンターで複製する為の施設でした。もはや政府の発令する緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置の効果が無くなり、それに伴ってV字回復的に新型コロナ患者の数が増え始めた矢先、いよいよ恐れていた新型コロナの変異種、日本株の存在が確認されたのです。その日本株の感染力は恐ろしく、マスクの意味が無くなってしまうほどに強いというのが研究者の見解によって明らかになっていました。

というのも、その日本株は信じがたいことに目が合っただけで、声が耳に入って来ただけで感染する。というのです。それはつまり今までのソーシャルディスタンスなんて何の意味もなく、感染防止対策など何一つ効果を持たない。というとんでもオバケのような代物でした。それが日本株という名称で呼ばれる。その事実が世界に広がってしまう。その情報だけでも、そういう変異株があるというだけでも、甚大な被害になるのが予想できました。海外に住む日本人の安全さえ脅かされそうな、子供も大人も関係なく陰湿ないじめにあうような、メイドインジャパンの車を皆してバットで殴って(1バット1ドル)ストリートファイターのボーナスステージみたいにしてから火をつけるような。諸外国なんかではJAP株とかNIP株とか言うかも知れませんし、チョッパリ株とかいう人達も出てくるかもしれません。黄色人種株っていう人もいるかもしれません。

 

それが故に政府がついに、ガチのその法案に打って出たのでした。衆議院解散ばりの伝家の宝刀です。もちろん秘密裏です。国民には何一つの説明もありません。まあどうせ説明したところで不満や反対意見や糞の役にも立たない署名活動とかされたりするだけだし、新聞とかヤフーニュースとかにもワクチン打ったあとコロナに感染して死んだみたいな事書かれて真偽のほどを疑われるのがオチですし。という訳で、すべて秘密裏に、ばれたら東條英機系列ばりの事態になるのを覚悟で、ガチガチのガチで、事は発生し進行しそして運用を始めました。封じ込めです。ガチガチのガチの封じ込め。幸いにして日本株は慣れ親しんだ新型コロナに比べると、潜伏期間もある程度長期と見られており、感染しただけですぐに発症するというものではないのが研究結果により判明していました。ただ、発症したらその人間は人間噴霧器、人間噴射機となって愛する人や親、親戚、嫌いな人とか関係ない人までも誰も彼も構わず死に追いやる生物兵器のような存在となります。見た目はどっからどう見ても人間そのものでも中身は化物に変貌するのです。霧吹きの化物。霧吹き化。あと発症したら7割方死にます。生き残っても後遺症でジョニーは戦場に行った状態になるか、あるいは平井太郎御大の芋虫。そうなる。絶対にそうなるそうです。一時癌とか特殊な病で死ぬ系の映画やドラマが流行った当時、奇跡的に癌が消えているとか、そう言うのがままありましたけど、ああはならないそうです。なってたまるかっていう感じだそうで。

 

そして統計学的に計算するとすでに日本国民全員がこの細菌兵器の保持者、持っている状態だと言われていました。俺は持ってる状態。全日本本田圭佑状態。感染して、でも発症してない状態。核は持ってないけど日本国民総保菌一億玉砕状態。

『帝国の隆替、東亜の興廃、正に此の一戦に在り、一億国民が一切を挙げて、国に報い国に殉ずるの時は今であります』

ただいつ何時発症するのか、どういう手順で発症するのかはまだ詳しくはわかっていません。時限式でもないそうで。ただ何かのきっかけで発症したら最後です。その町、地域、何だったらもう県を捨てるくらいの事態。

 

それ故に、このセンターでは適当に作ったおままごと陽性反応キットを用いて(高田)順次人間をシャトルバスで次から次にピストン輸送し最新型の3Dプリンターで複製して、放逐という事を行っていました。複製の際にウイルスに対しての免疫とワクチンを沁み込ませた細胞由来の肉体に移し替える。サンプリングテストの結果、それによって日本株の発症は200%抑えられると研究所も太鼓判です。代わりに寿命は10年ほど短くなるらしいですが、それもまあ結局のところ、回り回ってお金の無い地方自治体などでは重宝することになります。高齢化社会のあおりを受けてどいつもこいつも無駄に100歳まで生きるようになってしまったため、敬老祝金などで財政を圧迫するようになったからです。

 

なお、3Dスキャンされた後の素体は焼却処分になります。その際、どうしても意識のスイッチングが出来ないという事で、素体は意識がある状態のまま焼却されます。まあ、複製された方にも100パー同じ意識があるからいいだろうっていう判断です。薬液等を用いての心肺停止死亡確認後の焼却処分の方法も考えられましたが、無駄に予算がかかるからと却下されました。

 

とにかくコロナ変異種日本株の封じ込め、ウイルスに強固な体への移し替え、それを時間がかかっても総人口に行えれば、緊急事態宣言もまん延防止等重点措置も必要なくなります。無用の長物です。そうなったら大手を振るってのGOTOトラベル、20時以降朝まで飲食店、飲み屋、クラブ、キャバクラ、カラオケの開放、風俗店の営業再開、コロナに際して生まれた文化も守りつつの、新しい生活様式の推進、千差万別の働き方の提案、海外からの渡航者受け入れ再開、観光地への誘致、経済活性化、日本一人勝ち。世界に提案できる、誇れるメイドインジャパンの再来。ピンチをチャンスに。日本は今それを目指していました。たいていの人は何も知りませんでしたが、とにかくただそれを目指していました。まあ、それしかなかったんですよね。結局それ以外だと日本株の流出が免れないので。

 

そうした経緯によって国の将来を担った素体のスキャン&複製を行うセンターが爆誕したのでした。まあ問題が無い訳ではありませんでした。一部の、ごく一部の内情を知る公務員とか官僚なんかからは、スキャンし終えた素体の事を生きたまま焼き殺すことからホロコーストセンターなどと揶揄されていました。そう言った人達は無駄にお金がかかりましたが速やかに、とりあえず薬を使って眠らせて、そのままセンターに運んでスキャン&複製を行い、また無駄にお金がかかりましたが、脳を少し弄ってから放逐しました。それを粛清とかって揶揄って言った人も同様です。何せ内部告発なんてつまらないことで事態が明るみに出ると超やばいですからね。超やばいし超つまらないからね。

 

そのある地域のセンターのB棟で主任と太一は働いていました。B棟はA棟に比べて施設の設備が劣りますが、これは太一の希望によるものでした。そして言葉にはしませんでしたが主任は太一のその要望を全面的に受け入れて一緒になってB棟で働いていました。

 

「……」

正直言って主任はもう限界でした。名誉ある仕事ではありました。国の将来を考え国民を救うための仕事でしたから。皇室の人と結婚するくらい、皇室に入るくらい頭のてっぺんからつま先まで調べられておかしな所、怪しい所が無いか身辺調査されて、そうして主任という立場に選ばれた存在でした。働く事に先駆けて自分の体をスキャニングして複製して。元の素体を焼却処分してディスポーサーで粉砕して、

「この野郎殺してやる!ぶっ殺してやる!お前ぶっ殺してやる!」

焼かれて丸焦げになっていく自分を覗き窓から覗いていた時ですら何とも思わなかったのに。

 

しかしいつの間にか、自分でも気が付かないうちに、なだらかに、坂と気が付かない程なだらかな坂をおちていくみたいに、なだらかに、見知らぬ人間を丸焼きにして廃棄物処理的にディスポーサーにぶち込んで粉砕して溶解スラグにして道路のアスファルト骨材にしたりするのが、

「……」

私はそんなやわじゃない。そんなやわなわけないじゃん。できるよ。やれるよ。やれるって。絶対に。出来ない訳ないじゃん。楽勝だよ。

 

限界でした。

 

主任はもう限界の際に居ました。際際の際。あと一歩進めば落下して地面に自分の何から何までをぶちまける。元が何だったかもわからないくらいにぐちゃぐちゃになる。なれる。

 

そんな時でした。

「今日からお世話になります。立松太一と申します」

その二日前に家のキッチンで自分の喉に包丁を突き刺してビロビロした紐のようなものを沢山引っ張り出して死んだ部下の代わりとしてその職場に太一がやってきたのでした。それは実に7人目となる主任の部下でした。

 

それまでの他の奴等は全員が、

「いけます。やれます」

とか言って、失踪して樹海で他人の骨を喉に詰まらせて死んだり、幼稚園から園児を連れ去ってレイプして殺してから自分の上あごと下あごをセルフで割いてみたり、自衛隊の基地に忍び込んで手りゅう弾で四散したり、チェーンソーで自分の腹を裂いてみたり、住んでるマンションの最上階から中庭の中央に綱渡りのような紐を通してその紐の真ん中で首を吊ってそのマンションの住人の大半を引っ越させたりしていました。

 

それ故に心無い事情を知る部外者の間では、今度はどうやって死ぬのかという賭けがなされていたそうです。主任にしても期待を寄せていませんでした。何より自分の事でいっぱいいっぱいでした。

 

「よろしくお願いします」

「まあ、頑張って」

 

しかし、それからずっと太一はそのセンターで働いています。他の奴等は長くても三か月でした。それなのに太一はもう1年以上働いていました。そしてそれは同時に主任が際際の際でとどまり続けた期間でもありました。いや、寧ろ最近はその際から離れつつもありました。中央に。いつの間にか主任は際から戻りつつありました。

 

何がどうしてそうなのか、そうなったのか。主任にもわかりませんでした。しかしそうなのです。実際そうなのです。太一がその要因なのは多分間違いないのですが、でも、

「……」

主任は時々それをとても不思議に思うのでした。何も考えてなさそうな顔で毎日茫漠とスキャニングボタンとか焼却開始ボタンを押す太一。ついこないだまで際際の際に居たはずなのに最近盛り返してる気がする自分。あんなに押すのが嫌だった高熱化ボタンもその後のディスポーサー起動ボタンだって最近はなんか簡単に押せました。鼻歌なんかを歌いながら。

 

二人は土日休みの週五日、毎日ほぼ同じような時間にやってきて、それぞれロッカーで作業服に着替えてこのB棟のマネジメントルームに詰めます。そして感染者の素体が運ばれ来るまでの間、主任の淹れた珈琲を飲んで過ごしました。

「昨日飲みすぎましたあ」

「ダメだじゃん。仕事なのに」

その間こんな会話をして過ごしました。

太一は最初から昼ご飯は毎日買ってきて食べていましたが、主任は最近、

「手作りっすね」

「見ないで。恥ずかしいから」

手作りのお弁当を作ったりしてました。際際の際の時そんな事考えたことも無かったのに。食欲自体が壊滅的に無くて、毎日体重が減っていくような生活を過ごしていたのに。

 

死人の様に青白い顔も、腐ってる途中みたいな匂いをさせていた体も、荒れた海の最中の小舟のようなメンタルも、心も、すべてがなだらかに健康に戻っていきました。しかし不思議でなりませんでした。どうしてなのかわかりませんでした。太一のおかげなのはわかります。それはさすがにわかります。でも、

「うわ今日夜雨なんだ、早く帰らないと」

「……」

スマホを見ながら独り言を言ってる太一を不思議な気持ちで眺めていました。なんでなんだろうか。全然わからない。

 

その日の朝、いつものようにそれぞれ着替えてマネジメントルームで珈琲を飲んでいる時、主任は少し迷いましたが昨日の電話の件を太一に伝えました。

「A棟の連中がさ、昨日全員して焼却炉に飛び込んで跡形もなくなったんだって」

「あらーそら大変ですねー」

大変どころじゃないんだけどね。

「でさ、A棟の方がこのB棟より設備が整ってるし、まあそれでも私達二人だったら出来るからさ、移らないかって言われたんだけど」

B棟は一度に20人を処理できます。部屋に入れて椅子に座らせてヒーリングミュージック流してホットアイマスクしてもらって、おいしい飲み物(バリウム)を飲んでリラックスしてもらって、その間に3Dプリンターでスキャンしてデータの移し替えして、焼却、ディスポーサー、部屋に酸性の薬液を蒔いてから、消臭剤の噴霧、全体乾燥、クリーニング検査、直前の記憶を寝ていた事に改ざんしている複製を同じ構造の違う部屋で起こして退室させ帰りのシャトルバスへ。で、一回し。一度に20人。それを一日5回~10回。一日最大200人の処理が可能でした。それに対してA棟は最新式の設備になっており、一日最大2000人の処理が可能でした。

 

でも、きっと、

 

太一は断るだろうな。主任は話しながら思っていました。

「いや、大丈夫です」

ほらやっぱり。

 

「なんで?A棟ならもっと作業は少なくなるし、楽じゃない?」

ただその日、その時、主任はもう一歩踏み込んでみることにしました。朝からそうすると決めていました。頑張りました。心臓がどきどきしているのが自分でもわかりました。でも、なんでなんだろう?太一君。君ってなんでそうなんだろう?私は君のそれに救われてるんだと思うから、こんな事悪いんだけどさ。でも、

 

すると太一は虚空を見つめながら独り言のように言いました。

「1000匹に一匹でいいんだよ。1000匹いるうちの一匹を釣れば……知ってますか?」

 

「国語でしょ?」

国語の授業のやつ。小学校の時だったかな、習ったと思う。

 

「海の命です」

太一は照れ臭そうに言いました。その顔がなんというか、こう、初めて見せる笑顔っていうか。くしゃっと笑う感じで。

 

「ねえ太一君、君はあれかな?私の名前知ってるかな?」

そうなんだ、太一はあれが好きなんだ。私は正直どんな話か覚えてないよ。けど、けどね。

「え?なんすか突然?」

 

「知ってるかい?」

「さくらとかでしたっけ?」

ねえ。

 

「私の名前、海っていうんだよ?」

「マジっすか?」

マジだよ。最初に言わなかったっけ?

 

「レイアースみたい」

「ははは」

子供の頃、それが理由でよく男子にからかわれて嫌だったなあ。でも今は悪い気はしないな。なんか知らないけど。

2021年9月1日公開

© 2021 小林TKG

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