とある老人ホームで中学校の教員免許の取得に必要な介護体験実習をしていたときのことである。ある日、実習の帰りに自称変な人に出会った。ちょうど公衆電話で母に迎えを頼んでホームの表で待っていたところだった。
自称変な人であることはそれほど大きな問題ではない。私も自称変な人の一人だし、これを読んでいるあなたもたぶんそうだと思う。自称変な人に悪い人間はいないというのが私の持論である。少なくとも、自称普通の人に比べれば自称変な人は多くの場合ずっと安全で善良な人々ばかりである。
バニラのアイスクリームを食べながら長い手足を揺らして坂道を下ってきたその人は自称変な人であると同時に見るからに変な人でもあった。年齢は三十歳ぐらいで、宗教画でよく見るイエス・キリストのような長髪とひげを生やしている。ひげの茂みにバニラアイスやコーンのかけらがくっついているのが何となく気がかりだ。ひげに囲まれ、日焼けした黒い顔の中心ではぎょろ目が動いていた。その風貌は以前映画館のレイトショーで観た『恐怖奇形人間』という古い映画に出てくる科学者を私に思い起こさせた。
私にはその自称変な人がはじめ何と言っているのか聞き取れなかった。小声でずっと独り言をつぶやいていたからである。しかし今は私の目の前に立ち止まって、明らかに私に向かって話しかけている。独り言を言っているときと声の調子はまったく変わらない。
「みんな私のことを変な人だって言うし、私も変な人だと思っているけどよ、だからって必ず危険人物とは限らないさ。フジ……にいさん何て読むの?」
大きな目が高校時代から着ている私のジャージに刺繍された名前を鋭くとらえていた。
「フジシロと読みます」
立ちすくんだ私はとっさに嘘をついた。自称変な人に悪い人はいないものの、私は知らない相手には心を許さない。本当は私の名字は「フジキ」と読むが、漢字では「藤城」と書く。ありがちな「藤木」とはキが違うのだ、キが。そのせいで初対面の相手は必ずと言っていいほど私の名字を読み間違え、私はたいてい訂正せずにやり過ごす。嘘だと気づかれる心配はあるまい。
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