小林TKG

小説

2,110文字

大体事実ですが、文句を言おうという気持ちも無かったので、書いてみました。

拝啓

 

春の気配がようやく訪れてきた感のある今日この頃、お変わりなくご活躍のこととお喜び申し上げます。

先生のお住まいの地域はこのごろどうなっておりますでしょうか。私が住んでいる場所は本当にようやく春というか、幾分か暖かくなってきまして、ほっと胸を撫で下ろす気持ちでございます。

まず、このような恥ずかしい事柄は先生には申し上げる必要もないのですが、現在、私の住んでいる家には暖房器具がなく、エアーコンディショナーは設置しているのですが、電気代が勿体無い気持ちがあり、それ故に利用しておりませんでした。そのため私はこの冬のあいだは在宅の際は毛布にくるまっての生活をしておりました。

しかし、冬の空気というのは恐ろしくそうしてなお時折、凌げないほどの寒さがやってきてその時はもはや勝手にしてくれという、捨て鉢な感情によって、私の体の震えに任せておりました。本当にひどい時は歯が鳴るほど震えていました。何か、恐怖の対象と対峙したかのような、ホラー映画などの登場人物のような状態です。またこれは言い訳がましい事柄ではありますが、実をいうと暖房器具は一つあったのです。エアーコンディショナーとは別に、一つ、本当にダメに感じたときはそれを使おう。という最後の、蜘蛛の糸のようなそういうものが、一つ、我が家にはあったのです。そしてあるとき本当にダメだと思って、歯の震えも体の震えももはや止まらぬ。死ぬかもしれない。と思ってそれを使おうと、いよいよ使おうと、自分の信念、今年の冬は暖房なしで行こう。という信念を折り捨てて、それを使おうとしたこともありました。しかし、いざ使おうと思って電源コードをプラグに入れスイッチを押したのですが、うんともすんとも言いませんでした。壊れていたのでした。そのとき、私は絶望の淵に立たされたのですがしかしそれと同時に、これで信念を折らずに済む。折り捨てずに済む。という感情にも覆われたのです。あの時の感情はどういったものなのか今度先生にお会いした際に、そのような感情の正体なり、名称なり、哲学なりあればお伺いさせていただけたらと思います。

そんな厳しい冬ではありましたが、私はそれをなんとか生き残り、そのおかげでしょうか、昨今ようやく外気に春の気配が含まれてきております。ありがたいことです。ありがたいことこの上ないなと思っております。

それから、来冬には暖房器具の一つも準備しようと思います。

そんなわけで冬の間、寒くてペンを握ることも困難であり、なかなかこうして手紙を出すことも叶わない状態で先生には大変に申し訳なくと思っております。これから暖かくなるにつれて体が震えることもなくなっていくでしょうし、夏季に入ったら、夏季にはクーラー、エアーコンディショナーを利用いたします。ですのでこれからまた先生に定期的に手紙を出していけるだろうと思っておりますので、どうかその際はよろしくお願いいたします。

それから、これは特に書く必要もないことなのですが、しかしながらどこかに書いて提出するというものにも不適切というか、言ってしまえば誰にいう必要のない事柄なのですけども、黙っていたら明日にも忘れてしまう事なのですけども、しかし、私自身はこういう出来事をなんとなしに書いて残しておきたい性分なので、こちらに書かせていただきたく思います。先生には、無闇に長い手紙を書くのは無作法と教わっていたのですが、何卒ご容赦いただければと思います。

本日、今し方、まいばすけっとに行ったのです。まいばすけっとというのは、小さなイオンというか、コンビニみたいなものです。私の地元にはなかったので、先生のお住まいの地域にもあるかどうか分かりませんが、とにかくコンビニだと思っていただけたら良いかと思います。今し方、そのまいばすけっとに、開店したてのまいばすけっとです。そのまいばすけっとにはホットドリンクがありました。コンビニなんかにもあるでしょう。コーヒーやお茶のホットドリンク。普段はホットドリンクの類は買わないのですが、この冬、私は暖房機器もなく寒く厳しかったこともあり、つい、一つ購入しようと思ったのです。

そこでコーヒー。まいばすけっとの、トップバリュのプライベートブランドの缶コーヒーを一つ、ボトル型のコーヒーを購入しようと掴んだのです。

その缶コーヒーがちんちんに熱かったのです。

触った瞬間、驚いてしまうほど熱かったのです。

本当に、その、ちんちんに熱かったのです。

熱した鉄、金属をつかんだと思うほど、ちんちんに熱かったのです。

私はその瞬間に公共の場というか、自分の家ではない、まいばすけっとで、驚くほど大きな声を出してしまいました。開店してすぐのことでしたので、店内に他のお客はおらず、店員の皆様も、品出しに集中しており、私のその痴態は誰に見咎められることもなかったので、それだけは幸いでしたが、ただでもとにかく、

ちんちんに熱かったのです。

缶コーヒーがちんちんに熱かったのです。

ちんちんでした。

あれはもうちんちんでした。

それではまた、お手紙にて近況の報告ができたらと存じます。

略儀ながら、春分のご挨拶まで。

 

敬具

2025年3月11日公開

© 2025 小林TKG

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