天覧駅伝

Juan.B

小説

6,907文字

※破滅派オリジナル作品。

近未来、ある新年の駅伝。混血の走者はラストスパートに向かっていた……。

一月の寒い空気にも関わらず、沿道には多くの人々が詰め掛ける。

 

「円谷ー!頑張れー!」

「ヤマト!アイノコ野朗を追い抜け!」

「ヤマちゃーん!」

 

人々は、私のやや後ろを走る、二位の日本人走者に声援を送っている。本来走行には良くないのだが、私はやや視線を落とした。私の褐色の足は歩みを止めることなく動き続ける。私は走る為だけに生まれたようなものだ。

 

『さて、駅伝として初の天覧を誇る、第一回大日本八紘一宇駅伝……学生時代、陸上競技を嗜まれました馬華宮葛仁親王の御進言に天皇陛下も賛成されまして、開催と相成った訳ですが……』

 

今年の駅伝は、天覧だ。天皇が見に来るのだ。天皇。私はその二文字に何も感じない。陛下を付ければ四文字だが、それにも何も感じない。大体天覧とはなんだろうか。野球なり相撲なり一定の地点で試合を見るならともかく……。その種明かしをするならば、この駅伝のゴールは皇居の広場に設定されていた。天覧と言ってもゴールを見るだけなのだ。マラソンの最後の195メートルはイギリス王妃アレクサンドラのわがままで定まったが、この駅伝はそう言うものなのだろうか。だが私は余計な事を考えずに、この最終区間を走り抜ける。

 

『汎太平洋わくわく大学の最後の走者は混血と言われていますが、解説の吉崎さん』

『天覧駅伝を走れるのは、この駅伝の意義から言っても、また警備上の問題から言っても、日本国籍保持者と限られていました、そこで混血を出すのですから、日本国籍保持者とはいえ……』

『汎わ大のコーチは、選べる選択肢の中から最良の人員を選んだまでだと言っていました』

『それを何も、天皇陛下の御前に出る最終走者にしなくても、と言うことです……』

『そうですね、中々議論の対象になっていますね……さあ現状は汎わ大、父親がエチオピア出身の相馬マコウネン走者と、学習院大、日本の意気を背負う円谷大和走者の一騎打ちとなっていますが』

『……あっ!』

 

その時、沿道から私に向かって紙コップが飛んできた。妨害である。だが私にぶつからず、後方やや右側にベシャリと落ちた。沿道からざわめきが上がる。目の前を走行する白バイの運転手も少したじろいだ。

 

『妨害……でしょうか、何か投げ込まれましたね』

『まあ、妨害したくなる気持ちも分らなくもないですね』

『え、あ、ま、ま、まあそう言う意見も、ま、まあ、あるかも、し、知れないですね、あの、ただ、その、妨害行為……』

『まあ混血の走者ならこれくらの覚悟はしてるでしょう、そういうもんだと思いますよ私は』

『は、は、まあそう言う、ね、もんかと、いう意見も、ね』

 

品川に入った。私の後続に見えるらしい走者はただ一人、学習院大がこの天覧駅伝の為にあらゆる手を尽くして用意したと言う、円谷大和なる走者だった。

 

「ヤマト!もう少し!」

「早くー!もっと早く!」

「混血に負けるなー!」

 

沿道は一帯となって円谷を応援する。

 

「混血ー!手加減しろや!」

「ええ気になってんじゃないぞー!」

「アホー!」

「チリチリ頭がー!」

 

私は何も反応せず走るしかない。私は走る事に気を集中しなければならない。だが、様々な思いが私の脳裏をよぎる。

 

「……」

 

私には走ることしか能がない。それ以外何も意識すべきではない。これだけだ。日本人ではないが、外国人や明らかな留学生でもない、準日本人。日本国籍と言う肩書きを持て、かつ足が速く、天皇の前に一番早くたどり着ける存在。それが私に求められている。

 

『さあ東京タワーが見え始める最終区間……先頭は汎わ大の相馬、続く学習院大円谷、更に少し遅れて統一家庭連合大学の安部、四位に創価大の池田……後に金田、島、甲斐、山形』

『円谷まだまだ良い位置に居ますよ』

『初の天覧駅伝と言う事もありますが、どうですかこの順位は』

『走者間の距離に、ちょっと説明はつきにくいですが、その、ばらつきが多いですね、やはりプレッシャーでしょうか、それでも本当に良く頑張ってます、特に円谷、良いねえ』

『はい、その、特に天覧と言うこともあり、純日本人で構成するチームが多いですね』

『そんな中で、しかもよりによって最終走者にアイツを選んだのが汎ナントカわくわく大学だからなあー始末に終えない』

『えー、あのー、はい、汎太平洋わくわく大学ですね、その、相馬マコウネン走者ですね』

 

私の後ろから、大きな声が聞こえる。

 

「アイノコ風情が天皇に会えると思うなー!」

 

私はやや口元に笑みを浮かべることにした。実際、会いに行ってやる。私は天皇に、面と向かって会えるかはともかく、一番でゴールする姿を見せてやる。それで、私が混血である事をどうとか言う連中が、どんな顔をするのか見てやろう。

 

『えー……ヤジが多い?様です』

『ヤジ?誰への』

『相馬走者への』

『私には円谷走者への声援しか聞こえませんね』

『あ、あ、はい』

 

浜松町。芝公園の赤い鉄屑が私を見下ろす。私の足は動きを止めない。息は荒々しくなっても、円谷に抜かれる事はない。

 

『さてここで、一旦スタジオの駅伝応援芸能人グループ“感動を、おいしゅうございました”に代わります……』

『はいー!スタジオの円爆です!さあーどうですか!松田精子さん!最終区間の感想は!』

『あのー本当にーね、その、円谷選手の走りが、とても感動的で……』

『お、お、松田さん泣いちゃいますか!』

『はい、本当に……グスッ……円谷……良い!』

『まあー僕ら今日一日限りの“感動を、おいしゅうございました”もね、円谷選手の走りに本当に感動してますよ、ね、ヨシコデラックスさん』

『ほんとうにねー、あの相馬?とか言う走者が仮に一位になっても、円谷に“本当の一位”をあげたいねー』

『あらーそう言っちゃいますか、まーそう思ってる人も多いかもしれませんねー』

『だって、ねえ、相馬って混血でしょ?ねー?それに比べて円谷は本当に日本男児だし、学習院の星、陸上一筋なのに文武両道、イカスよねー』

『ねー』

 

その時、私の進路上に一人の男が飛び込んできた。血便みたいな日章旗のTシャツを着た壮年の男がいきり立って向かってくる。

 

「うおおおお!こらああああああ!アイノコがなんぼのもんじゃあああッ」

 

周囲の沿道の人々はむしろ盛り上がっている。白バイ隊員が急いで白バイを止め、乱入者に飛び掛った。

 

「エエイッ」

「グワッ、このっ、がああ」

「……」

 

私はどうにか難を避ける事が出来た。係員が走り続けるように腕を振って合図する。だが係員の顔は私を睨み付けているようだ。

 

『えーただいま乱入者があったようです!』

『あらー、まあ!大変!』

『ただすぐ取り押さえられた様ですが』

『そのー、ね、天皇陛下がご覧になってるんだから、落ち着いた雰囲気で、ね、やりたいですね』

『ねー』

 

難を避け、ペースもどうにか崩さず走り続ける私だが、周囲からの怒声の様な物が多く聞こえ始める。

 

「泥みたいな肌しやがってよおー!」

「アフリカに帰れアフリカに!」

「土人があ!」

「円谷に譲んなさいよおおお!」

「どんな血の色してんだ混血がああああ!」

 

老若男女、一体となり私を憎悪する。別に今始めての事ではない。小さい時から良くあったことだ。しかしどんな血の色をしているとはそうそう聞かない質問だ。海老や蟹みたいに緑色をしていると言うのか?それなら天皇の血は黄金なのか?

 

『さあー実況戻りまして私田中、解説は吉崎さんでお送りします……ラストスパートですね!』

『はい、順位は変わっていませんが、今なら……ほら!円谷、今なら相馬を追い抜けます!』

『さあどうなるでしょうか、円谷選手は相馬選手を追い抜き純日本人として真っ当な一位をとることが出来るのでしょうか!』

 

新橋を過ぎ、東京まさに中心、皇居の緑が遠くに見え、そしてここで最後の直線コースに入る。

 

『走者を疲弊させる入り組んだコースももう終わりです!円谷選手、もう息も絶え絶えになっていますが、さあどうなる!一位の相馬はヘラヘラ走っています!腹が立ちますねああ言うのは吉崎さん!』

『ええ本当に全くそうですね!スポーツマンシップにもとりますね!ああいうのはもう強制棄権にさせた方が良いんじゃないでしょうかね!ああいう面で天皇陛下の前に立たれると本当に困りますからね!一体どの面下げて走ってるんだ全く!ああいうのが居るから日本が全く良くならないんだよ!分るか!おい!相馬!イヤホンつけてないフリして聞こえてるんだろ!相馬!』

 

皇居への最終走路の沿道には、今までに無く大勢の人々が詰め掛けていた。

 

「円谷アアアア!」

「大和負けるなあああ!」

「円谷、チャチャチャ!円谷、チャチャチャ!」

「混血くたばれえええ!」

「ブー!ブー!」

 

両側からペットボトルや紙コップ、紙くずなどがポンポン投げ込まれる。

 

『あー妨害が凄い!これだけ妨害されれば相馬も諦めるんじゃないでしょうか!』

『さあーどうでしょうね!混血ってのは図太くてどうしようもないからね!』

 

その時、紙コップか紙くずか、何かが私の頭部に当たった。それでも私は走り続ける。

 

「……」

 

全ての人の憎悪を一身に背負い、走り続けて天皇の前で華々しくゴールする意味はあるのだろうか?コーチは駅伝が始まる前、チーム一同に全力を出し切るように伝えた。私にも特に声をかけた。

 

「マコウネン君、こんな場に君を走らせる意味が分るか」

「こんな場、と言うものは私にはありません、走れる場所があればそこが私の舞台です、コーチ」

「ああ、マコウネン君、良い言葉だよ……だが、私が言いたいのは……勿論君が最終走者に相応しいと言う事を踏まえて、混血の君が天皇陛下の前でゴールする瞬間を見たいんだ、差別なく走る走者の姿と共に」

 

コーチは良い人だった。少なくとも私を運動の上で差別することなど無かった。だからこそ私はここにいる。だがこの気持ちはなんだろう?色々な思いは巡ったが、私は何とも言えず、駅伝が始まる直前と言うこともあり何も言い返さなかった。駅伝ごときに差別と言うものがあるのだろうか?かつて感じたことなど無かった。しかしあったのだ。いや駅伝に限らず全てに。これが映画なら、私はここで静かに歩みを止め、円谷に追い抜かせ、沿道ではなく第三者の観客に無言のメッセージを送るのかもしれない。

 

だが、私は走り続ける。私は天皇の前でゴールするのだ。私に悲壮感はない。私はあるマラソン走者みたいに“おいしゅうございました”なんて言葉を並べて死んだりしない。日本人の、男と女と若者と老人とそのほか全ての目前で、私は“私の何たるか”を見せ付けてやる。

 

皇居の敷地に入った。後ろからのますます強くなる怒声は、しかし私の耳から遠ざかっていく。ここには警備とスタッフと報道陣、そして選ばれた物静かな観客達他しか居ない。

 

『ああ……相馬が皇居に入りました……円谷は百メートル後ろを走っています……』

『……』

 

そして、華々しく立てられたゴールに、私はなだれ込んだ。天皇はどこから見ているのだろうか?しかし私は疲れている。地面にひっくり返りそうな状態の中で一瞬、ガラスの向こうのあの二人の姿が見えた。

 

『汎太平洋わくわく大学三年、相馬マコウネン走者……一位でゴールインしました……詳しいタイムは……』

『……』

 

私はスタッフに取り囲まれた。

 

「ハアッ、ハアッ」

「おめでとう、相馬さん!」

 

口に酸素の管を入れられる。

 

「フウウッ、フウウッ」

「やったなあ、本当にやったよ!」

 

更に大学の関係者達が私を取り囲む。

 

「頑張った!」

「やった!ほんとうに!やったぞ!」

 

喜びの言葉を彼らは噛み締めている。だが私の駅伝は終わっていない。まだここからがあるのだ。ここからが……。

 

ここは天覧の場の為、報道陣にすぐさま取り囲まれる事もなく、私はスタッフや大学関係者の者達に囲まれるがままの時間を過ごした。彼らからは憎悪を感じない。そうだろう、彼らは利害に関係ないのだから。私が走りぬけばそれで良い。それだけの事だ。それを深く追求する気も私にはない。だがこの駅伝を通して生まれた思いは消えない。そして、すぐ後に円谷がゴールした。彼らの方にも諸々の人々が駆け寄っていく。

 

しばらく急に移り変わる時間を過ごした。私達は控え室に連れて行かれた。後から続く走者達も入ってくる。控室のベンチで大学関係者に取り囲まれながら私はある事を考え続けていた。その時、円谷が私に近付いてきた。

 

「本当に……良い走りでした」

 

円谷は私に握手を求めてきた。私は素直に応じた。

 

「ええ、貴方も」

 

それだけだった。彼は沿道から飛ぶペットボトルや紙コップや紙くずを一つも見かけなかったらしい。

 

「本当に相馬さんと走れた事を誇りに思います」

「ええ、ええ」

 

私はただ笑顔でうなずいた。

 

そして……私は今度はきっちりとしたジャージを着てスポーツマンなりの正装をさせられ再び控室から出された。出入り口の机に記念のボールペンが置いてあったので何気なく胸ポケットに刺した。その後、係員に誘導され、導かれた場所は、大勢の報道陣や役員が取り囲む、ある華やかな一室だった。一段高い舞台に乗せられる。

 

「優勝おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

 

報道陣から質問攻めに会うかと思ったが、それは今行われる事ではなかった様だ。何より、あの二人が入ってきたのだから。

 

「天皇・皇后両陛下……」

「……!」

 

他の人が身なりを整えピシッとするのに合わせ、私も形の上でそうした。天皇と皇后がこちらに来る前に、宮内庁の役人がコーチに話しかける。

 

「優勝した……汎太平洋わくわく大学のチーム一同ですね、そこからまず……」

「は、はい」

 

どう言う次第かは分らないが、ただ私達は天皇の前に本当に立てる事になった。もはや走っていた時の罵声も怒声も何も聞こえないが、外の連中は何を思うだろうか。

 

だが、私はもうそれを思い返す事は無いのを知っている。

 

「あなたが監督ですね……」

「はい、陛下……」

 

コーチ、主任、マネージャ、各区間の選手……。正装した天皇は挨拶を続ける。

 

そして私の前に、天皇が来た。

 

「あなたが最終走者ですね……」

「……はい」

 

天皇は手を差し出した。私は震える手でそれに応じた。天皇はそのまま横に行くかもしれない。天皇の横には侍従ともう一人黒服の男以外いない。しかし天皇は更に私に話しかけた。

 

「あなたは……混血だそうですね」

「は……はい」

「お父様お母様、どちらの国の方ですか……」

「父がエチオピアです……」

「エチオピア……とても良い場所ですね、昔、長く続いた帝国があった国ですね……」

「は、はい……」

「混血でいろいろあったでしょうが、それでも日本人として……」

 

写真のフラッシュがたかれる。まぶしい。私の今までの生命における出来事が走馬灯の様に巡った。

 

「日本人として……良く頑張りま」

 

私は、躊躇なく、ジャージの胸ポケットに入っていたボールペンを抜き、尖らせて、天皇の横首に思いっきり刺した。一瞬の静寂の後、宇宙が捻じ曲がる様な悲鳴と怒声と罵声とその他諸々の声が私を包んだ。私の手に掛かった天皇の血は、単に真っ赤な血の色だった。鈍い音がして、どこからかやられたか分らないが、私は右胸を撃ち抜かれた。その私の血も普通の赤色だった。更に銃声が響き、私は更に頭と腕を撃たれた。だが同時に天皇も倒れこんだ。血飛沫が飛びあう。視界が赤く染まる。どっちが先に楽になるか。私はもう何も感じなくなった。

 

 

(終)

2017年1月2日公開

© 2017 Juan.B

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