蘇りの日

応募作品

Juan.B

小説

4,596文字

※2017年2月分合評回参加作品

~1~

 

その日、私と兄弟のシンベエは、過疎地域の廃屋に潜んでいた。樽から柄杓で妖酒をあおりつつ、シンベエは愚痴を垂れる。

 

「……諏訪のヒデヨシも居なくなっちまった」

「言うな……安らかに太陽に行ったんだ」

「マンジローも、ヤヨイも」

「言うなったら」

 

シンベエは一度寂しい笑みを浮かべると、それ以上何も言わず、妖酒をさらにもう一杯あおった。

 

「すまん、ナガスネビコ」

「……良いよ」

 

薄暗く湿った廃屋の中にかすかに入ってくる光で、シンベエの背中の羽がきらめく。

 

「俺たちが物心つく時には、もうダメだった……護ってやるに値する者も、幸せにしてやろうと思える者も、居なくなってった……戦争が何だ、バブルが何だ……」

 

私はシンベエの話を聞きながらうつむいた。彼が話す内容以上に、暗い感情が伝わる。我々妖精は自然の陽気から生まれ、自然の調和を図る為に生きる、そう自覚している。

 

「人間は昔からムカつく連中だったが、代わりに陽気を他のどんな生き物よりも生み出した、きっと大地がそう作ったのだしだから俺たちも寛容に見守った、多少の争いも見過ごした、そしてたまには人間に化けて色々してやった……だがもう何もかも」

 

話を聞きながら、私は妖酒をもう一杯……その時、にわかに地面が揺れ始め、そして次の瞬間グラアアアッと視界が左右に揺れた。

 

「なっ、ナガスネビコッ」

「シンベエッ」

「地震だッ、と、飛ぶんだ」

 

私とシンベエはすぐに家を飛び出し、空へ飛んだ。飛んでしまえば地震は怖くないが眼下に広がる地面は酷く揺れている。さっきまでいた廃屋も崩れてしまった。

 

「久しぶりの地震だな、これはデカいぞ」

「……人間の太陽がぶっ壊れた!放射能が飛び散ってる!」

「この感覚!」

 

私とシンベエは超自然力でただならぬ事態を察知し、ある方向へ急いで向かった。山や壊れた市街、逃げ惑う市民を越え、海辺に着いた。原子力発電所からただならぬ湯気が上がり、私達の心が悲鳴を上げている。

 

「ナガスネビコ、お前は戻れ!俺行って来る!」

「行くって何をするんだ!」

「誰かがやらなきゃならん事だ!人間の手だの安全装置だのじゃ手に負えない事が起きてる!」

「お前死にたいのか!ロシアの事故とか思い出せ、もうダメだ!遠くへ逃げよう!」

「俺達の問題じゃない、これは俺達の大地の、あらゆる命の問題なんだ!このままでは地球全体が……後は頼む!……おおおっ」

「シンベエ!」

 

シンベエは私の静止を聞かず、原発に飛び込んでいった。そしてすぐ後、シンベエが原発事故の更なる悪化を防いだのと引き換えに、自分の命を“奇跡”として捧げたのを感知した。

 

~2~

 

私はしばらく茫然自失の日々を送っていたが、ある日人里に降りた。元々住んでいた人々は皆逃げ去り、郊外に作業員達のプレハブ小屋が林立している。そこで古雑誌を見た。

 

『どうしようもなくなる所でした、しかし奇跡が起きたとしか言いようが無い……どうして原子炉が止まったのか……』

 

私はようやくシンベエとの約束を思い出し、天文台のパラボナアンテナに細工をして電波を乗っ取り、なおこの地球で踏ん張っている世界の妖精にメッセージを送った。そして私は人間に化け、妖精お得意のトリック等で現地の除染作業場に入り込む事に成功した。本来、人間の社会に深入りするのは避けるべきだが、これを咎める他の妖精は日本にいない。そしてすぐ、二名の妖精がやって来た。

 

「マジャパヒトから来たインドラだ」

「俺はトルキスタンのヤクブだ、メッセージを送って来たナガスネビコさんは貴方か」

「そうです」

「この度は本当に残念だったな……」

 

私とインドラとヤクブは、羽をすり合わせて挨拶した。準備をしていると、更に妖精が集まってくる。

 

「ズールーから来たジュワだ、この度のシンベエ君の業、本当に……」

「どうもありがとう」

 

海を挟んだ朝鮮からも来てくれた。

 

「ペクトゥのヨンヒさ……困った時はお互い様じゃない」

「ヨンヒ、久しぶり!会えて嬉しいよ」

 

集まった妖精は4名。元々私のメッセージに応じる妖精は少ないだろうと思っていたが、ここまで妖精の数が減っているとは知らず、そして何より彼らは、話す分には元気があったが、顔には生気がない。人間の尻拭きとも言えてしまうこの状況に加われるのは確かに物好きしかいないのかも知れない。

 

私達は防護服を着た人間に変身はしたものの、他の人間達からは離れ、独自に除染作業を始めた。妖精の力で、少しずつ汚染を取り除いていく。だが思ったよりこの作業は骨が、いや羽が折れる。

 

「すげえ量だ……」

「良く集中して下さい、少しずつ……」

 

そんな中、ふと誰かが私を呼んでいる気がした。

 

「ん?」

「どうした?」

「いや……何でもない」

 

ある日の休憩時間、私達は他の人間に混じり、昼食をとった。ヤクブが牛丼を食べながら顔を曇らせる。

 

「人間の牛丼てのは、中々凄い味だな」

 

私の後ろでは他の作業員の話が聞こえる。

 

「なんでも原子炉に行く筈だったロボが急にキャンセルとかで……」

 

他の作業員達のざわめきの中で、TVには原子炉の映像が映っている。アナウンサーは原発中心部が“安定”している事を強調している。

 

『次のニュースです、ここ数日姿を見せていない防衛大臣……』

 

その時、他の人間の監督が私に話しかけて来た。

 

「おい、お前んとこの作業員、皆顔色が悪いぞ、ちゃんと検診受けてるのか」

「大丈夫ですよ」

 

監督は去っていった。ヤクブが笑い出す。ズールーのジュワはうつむいた。

 

「俺が、俺が守った人たちが最後に輝いたのは、一周期半前だった……イサンドルワナが懐かしい、忌々しいイギリス人め、機関銃なんて物が出来る前だ、あの時が……」

 

ジュワの話に誰もがうつむく。もはや地球上の妖精は全て敗北の歴史を負ったのだ。その時、ヤクブが私に話しかけた。

 

「君の兄さんは原発を止めた……君の兄さんが止めなかったら今頃……彼は奇跡を使ったのか?」

「ええ、多分……」

 

妖精が一生に一度、命と引き換えに使える、“奇跡”。厳密な事は妖精自身にも分らないが、身の丈にあった願いが発動する。例えば愛する人間の死を自らの命と引き換えに防いだ妖精の話は沢山あるが、世界を滅ぼす奇跡なんてものは発動した事が無い。ただ、最近の妖精は、伝統的な自殺方法である“太陽への旅”で奇跡を使う事が多い。

 

数日後、私達は妖精の姿に戻り、原発を望める山まで近付いた。

 

「あそこにシンベエが眠ってるんです」

「ああ……」

 

その時、ヤクブが原発の付近に装甲車が集まっているのを見付けた。

 

「おい、軍隊だぞ」

「……何だありゃ」

 

次の瞬間、私の心の中で、再び大きな声がした。

 

『ナガスネビコ……来てくれ』

 

「誰かが俺を呼んでる……」

「え?」

「原発の中で……」

「何を言ってるんだ?」

「……すみません、皆さんは戻ってください!俺、原発に行って来ます!」

「ちょ、ちょっと!」

 

私はいても立っても居られず、原発に向け飛び出した。あの中で誰かが呼んでいる!シンベエはもう死んだはずなのに!後ろからはヨンヒの引き止める声が続く。

 

「死んじゃうよ!」

 

だが私は戻れない。防護服を着た自衛隊員達を眼下に一瞬捉えながら、私はそのまま荒廃した原発の内部へ入った。近付くほど心の中の声が大きくなる。だが同時に体の節々に倦怠感も現れてくる。どうにも羽が疲れる。暗い通路、ホコリをかぶった機器、何かを行おうとして止まったレスキューロボ……そして私は最深部に到達した。

 

「ナガスネビコ……」

 

数日前にTVで見たのとは全く違う、異様な光景が広がっていた。溶けた原子炉表面にもぞもぞとした顔が蠢いていた。そしてその前に、数名分の防護服が残っている。

 

「……シンベエなのか」

「ああ……」

 

原子炉の顔は、多少崩れているが、シンベエの物だった。

 

「これは一体……」

「あのとき、奇跡を使い命と引き換えに俺は事故を止めた……だが、俺はどうにも死ななかった……わからない……たぶん放射線のせいだ、それで俺はこうなって……その代わり凄い力が……」

「シンベエ……」

 

後ろで物音がした。振り返ると、ヤクブ始め妖精達が追い付いていた。

 

「こ、こいつは」

「人間は本当におろかだった……原発の中心で俺を知った時も……にんげんは俺を利用しようとした……俺の力を軍事に使えるか?だと」

「この防護服は、じゃあ防衛大臣や役人達のか……」

「ああ……けしちまった」

「外に自衛隊が来てる」

 

シンベエは微笑みながら、私達を見渡して言った。

 

「おれ一人では、凄い力を得てもここに宿ることしかできなかった……だがみんながおれに奇跡を使ってくれれば、新しい時代をつくれるかも……」

「な……つまり俺達に死ねって事か?」

「ちがうよ、インドラ」

「俺の名を知ってる?!」

「ああ、ここにいるとなんでもわかる……死ぬんじゃない、いっしょになるんだ、そして地球にあたらしい時代を作ろう……」

 

その時、ヨンヒが血を吐いて屈してしまった。

 

「大丈夫か!」

「放射能のせいだ、じかんが無い……どうやら軍隊も明日までにここにくるようだ、いくら俺でも……」

 

私は改めて問うた。

 

「奇跡を捧げたら、本当に新しい時代が来るのか」

「ああ」

「……俺は捧げよう!」

 

インドラとジュワ、ヤクブと彼に支えられたヨンヒも頷いた。シンベエは乏しい口に笑みを作りつつ促す。

 

「みんなの奇跡と、いまの俺のこのチカラがあれば、いけるさ」

「ここにいない妖精には悪いが……いずれ分ってもらえるさ」
「さあ、行こう」

 

全員が気持ちを一つに合わせ……閃光が走り、原発が揺れ動いた。意識が途切れた様に思えたが、すぐに私、いや我々の意識が静かに出来上がった。もりもりと湧き上がる力。もうなにも怖くない。みんな一つだ。この体が自然だ。自然を取り込んで、戦闘機も戦車も踏み潰し、核ミサイルなんかデザートだ、ニンゲンのビルをバキバキ、道路も線路も橋も……。嗚呼!地球だ!数えられない意識……。笑い声だけが聞こえる……。

 

(終)

2017年2月17日公開

© 2017 Juan.B

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"蘇りの日"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2017-02-17 07:04

    希望があるラストで良かったと思います。
    どこか神聖な神々しさも見れた気がします。
    自己犠牲は美しい。

  • 投稿者 | 2017-02-19 01:55

    痛快なラスト。著者の他の作品を読んだことのある読者にとっては意外性はまったくないが、安定した満足感を与えてくれる。カタルシスをありがとう。

    ナガスネビコとシンベエの関係は面白く描かれているのに対し、インドラ、ヤクブ、ジュワ、ヨンヒが物語の中で大して活用されていないように感じた。それぞれの出身国についても、辛うじてジュワがズールー戦争に言及するだけだ。4名もいらなかったのではないか?

  • 投稿者 | 2017-02-19 19:28

     書き出しから日本昔話かと思いました。ずいぶんと人間臭い妖精たちだな、とも感じました。これは妖精観の違いによるものでしょうか。僕には酒を飲むオッサンの妖精が想像できないのです。出てくる妖精がみんなオッサンで、牛丼を食べている。これも妖精警察に通報するべき案件なのではないでしょうか。僕の想像力を超えています。いや、脳が想像することを拒否しています。これはある意味凄いです。

     妖精が自殺し、数が減っている理由はなんなのでしょうか。人間のせいですか。原発を止めたのは地球全体を守るためであり、あくまでも人間のためではないと、終始一貫して妖精たちが人間を愚かに見ていることは読み取れましたが、その原因はなんなのでしょうか。戦争やバブルなのだとしたら、これもまたずいぶんと人間臭いのではないでしょうか。

     超自然的な結末は、妖精というテーマを存分に生かしたもので素晴らしいです。しかし、妖精が人間臭いことで、ハリウッド映画のようなイメージを持ってしまいました。

  • 投稿者 | 2017-02-22 23:01

    • 投稿者 | 2017-02-23 14:57

      うまく送信できていないようなので再送です。

      原発事故を奇跡の力で最悪の事態にならないよう食い止めていた。しかし、
      という展開からの、破滅的なラストはエンターテイメントですね。

      ただ、文字数が規定を超えているような気がしたますので、そこは気になりました。

  • 投稿者 | 2017-02-23 16:03

    作者の今までの合評会参加作の中で一番リーダビリティが高かった。無駄がない簡潔な文体が好みだった(o・∇・)o
    だが、妖精の奇跡で原発の暴走をとめるというのは、あまりにも胡散臭すぎる。そういった奇跡ではどうしようもないというのが原発問題の本質だと思う。世界の破壊などではなく、除染をしながらも反原発運動をする妖精の話が読みたかった。(←私が書こうかなw)
    星4.4個

  • 編集者 | 2017-02-23 18:05

    「妖精のくせに飲んだくれている」という世間一般の妖精へのイメージを裏切るような導入が愉快。まるで妖精が単なる田舎者かのような描写で、妖酒もどぶろくのように思えてくる。
    また、政治性の発露の仕方についても、個人的にはこれぐらい間接的なほうが好み。

    気になるのは、原発に突入して以降あまりに会話文だけに頼りすぎな点。地の文もほぼト書きレベルの説明で、「文芸」と呼ぶには芸が足りない。スピード感やスリル感を演出したかったのかもしれないが、描写が乏しいため読んでいて置き去りにされる。

    とはいえ、小説としては完成度に難があるものの、筋書きそのものは若い小劇団が好んで上演しそうな物語で秀逸。

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