ロックスターの牛乳、写真家の散財、人々の怒り

メタメタな時代の曖昧な私の文学(第13話)

高橋文樹

エセー

6,240文字

最近、ある作品がその質とは別のところで批判される例がいくつかあった。ミュージシャンであるU2と、写真家大橋仁である。彼らの言い分や作品の質については論じない。ただ一つ、重要なことは、彼らが自分たちの思いもよらないところで裁かれたという点について、インターネット上で創作活動を行う人間が知っていなければならないことについて、私は語ろう。

私はよく、七つの大罪の一つ、憤怒イラへと思いを馳せる。私がこれまでの人生で出会ってきた数々の怒りの正体についてである。私はなぜあのときあんなに怒ったのだろうか。なぜあの人は私のことをあんなに怒ったのだろうか。怒りの多くには原因がある。私が無神経だった場合もあれば、あの人が私に単なる八つ当たりをしただけの場合もあるだろう。それによって怒りの正当性を問うことはできるのかもしれないが、もし怒りという罪に対する徳を挙げるとすれば、それは一言「ケシテイカラズ」である。

聖なる人間は怒らない。少なくとも、自分のためには。それはつまり、怒りというものが私やあなたのように特に尊くもない人間が当たり前のように抱えている悪徳であるということであり、その怒り自体にいいも悪いもないのだ。もし正解があるとすれば、それは「怒らない」しかない。

いまから私が語るのは、人々の悪徳、憤怒に関する考察である。

富士山、ビートルズ、雀荘

今年の夏、私は友人と二人で富士山に登った。御殿場口からの最長ルートを歩き、辿り着いた八合目の小屋で身体を休めた。6時間弱というコースタイムを山小屋の人々に褒められたこともあって、ペットボトルに入ったバーボンを少しずつ飲みながら、未明の出発に向けてそれなりに楽しく過ごしていた。

と、友人がとつぜん「ビートルズなんとかなんないかな。むかつく」とつぶやいた。私は少し驚いた。その山小屋では小さな音量で音楽が流れていた。たしかに、ずっとビートルズが流れていたかもしれない。山小屋に来る様々な年齢層——それも、とりわけ中高年が多い—— を考えると、なるほど無難な選曲ではある。水のペットボトルに500円の値をつけ、見ず知らずの人と30cmも離れずに寝る山小屋という環境では、CDが数枚しか選べないということもありうるだろうし、それが結果的にビートルズだったとしても、まあそうだろうな、という程度のことだ。それが許せないという友人のことを私は驚いた。

この会話の後、彼が眠り、静かな時間が訪れたとき、私は十数年前に訪れた西千葉での雀荘を思い出した。そこでは有線が流れており、当時流行っていた奥田民生の曲などが流れていた。私たちは『マシマロ』という曲が流れるたび、その歌詞をもじって「振り込んでも気にしない♪」や「満貫でも気にしない♪」などと楽しく過ごしていた。「役満でも気にしない♪」「いや、それは気にしろよ」などと。私が大学生だった頃だ。

夜中の2時ぐらいだっただろうか、同じく徹マンに挑んでいただろう隣の卓の青年が、「すいません、チャンネル変えてもらえますか?」と店員に頼んだ。ほとんど眠りこけていた店員のおばさんは、「どうすればいいですか」と聞き返した。青年は洋楽にしてくれ、と頼んだ。少し雀荘の時間が止まった。「こんなダサい曲聞いてられないよ」と青年は呟いた。その声はもちろん私たちの卓にも届いた。ご機嫌に歌いながら牌を切っていた私たちは、少し落ち込んだ。

とはいえ、彼にも理由があるのかもしれなかった。たとえば、洋楽以外を聞くと死ぬほど殴ってくるミュージシャン崩れの父親に育てられたとか。

いや、理由などなんでもいい。おそらく、雀荘の青年や富士山に登った友人は音楽が好きなのだ。少なくとも、私よりは。だから、怒るのだ。私のiTuneライブラリは70GBあるのだが、その多くはどうでもよい曲だ。その中で本当に好きな曲はそれほど多くない。いって数百曲だろう。それでも私は選曲してiPhoneに音楽を入れ直す面倒臭さから、選ぶことを放棄した。たとえくだらない曲が流れようと、それは私の選択なのだ。しかし、音楽を愛する彼らにとって、自分のチャンネルに彼らの好きではない曲が流れることは許し難いのだ。

2014年12月29日公開

作品集『メタメタな時代の曖昧な私の文学』第13話 (全22話)

メタメタな時代の曖昧な私の文学

メタメタな時代の曖昧な私の文学は1話、2話、7話、17話、22話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2014 高橋文樹

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


1.5 (2件の評価)

破滅チャートとは

"ロックスターの牛乳、写真家の散財、人々の怒り"へのコメント 8

  • ゲスト | 2014-12-29 11:05

    退会したユーザーのコメントは表示されません。
    ※管理者と投稿者には表示されます。

  • ゲスト | 2014-12-29 11:33

    退会したユーザーのコメントは表示されません。
    ※管理者と投稿者には表示されます。

    • 編集長 | 2014-12-30 01:25

      コメントを承認制にしているのは、以前個人情報を勝手に暴露する悪意の第三者がいたことがあって(僕に向けられたものではなかったのですが)、それ以来ですね。それが「都合の悪いコメントを黙殺」であると言われたら反論しようもございません。

      著者
  • ゲスト | 2014-12-29 15:21

    退会したユーザーのコメントは表示されません。
    ※管理者と投稿者には表示されます。

  • ゲスト | 2015-07-15 23:04

    退会したユーザーのコメントは表示されません。
    ※管理者と投稿者には表示されます。

    • 編集長 | 2015-07-16 00:36

      すいません、破滅派のコメントシステムは「まだ一度もコメントをしたことがない人」のコメントだけが承認待ちになります。なので、他の投稿でコメントをしている東方さんのコメントはすぐに公開されます。

      そもそも投稿へのコメントが他の人に読まれないものであるとか、コメントは必ず検閲を受けるものであるとか、そういうことはありません。

      したがって、東方さんのコメントは七光りちゃんがなんどもこのページを見ている場合は目に入ってしまいます。

      匿名でなんらかのメッセージをやりとりする機能をつけようとは思っていますが、まだそこまで手が回らず。なんかすみません。

      著者
      • ゲスト | 2015-07-16 22:03

        退会したユーザーのコメントは表示されません。
        ※管理者と投稿者には表示されます。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る