破壊しに、と電子書籍は言う

メタメタな時代の曖昧な私の文学(第5話)

高橋文樹

エセー

5,278文字

クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』を元に電子書籍が破壊的技術であると仮定してみよう。新技術によって破壊された荒野で、あなたはどんなテキストを紡いでいくべきか。

クレイトン・クリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』は、そのタイトル通り、ある市場で成功を収めた企業が破壊的技術の登場によって敗北する事例についてまとめた本である。『プロ倫』こと『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に連なる「意外な因果関係を教えてくれる本」であるため、あなたにもぜひ一読をお勧めしたい。同書の主張は概ね以下の通りである。

  1. 破壊的技術とは旧来の技術とは連続性を持たないため、市場に大きなインパクトを与える
  2. 旧来の技術によって市場で成功を収めた企業は破壊的技術の登場を予測できないため、破壊的技術を持った新興企業に敗北する
  3. 破壊的技術は旧来の技術にすぐ置き換わるのではなく、低価格帯の商品から市場を侵食していく
  4. 旧来の市場で成功を収めた大企業はその高コスト体質によって破壊的技術への投資ができない
  5. 低価格帯を奪われた大企業は高級品市場に逃げ、やがては市場全体でのシェアを減らしていく

同書で挙げられる事例はいずれも興味深い。まず、HONDAの原付。アメリカでバイクといえばハーレーダビッドソンのような大型バイクが主流だったのだが、原付を投入することでHONDAはバイク市場における新しい大企業となった。また、インクジェットプリンタは高価だったレーザープリンタから学生や小規模オフィスの需要を勝ち取り、いまレーザープリンタを使っているのは大規模な法人のオフィスだけである。

さて、そんな同書ではあるが、単に「巨大企業は成功したがゆえに敗れ去る」という逆説を述べるにとどまらず、いかにしてある技術が破壊的技術たり得るのかについて考察を繰り広げている。ここではテキストを紡ぐ私やあなたにとっておそらく重要だろう技術「電子書籍」についてちょっとした思考実験をしてみたい。電子書籍は破壊的技術たりうるかを考えるのではなく(この予測の仕方は同書において紹介されている)、電子書籍が破壊的技術だったら、と仮定するのだ。

電子書籍による破壊をシミュレートする

さて、電子書籍が破壊的技術だったとしよう。現時点でも電子書籍マーケットは幾つか立ち上がっているが、日本においてはその萌芽を認めることができる。

現在の電子書籍市場は700億程度(電子書籍市場に関する調査結果2012)で、その多くを電子コミックが占めている。出版産業の市場は2兆円程度であるから、およそ30分の1というわけだ。電子書籍市場においてとりわけ顕著なのは、ボーイズラブとレディースコミックのシェアが高いことである。女性にとってポルノは買いづらいもの、所有しづらいものだったが、携帯コミックという形態を取ることで気軽に買えるようになったことがその一因と言われている。

クリステンセンの原則に当てはめれば「破壊的技術は低価格帯の商品から市場を侵食していく」はずであり、「BLとレディコミの隆盛」はこの原則から外れていない。そもそもハードカバーのレディースコミックをあなたは想像できるだろうか。BLとレディースコミックは電子書籍という破壊的技術が先鞭をつけたジャンルと言えるだろう。

電子書籍が寝食する領域

では、今後の侵食具合を考えてみよう。現在の出版市場の大まかなトレンドは以下の3つである。

  1. 雜誌の凋落
  2. 単行本の低迷
  3. 文庫本堅調

雑誌の凋落については論を待たない。インターネットが普及したからである。『ぴあ』や『from-A』をいまさら欲しいと思う人はいないだろう。

単行本の凋落と文庫本の堅調はセットで考える必要がある。そもそもマスを相手にする場合、文庫本のような安価な商品の方が強い。岩波文庫というのは大正期の円本ブームに端を発しているし、長者番付に名を連ねるのは西村京太郎や赤川次郎と言った「キオスクやコンビニで文庫が買える作家」だった。いまでは宮部みゆきのような売れっ子が文庫書きおろしをすることも珍しくないし、新書は乱発されている。ライトノベルのような文庫を基調にしたビジネスを行う角川書店が堅調で、講談社や小学館といった雑誌モデルに依存した出版社が赤字を記録していることもむべなるかな、 雑誌で大儲けして損をしながら単行本を出し、売れなくなってからしぶしぶ文庫を出すというここ数十年のトレンドがおかしかったのだ。

こうした出版界の現況において、破壊的技術によって狙い撃ちされるのは、よりによってこの文庫・新書市場ということになる。国際ブックフォーラムなどのセミナーに参加すると出版関係者が「日本の書籍は世界的に見ても安い」と息巻くのを目にすることがあるが、おそらく文庫の最低価格というのはブックオフにおける100円であり、これは出版産業における低価格の極北といえる。人々がこれをいかに喜んでいるかはブックオフの100円コーナーへ行けばわかるし、出版社連合がブックオフを買収したことからもこの低価格帯商品を自分達の利益に組み込もうとしていることが見て取れる。書籍を100円よりも低価格にすることは難しい。拙著『途中下車』はAmazonで中古価格1円を付けられているが、私自身の名誉のためにも、Amazon中古本1円販売は送料で利益を回収するモデルであることをここに言明しておきたい。これより下は古書店前のワゴンにある「ご自由にお持ちください」である。

破壊的技術である電子書籍はこの低価格帯を狙い撃ちする。となると、当然優勢になる電子書籍というのは100円〜500円程度のものとならなければならないだろう。これは平均的な電子書籍の価格であると推察される。実体はもう少し複雑で、iPhoneアプリのブックカテゴリなどではランキングを上げるために85円のセールが行われ、ランキング上位に入ると350円に戻すなどといった手法が行われている。また、電子書籍の価格モデルとしては、無料+広告や会費制(月額300円で読み放題)などが考えられるが、とにかく100円〜500円以下の価格帯で普及していくことは間違いないし、それより高いということはまずないだろう。

逃げるべき高級品市場

さて、電子書籍に低価格帯のシェアを奪われた出版物は、クリステンセンの原則に従えば高級品市場に逃げることになる。だが、書籍における高級品市場とはなんだろうか。私が最近買ったもっとも高価な本はジョナサン・リテルの『慈しみの女神たち』上下巻8,500円である。およそ本を買う人であれば、まともな本というのは大体2,000円以上するものだということは感覚的に理解できるのではないだろうか。ただし、こうした本は付加価値があるから高いというよりは、部数が出ないものの欲しがる人がいるから高価にしているというのが実情だ。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を文庫化しないのは、2,000円以上でも売れるからだそうだ。こうした「高級な本」の特徴は以下に挙げるものが多い。

  • 辞書などのリファレンス
  • 外国文学作品などの翻訳物
  • 哲学書・専門書等の高度な読解力と専門知識を必要とするもの

いずれにせよ、制作するために高度な負荷がかかるものばかりであり、買う側もその高度な負荷を受け止めることのできる「限られた読者」ということになる。単価は高いものの需要が少ないので、市場規模全体としては少ない。

商品としてのあなたのテキスト

さて、「低価格帯を電子書籍が浸食し、出版物は高価格帯に逃げる」というモデルが成り立つとすれば、あなたのテキストは商品としてこのように扱われなければならないだろう。

電子書籍として流通する場合

あなたのテキストが電子書籍として流通する場合、あなたのテキストは100円程度の価値で流通する。そこであなたが満足な対価を得るためには、かなりマスを取らなければならない。一作で何百万部も売れればいいだろうが、そうならない場合、高回転で作品を発表していく必要がある。これを実現するためには、シリーズものであることがよいだろう。あなたは幾つかのシリーズを発表し、そのうちの一つが当たった場合はそのシリーズを継続していくこととなる。

この仕組み自体は少年漫画雑誌における連載スキームとほぼ同じ構造であり、特に真新しいことではない。角川書店の好調を支えているライトノベルもほぼ同様の構造だ。問題はこの手法が存在するということではなく、連載スキーム以外の手法がほぼ取れないということにある。

あなたのテキストがどれだけ優れているにせよ、もしそれ相応の対価を受け取りたいと思うのであれば、その利益が自ずと最大化するような仕組みになっていなければならない。破壊的技術における低価格化への圧力は既存の産業の比ではなく、すべての商品製造者(あなたのことだ!)が「連載か死か」の選択を迫られるだろう。一度出版社の気持ちになって考えてみるといい、電子書籍には在庫がないのだ、この回転率は幾らでも上げることができる。

まちがっても、「少年ジャンプの利益で文芸誌をやりましょう」などという世迷い事を思ってはならない。「不良債権としての文学」(大塚英志)が議論されたのは10年も前だが、親の借金を背負う子があまりいないように、電子書籍にそうした構造が受け継がれることはないと断言できる。

あなたのテキストはシリーズ化して利益を最大化することが潜在的に求められる。ライトノベルのように強固なキャラクター性を持っていなければならない。物語性は必要だが、間違っても物語を終わらせてはならない。そして、読者を選ぶようなことはせず、大きな需要を掴まなくてはならない。この商売は薄利多売なのだ。

出版物として流通する場合

あなたのテキストが本として流通する場合、ある程度高級でなくてはならない。ただし、あなたのテキストが高級であるということは、文体が雅文調であるとか、語彙が豊富であるとか、登場人物の数が多いということとではない。高級な本とは、制作するためには負荷の高い本のことである。概ね次のいずれかの条件を見たしている必要がある。

  • 入手困難な情報が掲載されている(専門的な知識・外国語など)
  • 分量的に圧倒的な大著である

あなたがどのような書き手であるにせよ、こうした本を月に一回出版することはできないだろう。せいぜい数年に1冊といったところだ。あなたがこの市場で生計を立てることはよほどの幸運に恵まれない限り難しい。生まれながらの貴族であるか、ジェイムズ・ジョイスのような友人に恵まれていない限り、何か別のことで生計を立てる必要がある。欧米のファインノベルの書き手はほとんどが大学教授であることは有名な話だが、この傾向はますます強まっていく。もっとも、日本では大学教授という職種自体がすでに狭き門となりつつあるので、これから大学教授になろうと思うのはあまりよい選択ではない。なにか楽をして生計を立てる方法があればよいのだが、それは私の力量にあまるので、適宜考えてほしい。

忘れてはならないのだが、この市場は縮小していく市場である。制作の負荷を上げることには限度があり、もう何十年もイノベーションは起きていない。あなたには『ユリシーズ』のような作品をより「高級に」するためのアイデアはあるだろうか? 私にはない。

電子書籍が破壊するもの、つまり我々が失うもの

あなたがテキストを紡ぐ人間である以上、その商売の実体は紙の書籍しかなかった頃と本質的には変わらない。多くの人間を相手に薄利多売を狙うか、一部の人間を相手に高い利益率の商売を行うか、いずれかである。ただその程度はより先鋭化していくということだ。少なくとも、「価格帯」という点に関してはこの予測はそれほど外れないだろう。

出版産業がどのように変化していくかは、あなたのテキストにとって重要な問題である。市場が変われば書くべきことは変わる。今回は価格という側面からのみテキストがどのように変質するかを考えてみたが、破壊されるのは紙の書籍ではない。

この文章では「電子書籍が破壊的技術であるか」という仮定の元に話を進めたが、真の破壊的技術は電子書籍ではなくインターネットであり、破壊されるのは紙の書籍ではなく出版産業である。誰かの書いたテキストを本として買い、読むことができるというのは紙の書籍のみからなるのではない。たとえば書店がそうであり、取次、印刷、広告などといったすべてのシステムを包含して出版産業は成り立っている。そのいずれもが技術革新によって大なり小なり破壊されつつあるというのが現状だ。破壊的イノベーションによって市場が刷新されることは、世界をよくするかもしれないが、我々が何かを失うということも意味している。そしてまずいことに、我々は何を失うのか、まだよくわかっていない。「私は本の何を買っていたのか?」といった問題などについても、もう少しよく考えてみる必要があるだろう。これについては次回以降もう少し深く掘り下げてみたい。

2012年4月18日公開

作品集『メタメタな時代の曖昧な私の文学』第5話 (全21話)

© 2012 高橋文樹

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