あなたのテキストは人間が読むようなものではない

メタメタな時代の曖昧な私の文学(第2話)

高橋文樹

エセー

2,396文字

いまあなたのテキストは文学的か否かというよりもまず、「いいゴミか悪いゴミか」を問われることになっている。それを知った上でなお、あなたが紡ぐテキストの価値は残るだろうか。

誰にも読まれないことを期待して書かれているテキストというものは、ありそうで、ない。暗号でさえも最終的には解読されることを期待している。優れた書き手は自分のテキストの読者を想定できるそうだが、あなたはどうだろうか。読者を上手く想像できているだろうか。ともあれ、読者を想像できているということにしておこう。その場合、あなたは残念な事実を知ることになる。インターネット上でテキストが流通する時代、あなたのテキストを最初に読むのは、人間ではない可能性が高い。

蜘蛛達がテキストを味わうことなく食べた後に

なんとしても最初は人間に読んでほしいという意地っ張りでない限り、あなたの最初の読者は「クローラー」と呼ばれるロボットであるし、ロボットであるべきだ。これを理解するためには検索エンジンの仕組みを少し学んでおく必要がある。

Googleはインターネット上に大量のクローラーと呼ばれるロボットを放っている。「ロボット」といっても実態を持っておらず、ウィルスのようなものだと思ってもらっていい。このロボットはありとあらゆるWebページを読み、それを保存する。リンクがあればそれを辿り、その先も保存する。ちょうど、サルトルの『嘔吐』における「独学者」がアルファベット順にすべての本を読んでいったように、ありとあらゆるWebページを読んで記憶していく。

その結果がゴミの山になるということはすぐにわかるだろう。実際に、ほとんどすべてのテキストはゴミみたいなものだ。もちろん、Google創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはそのことに気づいていた。彼らが考えたのはゴミの山をいいゴミと悪いゴミにわける方法だった。計算機科学科の院生だったペイジとブリンは論文の評価方法を採用した。論文は引用された回数によって評価が上がる。つまり、他人から言及される回数の多い論文はいい論文、というわけだ。こうした「他者による評価」はGoogleの検索結果に「ページランク」として反映された。その結果を人々がどのように受け入れたかは、現在のGoogleがどんな企業になったかでわかるだろう。Googleは便利だった。事実、ほとんどのWebページにおいて検索エンジン経由のアクセスは70%と言われている。あなた方はある特定のWebサイトを見るとき、URLを直接入力するだろうか。それともブックマークをクリックするだろうか。もしかしたら、破滅派を見るために「破滅派」と検索していないだろうか。

さて、論点を整理しよう。あなたのテキストはGoogleの放ったクローラーたちによって食べられた後、Googleのデータセンターで吟味される。おまえはいいゴミか? 悪いゴミか? あなたのテキストが文学的に価値があるのか、人の心を揺さぶるのか、そんなことは関係ない。人間よりも先にデータセンターで吟味され、序列化されるのだ。

異端審問は結局行われる

一番はじめに自分のテキストを読んだ機械が自分のテキストを無価値だと判断しても、心揺さぶられる人はきっといる——あなたはもしかしたら、そう思うかもしれない。だが、あなたのテキストが機械に無価値と判断されることによって、あなたのテキストに心揺さぶられたであろう人があなたのテキストに辿り着けないというパラドックスが生じる。

SEOという言葉がある。この Search Engine Optimization ——検索エンジン最適化——は一大産業となっており、ある特定の言葉の検索結果で一位を獲得するために月数百万円が支払われるということもザラだ。あるテキストに価値付けを行う基準があるとすれば、当然その基準に沿ったテキストを出そうとするのが人間の業だ。

それでもなお、自分のテキストに辿り着く人はきっといる——あなたはそう思うかもしれない。いいだろう。そういうこともあるだろう。だが、一つ聞きたい。あなたのテキストにはなんの作為もないのだろうか。いま人々が話題にしようとしているものをそれとなく取り入れていないだろうか。あなたのテキストにSEO的なものはまったくないのだろうか。あなたのテキストにようやく辿り着いた人が手にする「いいゴミでも悪いゴミでもないもの」はあなたのテキストの中のどれだけの割合だろうか。

結局のところ、異端審問は行われる。あなたのテキストは機械的に峻別され、あらかじめ判断される。これはいいゴミか、悪いゴミか。ゴミとしてどう輝くか、それがテキストに課されているといっても過言ではない。あなたのテキストが「美容」「食料」といった多くの人々が関心を持つ大きなゴミの山にあるのか、それとも「東京都 世田谷区 タイ料理」「20代 不倫 結婚」という特定の人々しか関心を示さない小さなゴミの山にあるのかは問題ではない。ゴミの山の頂上だけがゴミではないということだけが真実なのだ。少なくとも、いまのところは。

審問官の限界

さて、ディストピア的なテキスト受容を課される現代において、あなたが唯々諾々と異端審問官の欲するままにテキストを紡いでいかなければならない、ということはない。少なくとも、現代の機械達はそれほど賢くない。Googleがすべてではないということをあなたも知っているだろう。学者が作ったGoogleを学者以外の者すべてがありがたがるということはない。

検索というアクションがWebサイトにおけるトラフィック——人々の移動——のかなりの部分を占めていることは事実だ。だが、この勢力図は少しずつ変わりつつある。中世においてついに魔女裁判が行われなくなったように、いまだ野蛮の状態にあるインターネットも少しずつ知性に目覚めつつあるのだ。古い知性は野蛮であり、新しい野蛮が知性である。この鍵はGoogleにFacebookを対比させることで鮮やかに浮き上がることだろう。

2012年2月28日公開

作品集『メタメタな時代の曖昧な私の文学』第2話 (全21話)

© 2012 高橋文樹

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