日本肛門日光浴推進協議会

眞山大知

小説

4,172文字

俺の使命――それは、日本に肛門日光浴を広めること! 若きビジネスパーソンの汚らしい挑戦!

※急激に天気が変わり、頭痛と吐き気に襲われながら書いた作品です。話としてうまくまとまってないかもしれないですがご容赦願います。

竹芝に新築されたオフィスビルからは、朝日に輝く東京湾が一望できる。この5階のオフィスは昨夜までがらんどうだったのに、業者が徹夜で設営してくれたおかげで、定時に始業できた。
 午前9時。俺はオフィスの入口に立ち、マスコミのカメラのフラッシュを浴びながら、木製の、1メートルほどの看板を壁にかけた。
 看板には「日本肛門日光浴推進協議会」の文字。厚生労働大臣が直々に揮毫された、味のある字だった。
 ここが、今日から日本肛門日光浴推進協議会の本部になる。身の引き締まる思いだった。思わず唾を飲みこむ。日本最大の広告代理店・日広エージェンシーに入社し、たった8年で、1000億円を超える金が動く大規模イベントを取りしきるのだから。
 カメラのフラッシュの光る方向を向き、蕩けるような笑顔を振りまく。国民への理解活動は大事だ。
「それでは、なぜここに協議会の本部を置いたかをご説明いたしましょう」
 記者たちに語りかけ、オフィスの窓辺に連れていく。幅100メートルの大窓の傍には、時給5万円で雇った老若男女が全裸で床に寝ていて、目をキョロキョロさせていた。
「それでは皆さん、よろしくお願いします!」
 俺が呼びかけると、老若男女はでんぐり返しをした直後のように体を縮こめ、脚を大きく広げると、天井へ向かってピンと伸ばした。たちまち、数え切れないほどの肛門が顕になった。その肛門は爽やかな朝日に照らされていた。
「東京湾を一望できるこのオフィスは、肛門日光浴をするのに最高の環境だからです!」
 俺が振り返りながら言うと、記者たちは、嘲笑と侮蔑と驚きの混じった顔を晒していた。
 ――肛門に30秒日光を当てると体のエネルギーを高め、快眠をもたらし、思考がクリエイティブになる。海外のインフルエンサーがInstagramで提唱した肛門日光浴健康法は、いまや莫大な金を生む令和日本の救世主だ。
 与野党の長老たちがなぜか肛門日光浴にハマり始め、超党派で議員連盟を設立。健康増進法の関連法律として「肛門健康の推進に関する法律」が議員立法で提出され、異例の速さで可決された。
 そして、日本国民へ、いや、世界各国の国民へ肛門日光浴を啓蒙する活動として企画されたのが、世界肛門日光浴フェスだ。厚生労働省はお台場、江の島を舞台に、参加人数10万人規模の世界最大規模の肛門日光浴フェスを計画。日本肛門日光浴協議会は、そのフェスの準備事務局として創設された。
 記者のひとりが吹き出してしまった。ああ、いまはこれでいい。この肛門日光浴が社会常識になれば――わが日広エージェンシーがテレビ、ラジオ、新聞、ネット、SNSを駆使し社会常識だと刷りこめば、大手マスコミの正社員だって、趣味のサウナや蕎麦打ちを喜んで肛門日光浴に変えてくれるだろう。流行は勝手に生まれるものでない。我々、日広エージェンシーがつくるのだ。
 取材が終わると、記者たちは、ぎこちない顔をして去っていった。オフィスはまだ設備が完全に整備されていなかった。白い事務机に、ノートパソコンだけが置かれ、厚生労働省、東京都庁、神奈川県庁、日広エージェンシーから出向してきた職員たちが、忙しげに動いていた。
 オフィスの隅、協議会の理事室へ行く。にこやかに出迎えてくれた、浅黒く、がっちりした風貌の阿那留あなる理事が出迎えてくれた ――日広エージェンシーでは、俺の直属の部長だった。
 阿那留理事は俺の肩を叩いた。
「さあ、決目土けつめどくん! ここが新しい君の城だ。俺は名前を貸すだけだ。努力しなさい」
 俺は深々と頭を下げた。
「大変嬉しく思います。全身全霊をかけて、肛門日光浴の普及に取り組んでまいります」
「その意気だ! 人を殺す以外なら何をしてもいい。ここから、日本に肛門日光浴を広めてくれ。これは大臣、いや総理の肝いりだから。総理もな、こっそり首相官邸の中庭で肛門日光浴をしていると聞く」
 顔をあげる。阿那留理事はなぜか遠い目をしていた。
「そういえば君は……、マイナスイオンって知ってるかね」
「ええ、わたしがまだ小学校にも入ってない頃に流行りました」
「アレも日広エージェンシーが広めたんだよ。健康番組で『癒し効果がある!』って宣伝したが、正直言って科学的根拠が薄い。 それでもマイナスイオン機能をつけた家電は爆発的にヒットしたんだが、結局下火になった。なんでだと思う?」
 もちろん、伊達に日広エージェンシーの社員――日広マンをしているわけではない。理由は知っている。
「政府が邪魔してきたんですね?」
「ああ、景品表示法が変わって、根拠があいまいな健康商品が売れなくなったんだ。当時、私は新入社員だった。自分の関わった仕事がみるみる萎んでいくのは、とても悲しかった」
 阿那留理事はポケットに片手をつっこみ、もう片方の腕を振り上げた。
「だがな、今回は政府のバックアップがある。法律もある。さあ、2年後、大阪万博の次は世界肛門日光浴フェスだ。お台場と湘南の海岸を、肛門で埋め尽くすぞ!」

 

 

 

 

 売り物は誰でも、どこでも使えることが大事だ。日広エージェンシーが議員先生たちにお願いすると、わいせつ物陳列罪が即刻廃止された。
 それに、売り物は季節を通して使えたほうがいい。――商材に季節を感じさせない。日広マンが、新人時代から徹底的に叩きこまれる戦略だ。
 春は花見がてらに肛門日光浴。夏はラジオ体操のあとに肛門日光浴。秋は、運動会の組体操に変わって肛門日光浴。寒い冬にどう肛門日光浴をさせるかが課題だったが、乾布摩擦の代わりの手段として広めることにした。――人は本能で怪しい健康法を求めてしまう。秦の始皇帝だって、水銀を健康のためと飲んでいた。
 連日連夜、1日18時間も働き続けたおかげで、1年経つと国民は完全に「洗脳」されきっていた。
 だが、俺は一度も肛門日光浴をしたことがない。当然だ。自分の売る商品に惑わされる商人は、少なくても一流ではないのだ。
 夜9時、竹芝からタクシーチケットを使って帰宅する。こんな早い時間に帰るのは1年ぶりだ。
 花束を抱えながら、ジャパンタクシーのドアガラス越しに、夜の東京を眺める。
 祝田橋から内堀通りを北上。皇居外苑には楠木正成の、たくましい銅像がライトアップされて、その傍には、全裸で肛門を晒している若者たちが芝生に寝転がっていた。最近は夜が遅いビジネスパーソン向けに肛門月光浴を流行させている。
 衰退する日本社会にとって、今回のフェスは、貴重なドル箱だ。厚生労働省から700億、再委託して日広エージェンシーへ。再委託率はいつも通り95パーセント。日広エージェンシーはもちろん下請けに発注。9次受けまで存在する。
 公金チューチューと罵られてもいい。この正解のない時代は、伝統や倫理を守って食べてはいけない。そんなのものを守っていたら、たちまち会社が潰れる。社会は厳しい。ビジネスパーソンとして生き残るなら、どんな手段を使ってでも勝たなければならない!
 そう物思いにふけっていると、タクシーの運転手が話しかけてきた。
「あれ、ニュースに出てきた決目土さんじゃないですか。わたしも、家内に誘われて肛門日光浴をしていますよ」
「ありがとうございます」
「花束は誰に?」
「ええ、妻に」
 つい、口元が緩んでしまう。今日は、結婚記念日だった。
 しばらくしてタクシーは西新宿のタワマンに到着した。タワマンを昇り、玄関を開ける。部屋は真っ暗だった。電気をつけると、リビングのダイニングテーブルの上には、結婚指輪と、妻側が書かれた離婚届があった。
 なんだ、どういうことだ……。
 そばにあった置き手紙を読む。「仕事人間のあなたとは未来を築けない。子どもと一緒に実家に帰ります」と震えるような字で書かれていた。手紙は、ところどころ、濡れていた。
 脇には、ドーナツ状のクッションが大小2つ置かれていた。肛門日光浴用のクッションだった。

 

 

 

 

 2026年の夏がやってきた。今日は世界肛門日光浴フェスの最終日。江の島を望む片瀬西浜海水浴場は、全裸の老若男女が埋め尽くされていた。チケットの売上から計算すると人数は約73000人。会場の傍らには海外から来た観光客たちが、見世物を眺めるような、蔑みに満ちた視線を浴びせていた。
 メインステージには既に素っ裸の傑穴けつあな総理大臣が既にスタンバイしていた。その隣には、阿那留理事も、全裸で寝っ転がっていた。
 2人の傍へ行く。カメラ写りのいい場所へ移動するようお願いすると総理大臣が直々に、問いかけてきた。
「決目土事務局長。せっかくですから肛門日光浴をやりましょうよ?」
 なんだって。実は、このフェスが肛門日光浴を堂々とできる最後の機会になる。日広エージェンシーの企画局によると、このフェスは売上も多いが経費がかさみ、利益が出なかった。儲けが出ないビジネスには国会議員たちも厚生労働省も、もう見向きもしない。今後、肛門日光浴はどんどん衰退させる予定だという。
 流行らせるのは我々、流行りを終わらせるのも我々だ。
 ふと、阿那留理事が、新人時代に俺に叩きこんだ言葉を思い出した。――商品に惑わされる商人は三流だが、商品を試したことのない商人は五流だ。
「ええ、わたしもやりますよ」
 服を脱ぎ、全裸になる。ギリシャ彫刻のように、なまめかしい筋肉が、湘南の暑い熱風にさらされた。独身に戻って、何もすることがなかったので、ひたすら、職場近くのジムで体を鍛えていたのが功を奏した。日光に照らされ光り輝く俺の肉体は、総理よりも理事よりも、はるかにたくましい。どこからか、女の子たちの嬌声が聞こえた。完璧だ。カメラ映りもいいだろう。ああ、最高だ。
 床に仰向けになって体を縮めると、会場に、子どもの可愛らしい合唱が流れ始めた。曲名は「KOO-MON-SUN」。フェスのテーマソングだ。
 テーマソングのサビに入ると、73000人の股が一斉に開いた。理事も開いた。総理も開いた。俺も股を開き、湘南の、どこまでも透き通った青空へ向かって脚をピンと伸ばした。日光が俺の肛門に当たった。
 ああ、えっぐい。気持ちいい……!
 思わず喘ぎ声が出てしまうと、隣から、総理がクスクスと笑った。
「さては、今までやったことがないのですね? 初めてすると、気持ちよすぎて、喘いでしまうんですよ」

2024年4月12日公開

© 2024 眞山大知

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