アボちゃん

合評会2023年01月応募作品

眞山大知

小説

2,751文字

「アボカドを醤油で食べるとマグロみたいな味がする」って、いったい誰が言い始めたんでしょうね?

 社長室の椅子から窓越しに夜の東京を眺めていると、ドアからノックする音が聞こえた。
「入れ」
 命令すると、ドアが申し訳なさそうに開く。入ってきたのは経理課長の横山。東大卒で、青瓢箪に手足が生えたような、不気味なヤツだった。普段から青白い顔はさらに青ざめ、決算報告書を持つ右手は小刻みに震えていた。見るだけでも気持ち悪い。
「手短に言うぞ。このままじゃ破産だ!」
 怒鳴りながら立ち上がる。デスクから東証グロース上場記念のブロンズの盾をつかんで、横山に投げつけた。
 この会社は俺の城だ。俺の思い通りにさせてくれなきゃ、家族でも殺す。
「銀行から金を借りるぞ。粉飾決算してでも、数字をよくみせろ。それでも借りれなかったらな、お前を殺してやる!」
 そう罵りながら横山に近づき、蹴り倒す。元サッカー選手だから蹴るのは得意だ。
 引退後、30歳で健康食品会社を立ち上げた。アボカドをぎゅっと濃縮し、サプリメントにして売った。ビジネスは面白いように軌道に乗って成功した。
 だが、設立5年目の今年、急激に売上が減った。なんでだ。わからない。俺のせいじゃない。とにかく、横山に責任を取らせよう。クビだ、クビ。これで経理課長も何人目だよ。マジで使えねえ。
 舌打ちした。横山が立ち上がった。横山の目はギラつき、口元から微かに声が漏れている。
「なんだ、俺を殺すつもりか?」
 茶化しても、横山は何も言わなかった。横山はそのまま振り返り、社長室を出ていった。
「バカじゃねえの。陰キャがイキってんじゃねえよ」
 無意識に言葉が出た。クソ。ため息をつく。
 ふと、壁際の棚を見る。棚の中に、会社のマスコット、「アボちゃん」のぬいぐるみが鎮座していた。
 アボちゃんは金髪でギョロ目、厚い唇をしたアボカド。現役時代の自分に似せている。大きさ1m強のぬいぐるみに近づくと、股が数cm裂けていて綿が飛び出ていた。
 いけない。縫い直さなければ。この中にあるものを見られたら、一巻の終わり。
 慌てて裁縫道具を探したが見つからない。まあいい。明日縫えばいい。股の前に、ブロンズの盾を立てて隠す。
 今日はもう帰ることにしよう。社長室を出て、オフィスを横切る。社員たちはみんなパソコンに向かい、誰も挨拶してこなかった。

***

 アウディを乗り回して、豊洲のタワマンに帰る。家のドアを開けると、目の前にクラッカーが浮いていた。一斉に乾いた音が鳴る。チープな紙吹雪が舞った。
 ああ、そうか、今日は俺の誕生日。サプライズパーティーか。
 クラッカーを持っているヤツらの顔を、ようやく認識した。使えないヤツは切り捨てて、人間関係をコロコロ変えているから、他人の顔なんていちいち覚えられない。
 唯一、彼女の春香だけは顔を認識できた。ド田舎で改造車を乗り回すギャルみたいな顔をしている。都会には滅多にいないタイプだから分かりやすい。
「陽一、誕生日おめでとう!」
 春香が満面の笑みで声をかける。
「サプライズか? まあ、嬉しいよ。ありがとう!」
 もういい。仕事は忘れて、どんちゃん騒ぎをしよう。
 私服に着替えて、洒落たダイニングキッチンで友人たちと飲む。自撮りをInstagramにあげながらビールを飲むと、春香が赤ワインを片手に話しかけてきた。
「ねえ、女体盛りって興味ある? アボカドを醤油で食べるとマグロみたいな味がするでしょ。わたしの体にアボカドを盛って、醤油で食べる。いい案でしょ?」
 春香はゲラゲラ笑った。息が酒臭い。相当酔っているようだ。
 アボカドで女体盛りなんて、ふざけているにもほどがある。けど、やってみたい。俺もノッてやろう。
「おお、食ってやろうじゃねえか。じゃあ、脱げよ」
 春香はうなずくと、びっくりするほど素早く服を脱いだ。友人たちが歓声をあげるなか、全裸の春香はダイニングテーブルに上がって、堂々と横たわった。
「ほら、盛ってよ」
 春香は大皿を指さした。大皿にはアボカドの切り身が山のように積まれていた。友人たちと手分けして、アボカドを春香の体へ丁寧に盛りつけた。春香の全身は一面が淡い緑の切り身に覆われた。
 箸を持って、アボカドをつっつく。春香は箸が体にあたるたびに、嬌声をあげ、熱い吐息を吐いた。クソ。エロいんだけど。ムラつく。チンコが勃った。
 アボカドを小皿の醤油につけて食べる。濃厚な脂が、口の中に溶けていく。さらにチンコが勃起する。至高。幸福。興奮。アボカドを食べる時だけ、俺は生を実感する。
「みんなで食卓を囲むなんて、田舎みたいだな」
 友人のだれか一人がぼそっと呟いた。すかさず反論すした。
「田舎の家族なんて、ろくでもないぞ。アボカドを食べさせてくれないし」
 生まれ故郷には憎しみしか無い。北陸の雪深い田舎、イオンとパチンコ屋しかない町。ガキの頃、イオンのみみっちいフードコートで母にアボカドを食べたいと言ったら、「そんなものは東京にしかない」と怒られた。アボカドが死ぬほど食べたかった。東京へ行きたかった。だからサッカーを死に物狂いで頑張って、スポーツ特待生で都内の大学に入れたんだ。
 アボカドがあったから、俺の人生は成功できたんだ。感謝。感謝。大感謝。感謝の心で、最後の一切れを口に入れる。
 女体盛りを全て食べ尽くすと、春香が突然叫んだ。
「わたし、いいこと思いついた! アボカドの種を出産したい!」
 春香はそう言うと、どこからともなくアボカドの種を取り出した。春香は躊躇いなくM字開脚して、股の割れ目に種をねじこみ始めた。種はすんなりと膣に入って、春香の腹の中に吸いこまれた。
「それじゃあ、出産するよー。えーい!」
 春香の間の伸びた声とともに、膣口から勢いよく種がこぼれた。友人たちは一斉に爆笑した。種はころころと可愛く転がり、テーブルから落下した。
 腹を抱えて笑っていると、インターホンが鳴った。なんだろう。モニターへ近づくと、ディスプレイの向こうには警官たちが立っていた。ああ、やっぱりバレたか。一瞬で酔いが醒める。
「田原陽一さんですね? あなたの会社の社長室から、死体が見つかりました。アボちゃんでしたっけ? YouTubeを観るたび広告にうんざりするほど出てくるので記憶に残っています。経理課長さんがアボちゃんのぬいぐるみを怒り狂って引き裂いたら、アボちゃんのお腹からミイラが出てきました。詳しい事情を聞きたいので署まで任意同行を願います」
 社長室に鍵をかけ忘れたのだろう。どこか他人事のように思いながら、マイクに向かって呟く。
「そのまま逮捕してください。あの死体はわたしの元妻です。家でアボカドを食べさせてくれなかったから、殺しました。アボカドになってくれれば、あの世で反省するかと思いまして、アボちゃんに詰めこんでいました」
 背後から、コロコロ音がする。また、春香が種を出産したのだろう。チンコはもう勃っていなかった。

2023年1月12日公開

© 2023 眞山大知

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"アボちゃん"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:04

    急にミイラが出てきたけど、よくわからなかった。田舎でアボカドを食べさせてくれなかった母親と元妻が彼にとって同じような存在だったということか? みずから衆人環視の女体盛りを提案し、種を性器に詰めるプレイまでしてみせる春香がどこまでも薄っぺらくステレオタイプ的なビッチとしてしか描かれないのが逆に新鮮。

  • 投稿者 | 2023-01-27 00:26

    面白かったです。某芸人さんがキャビアを食べた時に自分が売れたことを実感したみたいな事を言ってましたが、この主人公にとってのアボカドもそんなものだったのでしょうか、どちらも自分はあまりピンと来なかったりするのですが、作中のディテールひとつひとつが主人公の異常性を演出していてよくもこんな嫌な人間を書いたものだと作者の力量を感じました。

  • 投稿者 | 2023-01-27 08:37

    この会社は俺の城だ。俺の思い通りにさせてくれなきゃ、家族でも殺す。っていうのと、ド田舎で改造車を乗り回すギャルみたいな顔をしている。っていうのが最高ですね。最&高ですね。いかついですねー。

  • 編集者 | 2023-01-27 13:35

    これがタワマン文学ですね。経営者の頭悪い感じと語彙力のなさが語り口で一致していて良かったです。

  • 投稿者 | 2023-01-27 15:19

    アボカドにのみ執着して、自分の周りの人間をろくに識別できない主人公
    恋人が逮捕されようが、かまわず種を産む春香
    女体盛りを前にして、みんなで囲んだ田舎の食卓を想起する”友人”
    お互いに全く噛み合わない雰囲気が狂気に満ちてるなと感じました。
    唯一主人公の言動にきちんと震えられた横山氏が、「蒼瓢箪に手足が生えたような」見た目も含めて個人的には一番気になりました。

  • 投稿者 | 2023-01-27 19:54

    共感も同情もできない主人公ですが、狂気のアボカド愛だけはしっかり感じました。女じゃなくてアボカドに欲情してるっぽいし。
    アボカドの実はヌルヌルしているから綺麗に女体盛りできるかな、とか余計なことを考えてしまいました。箸でつまむのも結構難しいし。
    「ド田舎で改造車を乗り回すギャルみたいな顔」、これ私も好き。

  • 投稿者 | 2023-01-27 20:28

    アボちゃんから出てきた死体が元妻なのが意外&やや唐突でした。アボカドを食べさせてくれなかった母かなと思ってたので。
    アボカドの種出産は斬新ですね!
    アボカドにまみれながら種を産む春香はアボカド人間ですね。アボカドが愛されていることを知っての行動だとしたら切ない……。

  • 投稿者 | 2023-01-28 19:21

     時系列を守り、短い時間枠で物語をまとめており、掌編小説の基本ができている。文章も平易で判りやすく、場面を想像しやすい。/死体遺棄の話と狂乱的なパーティーの話に分裂している印象を受けた。関連性を持たせる構成を考えたい。/死体を大きなぬいぐるみに隠したら、たちまち腐敗が進んで異臭を放ったり腐った体液が染み出てくるはず。なぜミイラ化したのかなどの説明がほしい。

  • 投稿者 | 2023-01-29 05:21

    とても面白かったです。描写も生々しくて良い。最後に元妻が唐突に出てきた感じがするので、何か伏線が欲しかった気がする。

  • 投稿者 | 2023-01-29 15:30

    逆にここまで、誰かの侮蔑と憎悪と反知性を捏ねて作ったような、テンプレみたいな人物がいるのかレベルで新鮮でした。村上龍の69とかトパーズあたりにでてくるヤバいやつらを彷彿とさせます。

  • 投稿者 | 2023-01-29 20:20

    誕生パーティが最高に頭悪そうでよかったです。ミイラにしたのはそれほど恨みを持ってアボカドに閉じ込めておきたかったからなんでしょう。

  • 投稿者 | 2023-01-30 10:02

    最近はヤンキーやパリピではなく、ヤリラフィー(やりらふぃー)(略称らふぃー)と称されるウェーイ文化が大変生き生きと描かれていて、生来の陰キャである自分には眩しすぎて直視できませんでした。アボカドにわさび醤油をつけてもマグロの味はしませんが、プリンに醤油をつけるとウニの味になります。

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