弔辞

眞山大知

小説

2,144文字

ふざけた夜の女王様と図太い性格の心臓に爆弾抱えた病人が、ゴミの山から「愛」を見つける話です

弔辞

お父さん、ごめんなさい。丸の内でOLをやっていたって話、実は嘘です。大嘘です。お父さんは生きているとき、「そのうち三井か三菱のエリートが婿に来る」と呑気なことに言っていましたが、それは無理な話です。正直に全部告白します。お父さんも、真実は知ってるでしょう?
勤め先は丸ビルじゃありません。上野のちいさな雑居ビルです。仕事は経理じゃありません。財布の中身すらまともに管理できません。御茶ノ水の簿記の学校は、単位が足りず辞めました。お父さんに学費を払ってもらいましたが全部無駄になりました。ごめんなさい。
深夜まで働かされたのは本当です。なにせSMクラブの女王様ですから。2メートルのX字架に男を磔にして皮膚が真っ赤になるまで鞭打つ。これが本当の仕事です。
お父さんが亡くなった夜、わたしはベンチャー企業の社長さんを責めていました。社長さんは酒が弱いのに、その夜はウォッカを注文していました。専務に会社の金を持ち逃げされたらしく、グラスに一切口をつけずにずっと泣いていました。哀れでした。慰めてやろうとX字架に磔にしたあと、鞭を打ちながら前立腺を責めました。言葉責めもしてあげました。
お父さん、機嫌が悪いとわたしに向かって罵詈雑言を吐きましたよね? あのとき言われた言葉をそのまま社長さんへ吐いたら、赤ん坊のように泣き出して、おもらししました。チップもはずんでくれました。お父さんの言葉は、仕事に役立っています。
休憩中にバックヤードでスマホをいじっていると、電話がかかってきました。お母さんからでした。スマホ越しにお父さんが死んだと言われました。大動脈瘤が破裂してすぐ逝ったそうですね。「医者の不養生かよ」と思いました。
水戸の郊外、電車は一時間に一本しか来ない田舎で医院を経営するのは大変でしたでしょう。先祖は藩の御典医? 地元の有志? お母さんの家系はそうですが、お父さんはどれだけ取り繕っても所詮土浦のれんこん農家の息子。
お父さんみたいな見栄っ張りな人はわたしの客にいくらでもいます。みんな、傷ついた心を隠そうと、虚勢を張っていました。女王様のわたしの前ですら、心のほんとうの底を明かさないです。客は、身の丈に合わない金や権力を狂ったように追い求め、東京のコンクリートジャングルでのたうち回っていました。
お父さんは東京出身の人を見るたびに「東京モンが」と罵っていましたね。あれは自分が田舎者だってコンプレックスを隠そうとしていたんですね。それなのに、わたしが東京に出ると言ったとき、すぐ首を縦に振ってくれました。もしお父さんが首を横に振ったら、わたしはただのヤンキーで一生を終えたでしょう。
お盆に帰ったときのこと、覚えていますか? わたしは豊洲の意地汚い証券マンにストーカーされ、逃げるように実家へ帰りました。十年ぶりの実家は、ゴミ屋敷になっていました。お母さんが出ていったらこうなるってどうしてお父さんはわからなかったんですか。キッチンの床にはウイスキーの瓶がゴロゴロ転がっていました。お母さんの使っていたエプロンもその側に落ちていました。
キッチンとリビングを掃除してあげたあと、お父さんとお墓参りに行きましたね。すこしふらふらして歩いていました。今おもえば、心臓に爆弾を抱えていたんですね。
お父さんが診察に行っているあいだ、書斎を掃除しました。埃まみれの汚い本棚を整理していると、日記の山を見つけました。お父さんが日記をつけているなんて初めて知りました。こっそり読んでしまいました。
「女の子が生まれた! 人生の喜び」
「命名 遥。素晴らしい娘」
「七五三。晴れ着姿の遥が可愛い。いい子に育ってくれ」
「反抗期。遥が生意気になった。絶対間違った道へいかせてはいけない」
「遥が東京にいきたがっている。全力で応援する。遥は田舎に縛られていい娘じゃない」
「裏切られた。せっかく東京に出したのに、学校を辞めてしまったらしい。厳しくしつけたからか。後悔」
「SMクラブの女王様になっただと。ふざけんな。しっかり生きてくれ。やけ酒。瓶を二本あけた」
お父さん、丸の内のOLって設定、無駄じゃなかったですか。女王様になったこと、知っていたんですね。普通の父親なら、娘を絶縁します。でもお父さんは、知ってしまってもわたしのことを見捨てなかった。図太いですね。不器用ですね。
その夜、お父さんはわたしの前で、ウイスキーをあけながら顔を真っ赤になったり、真っ青になったりしていましたね。しきりに「許してくれ」と泣いていました。お父さんは愛することも、愛されることも、下手くそだったんだと悟りました。
東京に帰ったあと、新しいクラブに勤めだしました。医者の客を縛り付けるたび、お父さんのことを思い出していました。年末、茨城に帰ったら、しっかり話しあおう。そう思っていたのに、お父さんは突然逝ってしまった。なんでですか。身勝手です。わたしが話す前に、勝手にいなくならないでください。
最後にひとつ、言葉責めさせてください。サービスです。こんなセリフ、客に吐いたらもちろんお金をとるんですよ?
「卑しいジジイだな。わたしにゾッコンなくせに、愛してないフリをして。お仕置きが必要ね。天国で何十年もおとなしく待ってろ!」

令和4年 10月2日
喪主  根本 遥

2022年10月2日公開

© 2022 眞山大知

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