USB売りの少女

眞山大知

小説

2,405文字

Twitterにあげた童話。そういえば、ルノアール最近行ってないなあ……。

 令和の日本にマッチ売りの少女はいませんが、USB売りの少女ならいます。
「このUSBメモリ、買ってくれれば絶対に儲かるから。代金の50万なんて、すぐ回収できるよ。ね、買って? 損は絶対しないから」
 新宿駅の東口、ルノアールの青い椅子に少女は腰かけていました。大学の同級生の男に、USBメモリを50万円で売ろうとするところです。
 少女は念を押しました。
「USBを買う。家に帰ってパソコンを開いて、USBを刺す。動画があるから見る。動画を見るだけで、FXのトレーディングシステムが完全にわかって、毎月20%の利益を出せるようになるんだよ。買わないのは絶対損だよ」
 もちろん、そんなのは嘘です。詐欺です。絶対儲かる投資なんてありえません。
 空気が張りつめます。同級生の態度は煮え切りません。同級生は下を見たまま、目をキョロキョロさせています。
 TBSさえ映らない田舎から東京に出てきて、奨学金を月12万円も借りている。そんな自分と同じような同級生を選んだのですが、さすがMARCHの学生。話がおかしいと察したようです。
 同級生は深々と頭を下げました。
「申し訳ないですが、用事を思い出したんで帰ります」
 同級生は返答を待たずにゆっくり立ち上がりました。少女はすぐに左を振り向き、隣に座る男へアイコンタクトを送りました。
 男は同級生の手をがっしりと掴みました。
「御足労おかけしてすいませんね。でも、あなたのため、あなたの輝かしい未来のためを思って言ってるんですよ?」
 男は詐欺師でした。これまた真っ青なスリーピースのスーツが、胡散臭さをさらに醸し出しています。
 あなたのためを思って。この言葉をいけしゃあしゃあと吐ける人間は、いちばん信用できません。
 同級生は黙って財布から1000円札を叩きつけると、すぐ席を後にしました。
 少女は男に問いかけました。
「どうしましょうか? 追いかけたほうがいいですか?」
「追いかけるな。所詮そこまでの男だよ」
 男は飲みかけのコーヒーを口に運びました。男の爬虫類のような目は、どこを見ているのかわかりません。
 同級生が飲みかけたウィンナーコーヒーは泡がへたっていました。

 男と別れたあと、少女は東中野閑静な住宅街を歩いていました。新宿や中野からすぐ近くなのに、あまりに静かな街。アスファルトのひびから雑草がひょろひょろと生えています。
 少女はアパートに入りました。4畳ロフト付きの部屋はあまりに狭く、うさぎ小屋を超えてシルバニアファミリーのお家のようでした。
 少女は化粧を落とさずに薄っぺらい布団に倒れこみました。枕元にはゲンガーのぬいぐるみ。その脇に、塗装が剥げたUSBメモリが転がっています。
 少女もUSBを買った人間でした。代金の50万円は、学生ローンを借りて捻出しました。投資しても、全く儲かりません。追証を支払うため、多額の借金を作った少女は、いまではUSBを売って生活しています。
 少女の心は潰れかけています。
(お母さんが学費を出してくれれば……。仙台の私立の医学部に行ったお兄ちゃんには湯水のようにお金をつぎこむのに、わたしには1円もくれない。お兄ちゃんがずるい)
 少女がスマホの画面を見ると、お母さんからメッセージが届いていました。

――隣の平川さんの娘、金沢大の医学部にいくんですって。それに比べて、あなたって子は。親の恩なんて考えないの? あなたのためを思って、立派な医者になるよう厳しく育てたのに。なんでわたしの許可なく東京へ出るの? あなたなんて、どうでもいい。わたしはお兄ちゃんに全てを託します。

「わたし、生きてていいの?」
 少女はゲンガーのぬいぐるみをを抱き抱えると、途端に泣きだしました。
 親というトレーナーたちが、子どもというポケモンを鍛え、他のポケモンをバトルさせる。学力、スポーツ、ダンス、プログラミング、eスポーツ。ポケモンに使用価値がなくなったらトレーナーは逃がす。というより、捨てる。
 ですが、子どもはポケモンではありません。逃がしたポケモンはトレーナーのことなんて秒で忘れるでしょうが、見捨てられた子どもは親を何年、何十年ずっと恨むでしょう。

 少女はひとしきり泣いた後、突然叫びました。
「こんな親、こっちから捨ててやる!」
 ゲンガーを強く抱きしめると、少女の頭の中にさまざまな思いがめぐりました。
 田舎から都会に出るぐらいの行動力があれば、人生は意外とどうにかなるものです。
 親からの連絡は全部無視しました。あっさり何も連絡が来なくなりました。
 少女は吹っ切れました。
 詐欺師の男には「実家に帰るからUSBを売ることができなくなる」と騙しました。それから何も連絡が来なくなりました。使用価値がなくなったら詐欺師はあっさり手を引くものです。
 大学の同級生の男には謝罪しましたが、さすがに大学に居づらくなり中退しました。
 あてもなく高田馬場のカフェでコーヒーを飲んでいたら、壁にアルバイトの募集のチラシが貼ってありました。
 少女はすぐ働くことにしました。個人経営のカフェで、店主から後を継ぐ約束で雇ってもらっています。昔気質の店主に怒られながら期待されながら働く日々を過ごすうち、少女の心のなかの重苦しい塊がゆるやかに溶けていきました。
 雪の降る日でした。少女がサイフォンでコーヒーを淹れていると、店の奥でなにやら話し込んでいる三人を見つけました。テーブルにはUSBメモリと契約書。契約書にハンコを押そうと手が震える若者。ネイビーのスーツを着た男は「お前のためだ、お前の成長のため、買うんだ」と話しかけています。
 少女はコップに水を注いで歩きだし、テーブルの真上でひっくり返しました。
 契約書もUSBメモリも水浸し。少女は三人に向かって言いました。
「失礼しました。それと、店内で詐欺の勧誘はおやめ下さい。従わなければ、通報しますよ」
 少女はUSBメモリを床に置くと思い切り踏みつけました。USBメモリは木っ端微塵になりました。
(了)

2022年11月23日公開

© 2022 眞山大知

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"USB売りの少女"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る