大学前ソープランド・素数館

眞山大知

小説

2,634文字

ボボボーボ・ボーボボの首領パッチが6に求愛されるシーンから着想を得ました. 理系の教科書や論文って句点のかわりにピリオド, 読点のかわりにコンマを使いがちなんですよね.

あれは2017年, 素数の年のことだった.
 通っていた大学の目の前に東急の駅があり, その駅舎の脇に, 今にも崩れそうな空き家があったのだが, キャンパスの桜が葉桜になったころに突然取り壊された. 近隣に住む下宿生たちは, 「ここにスーパーかコンビニが建つ」と勝手に想像し, 目を輝かせて, ユンボで崩されていく空き家を眺めていた.
 夏休みに入るころには立派な建物が完成していたが, 学生たちは天を仰いで膝から崩れ落ちた. 建物はコンビニでもスーパーでもない――ソープランドだった. だが, 普通の風俗とは一線を画していた. キャストは人間でなく, 素数だったのである.
「素数だーーーーー!」
 学生たちは築40年の講義棟のホールで涙を流し, 自然と万歳三唱をしはじめた.

 

 

 

 

 木枯らしが吹いていた. 金曜の夜, 理学部数学科の早坂は裳華房の数学書を抱えて, キャンパスの門を出た. 大学前の商店街を歩くと, 七色に光る建物が見えた. 屋上に掲げられた看板には赤い文字で「素数館」と書かれている.
 受け付けを済ませた早坂は待合室のふかふかのソファーに座り, あたりを見渡した. 妙な緊迫感が漂っていた. しかも, この店はオカシな客ばかりだった. 立ち並ぶソファーでは, 普通のソープランドにいがちな歯の抜けたジジイではなく, 目が細く青白い学生が数学書を読んでハアハアと息を漏らしていた. ――ここで待っている全員の目的は同じ. そう, 素数と獣のようにセックスしたいのである. 早坂は通い初めて三ヶ月. 今日はいつもの3ちゃんを指名した. 二番目に人気の子だった. ちなみに一番人気は2. 文字通り無限に存在する素数のうち, 唯一の偶数の子だからだ. レア度はSSRどころではない.
 数学書を開く. 現れた数式は相変わらずみなエロかった.
 そうこうするうちに呼ばれ, 待合室の奥, 薄暗い廊下に行くと3が立っていた.
「今日もよろしくお願いします」
 3は可愛らしい声で挨拶した. すでに早坂は我慢の限界だった. たちまち勃起した. 理系男子で素数に興奮しないヤツなんていない.
 個室に入ると3がツンツンとつついてきた.
「今日は女装してないんですね」
「ええ」
 数学科は女装する学生が多い. 素数館には女装してくると割引するサービスがあったが, 今日は大学から直接来たから着替える暇がなかった.
「妹たちがまーた金が無いって」
 3が愚痴った。妹とは5と7だった. 2, 3, 7は3つ子素数だ.
 服を脱ぎ, スケベ椅子に座る. 体を洗い, 風呂に入れられたあと, ローションまみれのマットに寝かせられ, 3は早坂の栄養失調のように痩せた体の上を, うねうねとうごめき, 妙に甘ったるい匂いを放っていた.
 3は安いコンドームを手早くペニスにかぶせ, 騎乗位になって凹みに挿しこむ. 3はpixivのエロ小説のように「お゛ッ♡ お゛ッッ♡♡」とエグい喘ぎ声を出すと, ぶるぶると震え, くぐもった小声を噛み殺すように抑えていた. ああ, これだ. 素数を犯している. 満足させている. ああ, 最高.
 腰を思いきり打ちつけられ, 早坂はあっという間に精子をdivした.
 射精後の賢者タイムでぐったりしていると3はいたわるように声をかけ, シャワーで早坂の体を丁寧に洗った.
「早坂さん……本当にごめん. こんなこと言っていいかわからないけど, 金がほしいの」
「どういうこと?」
「妹たちをどうしても大学に行かせたい. どれだけ稼いでも, ここの経営者はマトモな報酬を払ってくれない」
 3が耳元に近寄ってきて囁いた. さすがに出せる金額じゃなかった. 本当は断るべきなんだろう. だけど, 抱きついてきた3はあまりに健気で可哀想だった. 情が湧いてしまった.

 着替えて店を出る. 素数の借金を肩代わりすると約束してしまった. 幸いなことに実家が太く, 返せなくなる心配はなかったが, それでも親に対して申し訳なく思った.
 夜道を歩く. 街灯の下で, 猫背の男がとぼとぼとこちらへ歩いてきた. 細長い顎に, 銀縁のメガネ――数学科の藤原だった.
「おい, 藤原」
 呼びかけると, 藤原は薄気味悪く笑った. ぼっちすぎて頭がおかしくなったかと思った.
「なんだよ, お前, 変だぞ. 俺ん家に来いよ」
 藤原の肩をつかもうとすると, 手で払い除けられた.
「俺は行かないぞ. 別に行くところがあるんだからな」
 藤原ははっきり言いきると, 猫背のままどこかへ消えていった. まさか女か. いや, そんなわけがない. 記憶が正しければヤツは素人童貞だ.素数としかセックスしたことがない.

 

 

 

 

 藤原は女のもとへいったわけではなかった. 代数学のテストの結果がひどく, ヤケを起こして素数館で, あろうことか3に中だししてしまったのだ.
 ニュースは一夜にして大学中に広がった. 翌朝, 古めかしい正門前で早坂が他の学生たちと待ち構えていると, 藤原が顔を真っ青にして登校してきた.
「石を投げろ!」
 誰かが叫んだ.
「くそ, 藤原. 俺たちの3ちゃんを!」
 遠くから理学部物理学科の大原が泣きべそをかいて, 石を投げた.
「野蛮人どもめ!」
 藤原は叫びながら石を避けた. 物理学科のくせに放物線の軌道すら暗算できない大原はダメだ. どうせ来年も留年するに決まっている.
 石やらなにやらひっきりなしに飛び交うと, 石の一つが, 藤原の頭にヒットした.
「藤原ーー!」
 早坂は倒れた藤原のもとへ駆けつけ体を抱きかかえる. 藤原はぜえぜえと呼吸が乱れていた.
「いまでも思い出す. ……素数館の風呂, 3の凹みに腰を叩きつけて射精. シクシク泣く3が呼びつけたのは数学ヤクザ. 紫のスーツを着るくせに, 胸ポケットからペンとメモ帳と取り出して積分をしてやがる. 前職は代ゼミで予備校講師をしていたってさ. 『あーあ, 3ちゃんに中だししちゃったんだ』って言ってヤクザはニヤニヤしていた. そのうち, 俺を誘拐してくるかもしれない. そうだ, 落ちついて素数を数えよう. 2, 3, 5……, 47, 53, 57」
「馬鹿野郎, 57は素数じゃねえ! てめえはグロタンディークか!」
 57を素因数分解できない藤原の不甲斐なさに, 早坂は怒ってビンタした.

 

 

 

 

 2018年の正月になると, 素数館は跡形もなく消え去っていった. 素数の年じゃなくなったからかもしれない. 早坂は借金を払うことはなかった. だが, 藤原は突然どこかへ失踪してしまった. おそらく, 数学ヤクザに拉致されてヒルベルトホテルにでも監禁されているかもしれない.

2024年2月15日公開

© 2024 眞山大知

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"大学前ソープランド・素数館"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2024-02-16 02:00

    萩野素数とやってたんかっていうw
    「(この点は)出ねえよぉ!」とかいうのかしらww

    • 投稿者 | 2024-02-16 08:18

      元ネタに気づいていただいて嬉しいです( ᐛ )‪𐤔
      ゆうやくを振り切れず射精した客をビシバシいじめそうですね(?)

      著者
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