f**king shark movie!

眞山大知

小説

4,407文字

サメ映画ってなんでクソなことが分かってるのに何度も何度も観たくなるんでしょうね?

沼津よいとこ一度はおいで(元沼津市民)

 進研模試なんて自称進学校御用達の模試を受けさせられたあと、自転車を漕いで、どっかのコピー機会社の名前がついた大通りを走る。夏の西日がわたしの横顔に照りつけてえぐり刺してくる。
 この沼津駅の北側は碁盤の目のように道が広がっている。シムシティで初心者が作りそうな街並み。もう少し上達してから街作りをしろよ。
 こんな文句が八つ当たりだってわかっている。そもそも自分の人生に満足してたら悪態なんてつかない。
 模試の結果はよくないだろう。高校生なんて毎日なにかしらに絶望するけど、今日の絶望は酷い。――成績が低すぎて大学に進学できない。もちろん、この3年生の夏まで遊び呆けていたわけじゃない。天変地異にもいじめにも遭わなかったし、お父さんがリストラされたわけでもない。ただ真面目に授業を受けて、部活に励んでいただけ。それなのに成績は学年で下から5番目。
 自分でもなにかの病気じゃないかと疑っている。病気じゃなければ単なる怠け者。そんなヤツの苦しみがこの日本でどういう扱いをされるかよくわかっている。お父さんにもこう吐き捨れられた――「自己責任だ。努力しろ」。けど、妥協してFランに行くぐらいなら、首を吊って死んだほうがマシ。
 青春が明るいなんて嘘だ。そんなのは、どっかの飲料メーカーあたりが仕掛けた陰謀。わたしは、Aqoursのあの子たちみたいに青春を駆け抜けられないの。
 ああ、また赤信号。この大通りは、なぜか知らないがすぐに信号にひっかかる。
 信号機の赤い光が、血の色のように見えた。

 

 

 

 沼津駅前の映画館に到着。窓口でチケットを買おうとしたら、突然、隣のトイレからクラスメイトの千葉君が出てきた。千葉君はこの世の終わりのような顔でわたしをじっと見るやいなや、手からパンフレットを落とした。床にみっともなく落ちたパンフレットの表紙には、8つの頭のサメが描かれていた。東京の空を飛び、牙を剥いて東京タワーに噛みついていた。
 ヤマタノシャーク。米軍が極秘に開発した八つ頭の人喰いザメが横須賀の基地から脱走し東京を襲う、Z級のモンスター・パニック映画。
 千葉君はみるみる顔を真っ赤にした。映像部の部長。去年の文化祭のミスターコンテストで優勝し、バレンタインにチョコを50個も貰う。そんな千葉君が頭を抱えて、センチメンタルの塊のようなマッシュの髪を掻き乱した。
 へえ、面白い。千葉君に向かって呟く。
「千葉君って社会派映画が好きなんじゃないの? 確か、去年の文化祭で冊子を出してたよね。『PLAN 75』とか『夜明けまでバス停で』の批評を書いていたからそう思ってたのに……」
「クラスのみんなに絶対言うなよ。アレはパフォーマンス。本当は、こんな、ジャンクフードみたいなZ級映画が死ぬほど好き。こんな映画が好きってバレたら女子たちに嫌われて、俺、死んじゃう」
 千葉君は目線を背けた。瞳を潤ませ今にも泣きそうだ。
 男子はプライドを守るためなら、たいしたことがない秘密を命よりも大事にしたがる。バカみたい。
 ふと閃いた。これをネタに恐喝しよう。わたしの心の奥底から、どす黒くて燃え盛るなにかが勢いよく噴出した。
 だいたい、こんなイケメンで頭がよくて、性格がいいからみんなに慕われる奴なんて殺したいほど嫌いだ。毎日、千葉君と顔を合わせるたびに、わたしの心がひりつく。ようやくその理由がわかった。自分の惨めさを見せつけられるんだ。
 千葉君をなじる。
「へえ、学校だとお堅い映画が好きって言っておいて、ホントはこんなサメ映画が好きなんだ」
 わたしはスマホを取り出して千葉君を撮影した。もちろん床のパンフレットも映るように。
「ふざけんな、撮るなよ!」
「へえ、バラしていいの? イケメンモテモテの千葉君が、こんなクソみたいなサメ映画が大好きだなんて。わたし、今すぐクラスのグループラインに貼り付けられるんだから」
 千葉君はモジモジしているだけ。雑魚だと思った。結局、こんなチンケな男だったのか。がっかりだ。
 最後にチャンスだけでもやろうと思った。
「それじゃあ、わたしの言うことが聞けたら、千葉君の秘密、バラしてあげない。サメ映画を撮って。わたしが脚本を書くから。映像部なんていくらでも機材あるでしょ。ホントはバズりたいんじゃないの? チヤホヤされたいんじゃないの?」
 千葉君の喉仏がわかりやすく上下に動いた。さあさあ、のったのった。さらに畳みかける。
「まあ、単に条件があるの。撮り終えたらYouTubeにあげて、夏休みが終わる前に100万回再生すること。できないでしょうけどね。もしできたら、そうだね、ご褒美として、わたしの太ももを触らせてあげる」
 わたしがクスクス笑った瞬間、千葉君は顔を引きつって、パンフレットを拾い上げた。そのまま何も言わず入場ゲートを通過すると、シアターの分厚い扉へ吸い込まれていった。
 千葉君が童貞って噂を聞いたことがあるが、本当なのかもしれない。鼻で笑うと、窓口のおばさんが険しい口調で言ってきた。
「お嬢ちゃんね、男をいじめちゃダメよ。男のプライドなんてね、安い回転寿司屋の軍艦巻きぐらい崩れやすいの。もてあそぶんじゃないよ。下手すりゃ死ぬよ」
 いいじゃない。崩れるぐらいのプライドがあるだけ今のわたしよりマシなんだから。

 

 

 

 クソ、酷い映画だった。
 観た映画の文句を頭から垂れ流しながら狩野川にかかる橋を渡る。鈍く青い狩野川は、呑気に流れていた。この姿に騙されちゃいけない。ひとたび洪水が怒ると手がつけられない暴れ川。
 橋の向こうは煤けた水色の市役所。茶色の教会、寺。クリーム色の裁判所。濃い緑の生垣に覆われた屋敷。そんな、見ただけで説教臭い建物しかない街。
 その屋敷のひとつがわたしの家だった。部屋に戻って照明をつける。壁一面に貼られたサメ映画のポスターがわたしを出迎えてくれた。シャークネード、シャークトパス、エクソシスト・シャーク、ウィジャ・シャーク。こんなクソ映画を愛してると、自分の人生を無駄遣いしているように思う。もともと価値のないわたしの人生を、サメ映画で浪費している。リスカと一緒。千葉君にはわたしのリスカに手伝ってもらう。
 本当はわたしがサメ映画を撮りたかった。けど、発表する勇気がなかった。そう、わたしはずるい。ずるいわたしを好きになれない。けど、生きていくため、わたしの狡くて汚いところに蓋をして生きている。まだ成人にもなってないのに。
 わたしは自分の人生に絶望しながら、頸動脈を切り裂くように脚本のプロットを考え出した。

 

 

 

 出来上がった脚本を千葉君に渡した一週間後、狩野川からは幾千色にも光る花火が打ち上がっていた。家の窓からその花火をぼーっと見ていたら、千葉君からメッセージが送られてきた。
 ――サメ映画、撮り終えた。けど、俺のアカウントから恥ずかしくて投稿できない。お前が投稿して。
 送られてきた映画のファイルを再生すると、わたしは見とれてしまった。自分で脚本を書いたくせにだ。
 有り体に言えば、サメが沼津を襲うだけの話だ。だが、いろんな場面にサメ映画のオマージュを組みいれている。海水浴場をドローンで監視するのはシン・ジョーズ、サメをチェーンソーで真っ二つにする発想はシャークネード。最後、霊界に昇って霊魂のサメと戦うなんてウィジャ・シャークのクライマックスだ。
 ここまでネタを織り込んでいるのに、物語が破綻していない。これは絶対バスる。わたしは有頂天になった。これで、わたしの世界が変わる。わたしはリスカして死んで、そして蘇ったんだ。

 

 

 

 YouTubeにアップロードしたところ、目論見が当たってバズった。夏休みが終わる頃には50万再生を突破。小さい沼津では当然、一大ニュースとなった。
 夏休み明け、コピー機会社の名前の通りを北上して、自称進学校にたどり着く。教室の教卓の上にはすできクラスメイトが宿題を提出していた。たんまりと積まれていたテキストの山のてっぺんが、窓の外に見える富士山よりも高い場所にあった。
 すぐに朝のホームルームが始まった。やってきた先生が間髪入れずに「大学受験は団体戦なんだぞ」、「努力は実る」、「お前らは無限の可能性がある」と精神論を100パーセント濃縮還元した話を延々とし続けた。
 宿題をこなさせるぐらいしか能のない教師どもめ。じつは初めて教師に反抗した。一切宿題をしてこなかった。
 ふと、先生が話題を変えた。
「最後に、まったく関係ない話をするぞ。最近、『沼津シャーク』なんて動画が流行ってるだろ。噂によると、うちの生徒が作ったらしい。校長と市長が会いたがっている。誰だ? 名乗りあげてみろ」
 わたしはとっさに千葉君を見た。千葉君はすました顔をして、机の下で手のひらをひょこひょこ上下させていた。手を挙げたいくせに。でも、数秒待っても、千葉君は手を挙げない。
 チャンスをモノにできない人間をバカというんだ。サメ映画のクリエイターなんて、あんなクオリティの映画を堂々と発表しているのに。そんなスクールカーストを守るぐらいしか役に立たないプライドなんて、捨ててしまえよ。
「まあ、あくまで噂だからな、そしたら……」
 先生が話を切り上げようとした瞬間、わたしは手を挙げた。
「先生、わたしです」
 千葉君は驚いた顔をしたが、すぐさま先生はケラケラと笑いだした。
「おお、ホントか? そういう才能があったんだ。すげえな。どうだ、千葉。驚いたか? この教室に、あんなぶっとんだ映画を作れる奴がいるなんて。まあ、お前があんなふざけた映画を好きなわけが無いもんな」
 無自覚の暴言。
「ええ、まさか。びっくりしました」
 千葉君が平然を装っていたが、机の下に隠した手は震えていた。
「だよねー。千葉君はもっとカッコいいのしか撮らないもんね」
 映画を一本も見たことがなさそうな女子たちが言い放った。あいつら、千葉君にGODIVAのチョコを送っていたっけ。
 そこからわたしの人生は変わった。校長先生と一緒に市長を訪問。進路に無関心だったお父さんも、「映画の学校に行くなら」と言ってお金を出してくれることになった。みんな、わたしにサインをねだってきた。
 やった。わたしは、この世で生きていいんだ。

 

 

 

 千葉君はいつのまにか不登校になった。そのまま生かしておくと可哀想だから、千葉君を旧校舎に呼び出して殺してあげた。サメの着ぐるみを着せて、倉庫の奥に押しこんであげた。
 あれからもう何年経ったんだろう。仕事の合間を縫って久しぶりに沼津に帰ると、旧校舎はまだ建っていた。実家の台所で、お母さんが「あんたの高校、旧校舎にサメの幽霊が出るらしいよ」って言いながら、茹で上がったトウモロコシを包丁で切っていた。
 幽霊になっても自分の顔を出せないなんて、バーカ。

2023年8月22日公開

© 2023 眞山大知

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