パンドーラーの子ら

合評会2022年11月応募作品

Juan.B

小説

4,504文字

※合評会2022年11月分応募作品。
※対象年齢は、「識字」(3~4歳?)以上。

……こうしてパンドーラーがあけたはこから、おおくのわざわいやわるさがとびだしてしまいました。おそれおののいているパンドーラーに、ささやいてくるこえがありました。すべてのわざわいがとびだしたはずのはこのなかからです。パンドーラーがのぞきこむと、そこには、きぼうがのこっていました。それが、みなさんです。みなさんはきぼうです。これがみなさんにきかれているとき、わたしたちはもういません。みなさんはやくそくをよくまもり、ともだちをたいせつにして、うつくしいせかいをとりもどしてください。……

 

~~~

 

屋根も朽ち果てた教会の、そのわずかに残った屋根の下に休息していたスプリマイトの一団の中から、声が上がった。奥の方に何か無いかと探していた一人が、綺麗に残った聖母子像を見つけ出したのだ。そしてスプリマイト達の中心にその像が引き出された。清らかとも無機質とも言える顔のマリアと幼子イエスの姿に、しばらくスプリマイト達は距離を取って黙り込んでいたが、一人のスプリマイトが声を上げた。

「壊せ! 叩き壊せ!」

「やってしまえ!」

何人かのスプリマイトが銃床を聖母子像に執拗に叩き付けた。樹脂製の母子像は最初は形をとどめていたが、次第に形が歪んでいく。あるスプリマイトがマリアとイエスを無理やりに引きはがそうと執拗にシャベルで抉ったので、終いにいくつかの部品に分かれてしまった。マリアの顔が転がると、誰かが強く踵で踏み潰し、粉々に砕けた。

「何も起こらないな! そして何にも起こせなかった!」

スプリマイトの集団は笑い声をあげた。何人かのスプリマイトは、皮膚の色を変色させるほどに興奮していた。頭が赤く染まったスプリマイトが指示を出した。

「いい機会だからこの間の子どもを連れてくるんだ!」

「そりゃあいい!」

スプリマイトの荷物の中に、檻があった。それは二本の棒がはめられており二人掛かりで運ぶ物で、檻の中には、まだそれほど汚れていない白衣の様なものを着た女児と男児のペアが収まっていた。その白衣の方にはバーコードの様なタグが印刷されており、男児にはO、女児にはKのイニシャルが振られていた。

「怖くないからね。怖くないからねえ」

スプリマイトの慰めているのか茶化しているのかも分からない声に対して、女児ケイも男児オーも目を上げず、スプリマイトの誰とも視線を合わせようとはしなかった。子どもから見れば、スプリマイトの姿は人間に似ているがそれ故に不気味で、目を合わせられる様なものではなかった。そして、そこにソローと呼ばれるスプリマイトもやって来た。上半身が膨れ上がったソローは、顔面が前傾し、胸に排気口のような穴が開いていた。そこに、幼子イエスを包んでいたはずの樹脂製の手が差し出された。

「ソロー、やってくれ!」

「うおッ」

蒸気が噴射され、樹脂製のマリアの手は奇妙な色に染まった。噴射されたそれは視覚と色覚によって判断される色ではなく、根源的に存在する別の何かに見え、蒸気のようでありながら滲んですぐに物体に染み込む性質を持っていた。元々知的障害のあるソローはすぐに腰を下ろした。スプリマイト達が次々と労いの言葉を掛け、一人では満足に行動できないソローにウイスキーを飲ませた。その間に、女児のケイが前に引きずり出される。スプリマイト達は淡々としていた。

「あ、ああっ」

女児の陰部に、先程の蒸気が染み込んだ即席マリアディルドーがぶち込まれた。八歳ほど、金髪で華奢な体つきのケイは、眼球を上目遣いにして、初めてスプリマイト達を見上げるかのように顔を上げ、よだれを垂らした。その様子を見て、もう一人立たされていた十歳程度のオーが、抑揚のない落ち着いた声を上げた。

「やめてください。らんぼうをしないでください。ぼくたちはしゃかいてきせきにんをはたすためにアッ」

女性の様な体つきをしたスプリマイトが後ろからオーを抱えてズボンを降し、光る手を使って勃起させた。そして前から、背の小さいスプリマイトが上から跨った。向こうの説教壇では、どこかから見つけ出した礼拝用のスピーカーに数名のスプリマイトたちが群がっており、アップテンポのユーロビートが流れ始めた。

 

~~~

 

「こちらウォールデン隊……ソローは無事、ソローは無事。二名のガキを確保。燃料、銃弾調達出来ず。現在旧国道を……ダメだ、通信出来ない」

背中から文字通りアンテナを生やした全長二メートルは有ろうかと言うスプリマイトが声を上げ他の集団と通信を試みたが失敗した。曇天の下、集団は再び子どもを含む荷物を持って、ボロボロになったアスファルトに示される道をとぼとぼと歩き始めた。

「ジャミングされているかも知れないな……近くにはインジャンジョーとドクトル・フランシア隊がいるはずだが」

「この辺りにガキどものまだ稼働しているシェルターと、恐らくノア装置があるはずだ。連携して動かないとならないが……」

進む方向には、丘がいくつも見えた。方位磁石の類いは役に立たなくなっていた。

「おい、荷物重くないか」

「大丈夫……なあに、核兵器が落ちたその時ですら私は配達員をやらされてたんだ」

スプリマイト達は笑い声をあげた。担がれた檻の中では女児も男児もぐったりとし、ただ眼の光だけが遠くを見つめていた。後ろの方で檻を担いでいた青いスプリマイトに、前で担いでいた大柄のスプリマイトが話しかけた。

「放射能の除去作業員だったって聞いたが、最初からこうなれたの?」

「二年前かな、俺は気が付いたらだった。いつのまにか気持ち悪くなくなってたし血も吐かなくなったんだ」

「私はスクラップ探してる時にインジャンジョーに会ってね。最初は怖いが、皆優しいからな……なあ、パンドーラーのボクちゃん嬢ちゃん」

パンドーラー。その言葉に、男児のオーが微かに首を動かし、ケイに励ますようにつぶやいた。

「わたしたちは、きぼうです……」

 

その時、先頭の方で双眼鏡を持っていたスプリマイトが声を上げた。

「ノア装置の子機だ!」

地面に、小さく平たい六角形の装置が置かれていた。スプリマイト達は、これが高低差や地質などの情報を本体に送る物だと知っていた。その装置を、先程通信していたスプリマイトが弄ると、本体があるであろう方角を割り出した。その方角の禿げあがった丘を一団が駆け上がると向こうに、まだ小さいが美しい森林や池、そして浄化編集された動物たちがあるのが見えた。

「畜生! 浄化が始まっている!」

「何がノアだ……あれこそがパンドラの箱じゃねえか!」

ソローが追い付くのを待たず、火炎放射器を背負ったスプリマイトの一人が斜面を駆け下り、燃料が僅かなのを承知で、手前の木々に火を放った。瞬時に数本の木が燃え上がるが、地面から管が出て水が噴き出し、火を消してしまった。

「ああっ! ここはシェルターと一体なのか!」

その時、森の中から地面に突き出す様にエレベーターが現れ、実に清らかな顔をした白衣を着た子どもの一団が現れた。そのリーダー格と思われる女児の手には、銀色のホースが握られていた。そしてそこから緑色の光線が先程のスプリマイトに放たれる。

「ゆうがいなぶっしつをけんちしました。しぜんをさいこうせいちゅうです」

明瞭だが鼻詰まりの声がスプリマイト達に近付いてくる。

「畜生! 伏せろ! あれに当たると浄化されるぞ」

即座にスプリマイト達が伏せると、頭上を緑色の光線が過ぎていく。スプリマイト達は最悪の環境で遭遇してしまったことを自覚しながら丘の陰に隠れた。その時。別の方角から叫び声が上がり、さらに奇妙な虹色の蒸気が急速に広がった。悲鳴とともに子どもたちは包まれ、バタバタと倒れ込んだ。

「良かった、インジャンジョーだ」

四メートルはあろうかと言う巨大なスプリマイトのインジャンジョーが焼けただれた上半身の肌から蒸気を染み出させており、その周囲にフランシア隊がいた。インジャンジョーが蒸気を出し終えると、森は朽ち果て、置物のような動物たちはひっくり返っていた。人を襲わないライオンや虎、チワワの様に小さくなった大型犬、眼をより巨大にさせられた猫……。その中で、リーダー格の女児も、過呼吸を起して倒れていた。次々と子どもは捕らえられていった。

「ありがとう、インジャンジョー。本当に助かった」

「良いんだ。それにしてもこの環境は、本当に危ない所だった」

「巣穴に乗込もう」

 

~~~

 

スプリマイト達が、清潔なシェルターに乗込んで得られた情報は、結局のところ、以前と同じだった。ディスプレイに表示される文字列や常に流れている清らかな童話風の音声を聞いてスプリマイト達は怒り狂ったが、それは収穫が無かったからではなく、歴戦の彼等が何百回も見聞きした、相変わらずにグロテスクな内容だったからである。

シェルターに籠った世界大戦の指導者と上層階級の連中は、核兵器の打ち合いの後に、地上で疲弊した人々を放置し、勝手に「良心」に目覚めた。そう、良心に目覚める時やその定義すら勝手に定める連中なのだ。そして、これまでの全ての歴史と地表に残った人々を無視し、遺伝子編集された上に大量の奇妙な「神話・童話」を埋め込まれた「優良健全な」子供を各地で大量に培養し、後を託して自らは安楽死したのだ。一方、地上では、EMPにより動作しなくなった機械の代わりに人力で原発管理や排水と放射能処理、絶望的な戦闘を行わされていた世界の無数の労働者はほぼ死に絶えたが、ごく一部、放射能汚染に適応した者が新たに文化を築きつつあった。しかし、子どもたちはこれも単一的に浄化しようとしている。汚染と同化した残存人類は、差別や侮蔑をすべて飲み込んだ至高Supremeの自称「スプリマイト」を名乗り、過去を繰返さぬために多元平和協定を結び互いに混血と混合を急速に繰り返し合いながらあらゆる浄化に抵抗している……。

 

「そういうことだ」

広間らしき部屋の中、表情のない子どもたちの前で、スプリマイトの一人は奇妙な童話が描かれた清潔な絵本の山を蹴飛ばした。

「かつて……俺たちや君たちの親の社会は、様々なエロやグロを規制した御健全な社会を作って、そしてその癖、戦争を起こしたのだが」

子どもたちは清らかな瞳をしたままだ。あちこちから声が上がった。

「ものをけらないでください。こころにわるいです」

そこに、先日犯されたオーとケイがやって来た。すでに体のあちこちが変色し始めている。スプリマイトの一人が、ケイの変色した腕を捧げ上げ、子どもたちに掲げた。

「君たち。この二人は仲間か?」

「……ふたりではありません。そこにいるひとたちはなかまではありません。けんぜんではありません」

子どもたちは口々に否定する。すでに二人は子どもとして見なされていなかった。だが、オーとケイは悲しむ様子を見せず、すでに仲間となったスプリマイト達に語った。

「でも……いずれなかまになります……楽しみです」

「そうです、希望です」

その声に応え、スプリマイト達は、清らかな子どもたちを一人一人担ぎ上げ、思い思いに犯し始めた。

 

(終)

2022年11月13日公開

© 2022 Juan.B

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"パンドーラーの子ら"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2022-11-19 22:40

    童話らしかったのは最初の数行だけ。。。
    核戦争で壊滅した世界とパンドラの箱の組み合わせが秀逸です。
    美しい子供たちはいびつな優生政策の産物で、醜く粗暴なスプリマイトは生命力そのもの。
    Juan氏の思想全開で、本当に思想の強さとは、美醜も善悪も正邪もごちゃごちゃにかき混ぜても揺るがない一本の道のようなものなのだなと思いました。思想童話というか、洗脳童話というか、特殊なジャンルですね。

    • 投稿者 | 2022-11-20 11:15

      まあ童話を書けとは言われてないし……と思ったら対象年齢が「識字」(3~4歳?)以上になっていて笑いました。大満足です。

  • 編集者 | 2022-11-20 00:17

    爆発よりもえぐいラスト……ぶれてねーという感じです。これが普通に感じる「童話」とはなにか、何もわからなくなりました。

  • 投稿者 | 2022-11-20 09:37

    どうでしょう。最近、ちょっと前かな、Twitterで流行ってる、流行ってた「pixiv」一部表現に関する利用規約の改定発表に相対した物語のように見える。見方によっては。見ようによっては。

  • 投稿者 | 2022-11-20 11:49

    ディストピアでポリティカルなSFですね。ホアンさんの思想全開でとても楽しめました。私はヒャッハーは世界で生きていたいなあ。

  • 投稿者 | 2022-11-20 12:26

    ホアンさん節全開のディストピアですね。
    識字以上とは……? 哲学を感じました。
    ホアンさんに限らず、童話なのに子供がひどいめに遭う話が結構ありますね。いや、童話でもそもそも子供がひどいめに遭うことはあるのであって……もう童話が何なのかわからなくなってきました。哲学。

  • 投稿者 | 2022-11-20 13:38

    なんにせよ、子供たちを生み出しておいて勝手に自死した戦争指導者や富裕層が本当に身勝手でむかつきますね。現実の指導者や富裕層がこんなのばかりとは思いたくないけど、少なくとも一部はそうなんでしょうねぇ……

  • 投稿者 | 2022-11-20 18:45

    とりあえずハリウッドで映画化して世界を炎で焼き尽くして欲しい

  • 投稿者 | 2022-11-20 20:25

    あああ、児童淫行っ! 人のことは言えないけど、ひどいっ!

  • 投稿者 | 2022-11-20 21:37

    ある意味、スカッとする話なのではないかという気がしてきましたが、子供がそれを理解するには多分それなりの時間が必要そうです。

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