われらの正気を生き延びる道を教えよ

合評会2022年09月応募作品

Juan.B

小説

4,065文字

※合評会2022年9月応募作品。

読者投稿欄 みんなのフシギひろば

 

みなさん、私は、アトランチスの愛のプリンセスだったミンキー・ペルシャ・クリーミー・ミンメイです! 炎の戦士ジャン・シャモン・ウーラ、水の神官プゴゴゴゴ・ラ・ファンファン・ヤーナ、地の魔法使いトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレル、これらの名前に前世の縁を感じる方! 助けてください! 私はこの世での使命に目覚めましたが、ひとりぼっちです。光の使命に目覚める人間がすぐにそろわなければ、地球は破滅します! それとトマソン、バース、オマリー、マッキントッシュ、これらの言葉に何か閃いた方はいませんか! 悪のムー大陸の闇勢力を打ち倒すためにこの言葉の真の意味を教えてください! そしてどうか私に最終戦争のことを詳しく、正しくおしえてください! 前世で共に戦ったアトランチスの光の戦士たち、そして光の使命に目覚めた人々よ! 切手・写真同封でこちらにお手紙を下さい! 地球に愛を! 住所、兵庫県明石市……。

 

――雑誌『モー』1986年11月号(特集:勝共連合は古代ユダヤのゲートボール愛好会が発祥だった! フリーメイソンリーとの三千年戦争)、読者投稿欄より

 

 

~~~

 

 

草井満子は徹夜して、便箋一杯にビッシリと、地球を救うためのメッセージを書き連ねた。そしてそれが『モー』に掲載された。アトランチス時代からの使命をようやく果たせる、そんな達成感に満ち溢れ、睡眠不足のまま今日も学校に通う。授業も上の空で、ただアトランチス時代からの真の使命を達成できるか、それができる仲間がいるかどうか、それだけが満子の頭を埋め尽くしていた。

アトランチス時代の人間は愛を基調とした文明を築いていた。今の世界は間違ってる。こう、なんというか、全てが間違っている。成績で人間をくべつしてはいけないとおもう・・・・・・・・・・・。この前、学区の人権作文コンテストでもそう書いたが、残念ながら選出されなかった。草井満子はこの時、この世を救うには少数の目覚めた人間が立ち上がるしかないと思い至ったのである。アトランチス時代の人間は、巷に溢れる少女漫画の如く全ての人間が理想的な肉体と顔を持ち、美しい物で満ち溢れていた。こんな腐った世界とは違うのだ。これはムー大陸の陰謀である。ムー……。

「草井さん、次……次!」

「え、あ……」

国語の音読の順番がいつの間にか来ていたが、全く分からない。クラス中から、笑い声が上がるわけでも無く、何か無数の、目覚めていない凡庸な視線が自分に向けられているのが分る。違う! その様な目線が、ムー大陸の闇の勢力から生み出されているのが分からないのだろうか。アメリカの大統領とソ連の書記長もムー大陸の闇の勢力の影響を受けている。そしてムー大陸の闇の勢力の裏側には、宇宙をダークパワーで支配せんとする幻魔の影があるのだ。数年前に見に行った映画「幻魔大戦」を、みんなも見れば分かる……。

草井満子は、学食で一人パンをかじりながら、一人頷いた。凡庸で悪い思想に満ちた友人などいらないし、前世に繋がる正しい知識を伝える本を買うために節約しなければならないのだ。

 

 

~~~

 

 

誰かから返信が来た! 家のポストに誰かからの封筒が入っているのを見た時、草井満子の胸は高鳴った。そしてその封筒には、トノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルからの手紙が入っていた。

 

親愛なるミンキー・ペルシャ・クリーミー・ミンメイ姫へ

前略

私はトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルです。古代アトランチスで私は貴方と共に最終戦争を戦いました。トマソン、バース、オマリー、マッキントッシュ。これらの言葉の意味を知っています。是非今度あなたにお会いしたいです。闇の勢力の再侵攻は迫っています。すぐに対策を建てなければなりません。他のメンバーを待っている暇はありません。私たちが出会えば、自ずからそろってくるのです。共に戦いましょう。私は霊的なアレルギーにより写真を撮る事が出来ませんが、信頼してください。以下、住所。兵庫県神戸市……。

 

写真が入っていない。果たして、信頼に値するのだろうか。いや、前世を共有すると言う仲間を疑って良いのだろうか。草井満子は、母親から漫画蔵書の山の掃除について怒られるのも意に介さず、一人で瞑想に耽った。瞑想する時は、股間を弄ると捗る。「アトランチスの魂の秘部」を執拗に摩りながら虚空を見つめていると、満子の脳裏に、金髪白人碧眼の天使が現れた。

「ミンキー・ペルシャ・クリーミー・ミンメイ……心の声に従いなさい。彼に会うべきだ」

「そう……そうよね……」

心の声に従おう、そう草井満子は自分の心に対して返答した。彼に会わなければならない。会って、世界を救う第一歩を踏みしめるのだ、と。

 

 

~~~

 

 

ある日曜日。電車を降り、トノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルの家へ向かった。だが、歩いている内に、神戸の外れ、寂れた昔ながらの家々が並ぶ一角に近付いて行ることに気付いた。一抹の嫌な予感がするが、世界の平和、そして闇の勢力との二度目の宇宙最終・・決戦のために、ひるむ訳には行かない。街中にこそ聖人はいるものだ、と一人納得しながら、とうとうその住所に辿り着くと、そこは今にも朽ちそうな古い住宅であった。インターホンも無く、戸を叩くと、中から誰かが現れた。

背が短く、太っていて、顔が膨れ上がり、下唇が突き出た、出っ歯でメガネの中年だった。

「あ……」

「ミンキー・ペルシャ・クリーミー・ミンメイ姫? ミンキー・ペルシャ・クリーミー・ミンメイ姫!?」

「あ、あの……トノス・ヒメロス……」

「そう、そう! 入って! すぐ!」

草井満子もといミンメイ姫は、腐りかけた畳の部屋に引き込まれて座らされた。

「お、おれ、そう! トノス・ヒメロス・なんとかかんとか! 知ってる!? 知ってるよね!」

「え、あの……」

「……わかる! わかるよ。何考えてるか! あ、あんた。『なんでこんな汚い奴が前世の仲間なの』って思ってるだろ」

図星だった。そうだ。トノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルは、金髪かつ白人で碧眼、身長は高く、鼻筋が通り、文字通り少女漫画に出てくる神秘的なキャラクターの無数の集合、のはずだった。だが目の前にいるのは背が短く、太っていて、顔が膨れ上がり、下唇が突き出た、出っ歯でメガネの中年男性である。

「そ、それは、差別じゃないのか! なんで前世を共有するッ仲間をッなあ」

「い、いえ差別なんか……」

外見に左右されてはいけない、と自らを叱咤しながら、ミンメイ姫は頷いた。部屋の隅の鏡を見ても、自らもモデルや少女漫画の様には美人ではないことは分かっていた。

「だよな、な! 分かるよ。心が綺麗な人なんだッねえっ。そ、そうだっ。トマソン、バース、オマリー、マッキントッシュ。この秘密について教えてやろう。ね。トマソン、これはね」

トノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルは、ステテコをぬぎ、ほどほどのペニスを曝け出した。

「これがっ、トマソン。芸術的だろう。超芸術だ。そしてあなたの性器がバースなんだよ」

「い、イヤッ」

手をかけて来たトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルの手を振りほどき、ミンメイ姫は家を飛び出した。

「お、お前は、神聖なアトランチスの道具を冒瀆するのかッ」

ミンメイ姫は民家から道路に飛び出したが、表に置いてあったブロック塀に足を引っかけ、道の真ん中に転がった。そしてトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルも急の事に、ミンメイ姫の足に躓いて路上に頭からコケた。悲鳴と怒声が満ちようとしていた中、さらに大きなノイズ交じりの声が、狭い道の向こうから聞こえて来た。

『立派な人間とは、どういう人間でありましょうか。金持ちでありましょうか、天皇でありましょうか、大統領でありましょうか、ローマ法皇でありましょうか。私にとって立派な人間とは、神の法に従って、人間が造った法律を恐れず、刑罰を恐れず、本当に正しきことを、永遠に正しいことを、実行することが、最高の人間だと思っとるんであります!……ワッ、なんだ貴様ら! ゴッドワールドッ』

白いミニワゴンを改造した街宣車が猛スピードで迫ってくる。ミンメイ姫が最後に見たのは、『田中角栄を殺す為に記す 人類を啓蒙する手段として』と大書された街宣車の看板であった。

 

 

~~~

 

 

「……長い、悪い夢を見ていた様だわ」

柱廊が続くテラスの片隅のデッキチェアから、美しいミンメイ姫は倦怠感と共に起き上がった。白い肌に筋肉質な長身、夕日とも朝日とも取れない日光を浴びて輝くトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルが、微笑んで彼女に振り向いた。テラスからは、アトランチスの美しい海岸の風景がどこまでも続いているのが見える。

「どんな夢だった?」

「分からない、でも、そんなことはもうどうでもいい……ねえ、終わったんだよね」

「ああ、ムー大陸の闇の勢力は滅んだんだ。ジャンとプゴゴゴゴは……犠牲になってしまったけど、いつか、輪廻の中でまた生まれ変わるから。僕たちの、トマソンとバースをオマリーすることによって」

「そう……そしてアトランチスの尊き純血を護る。それが即ちマッキントッシュなのね」

アトランチスの、二度と乱れそうもない、美しい海岸の風景を見ながら、二人は静かに潮風に身を任せた。そして、お互いの腕が絡み合い、再びチェアに体が向かおうとした、その時。

「お前ら自称英雄の陰で何人死んだと思っているのだ貴様らッ!」

海から突如、怒りの塊である巨大な平等兵が現れた。そして、テラスに岩を投付け、ミンメイ姫とトノス云々を圧殺した。その後、平等兵はアトランチスを蹂躙し、囚われていた奴隷や犯罪者を解放し、「英霊」たちを祀っていた社を破壊した。アトランチスに平和が戻ったのである。

 

(終)

2022年9月19日公開

© 2022 Juan.B

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"われらの正気を生き延びる道を教えよ"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2022-09-23 00:09

    最後まで読んで私はミスチルのHEROの事を思い浮かべました。歌詞になんかそういう部分があったような。
    でも、それ見てからまた読み直したら、いや、違うな。って思いました。
    最後がサイコーです。

  • 投稿者 | 2022-09-24 00:23

    意外とまっとうな異世界転生もの。「ほどほど」というのが絶妙ですばらしい。転生して元の世界に戻れてよかったと思ったら、すぐに革命で倒されてしまうのもよい。姫は次はどこへ行くのだろうか?

  • 投稿者 | 2022-09-24 09:54

    読者投稿欄を作品に取り込むというのが、非常に良いと思いました。
    また、オカルトの文章を取り込みつつ、『霊的なアレルギーにより写真を撮る事が出来ません』と、リアリスティックなユーモアが折り込まれつつも、リアリスティックな世界を是とするわけでもない終わり方が良いと思いました。

  • 投稿者 | 2022-09-24 20:40

    もう、ほどほどにしてください。プゴゴゴゴ・ラ・ファンファン・ヤーナとかトノス・ヒメロス・マラスグタツ・ホトヌレルなんて名前見ただけで笑いで先に進めなくなってしまうよ。普通は冴えない主人公が転生先では無双状態で大活躍するのに、美しい姫が草井満子になっちゃうところがまた良いです。
    お約束の街宣車に革命軍も出て来ましたが、今回はエンターテインメントとして大変読みやすくて楽しめました。さすが柔軟性ありますね。

  • 投稿者 | 2022-09-24 21:52

    兵庫県民! 親近感ですね。
    ちゃんと異世界転生でした。王道かつ邪道。
    なんか今回はちんこネタが多いですね。異世界転生といえば……!という感じてしょうか。

  • 投稿者 | 2022-09-25 22:20

    誰も信じてくれないのですが、中学校の同じ学年に草井満子さんが本当にいました。クラスが違ったので名前でからかわれていたかわかりませんが、その後まっとうな人生を歩めているのか心配です。それと「マラスグタツ・ホトヌレル」は卑怯です、その名前が繰り返されるたびに笑ってしまいます。また、奥崎健三もまた卑怯です。

  • 投稿者 | 2022-09-25 23:13

    戦士症候群、奥崎謙三、暴力革命とJuanさん的なモチーフ盛りだくさんで面白かったです。ただ、ある特定のサブカル臭みたいなものを強く感じるので好き嫌いが分かれそうにも思います(自分は好きです)。ディテールから構成までかっちり作り込まれて一分の隙も無い感じで素晴らしかったです。

  • 投稿者 | 2022-09-26 11:35

    これ読んで新興宗教なんて女狙いのキモいおっさんとかたくさんいるんだろうなって思っちゃいました。でも統一教会はそういうの少なくとも表向きは禁止だからガチなんでしょうね。
    女狙いのキモいおっさんといえばピースボートなんてのもそうですよね。

  • 編集者 | 2022-09-26 13:13

    ほどよい皮肉、神話、革命、バランスの取れた掌編だと思います。ホアン氏の主人公はみな死に向かっていくのはギリシア悲劇がベースにあるからなのかと勘繰ったりしました。

  • 投稿者 | 2022-09-26 13:22

     満子が中年男に襲われて逃げ回るくだり、もっと読みたかった。途中で反撃したり、アクシデントで予想外の展開になったり。
     昔はタイガースファンだったけど、行儀の悪いファンが多いので、オマリーぐらいの頃には応援しなくなってたな。バースのときは打線がすごかった。あと、子どものときはラインバックが大好きだったのを思い出した。

  • 投稿者 | 2022-09-26 17:54

    ルッキズムと反ルッキズム双方に対する痛烈な皮肉を、軽快なスラップスティックで綴った名品。俺も前世ではイケメンでした。

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