プランAI・フロム・インナートリップ

破滅派19号「サミット」応募作品

Juan.B

小説

14,534文字

待合室のテレビの中では、白人の群れの中心で一人、アメリカ合衆国の国旗に囲まれた演壇に立つスーツ姿の男の姿が映っている。言葉は逐一訳され、AIの発声による抑揚のない日本語となって聞こえてくる。

「……そして我々は新しい世界の目標、新しい世界の秩序、新しい世界の安定の構築を目指し、今度のサミットの開催を、より特別なものにしようという思いを、各国首脳と共有しました」

待合室の中で、数名の待合人は虚ろに床や虚空や手元の本を眺めていて、その中で髭を生やした男だけが、テレビを凝視していた。周囲には医療に関するポスターや、所謂「お悩み相談室」の黄ばんだチラシなどが貼ってある。テレビの中で、アメリカの大統領の演説が延々と続いた。

「本来、次回のサミットは日本で開催されるはずでしたが、昨今の情勢により、次回のサミットはより特殊な形で行うのが妥当という考えに至ったのです。開催形態の変更を快く受諾してくれた日本の足利首相に感謝します。日本には次の戦闘機の販売を0・01%ほどディスカウントすることになるでしょう」

周囲の閣僚たちが、嘲笑的な笑みを浮かべているのが、髭面の男の眼についた。

「次回のサミットは……」

その時、待合室に呼び出し音が流れた。

「片桐さん、一番へお入りください」

それに従って、髭面の男は部屋に入った。クリーム色の壁の個室で、そこには微妙な笑みを浮かべて革椅子に座る男性の医師と、後ろの方に控えた女性の看護師がいて、入ったその当初から視線が合うことは無かった。

「片桐さん、お調子は」

「まあまあ、です」

「なにか、身の回りのことはどうですか。今日は晴れてるから、どうでしょう、桜とかきれいだったんじゃないですか」

「そこまでよく見てなかったな……」

医師は乾いた笑い声を出しながら片桐から目を逸らし、後ろの看護師にアゴで合図をした。看護師が何枚かの紙を持ってきて、片桐と医師の間の薄い机に、片桐の方に見える様に置いた。

「片桐さん。前回にも少し言いましたが、私としては復職して大丈夫だと……そういう手紙を出せる準備は出来てますよ。そろそろ良いころじゃないかと。娘さんも、働いているお父さんの笑顔を向こうから見たがってるんじゃないでしょうか」

「……」

片桐は、産業医の、全く敵意がないことを示したいらしい厚ぼったい笑みを一瞥した後、用紙に視線を落とした。細々と色々な条項が書いてあるのを眺める横で、医師は言葉を続けていた。

「もちろん会社側は、これまでの様々なインシデントや重大事故を考慮して休職などに配慮していて……」

「私がパイロットに戻って……」

「はい?」

「パイロット……」

産業医はわざとらしくやや前かがみになり、片桐の表情をうかがった後、時計にも一瞥した。それから小声でスマホに向かい「患者を早く職場復帰させる台詞。前職パイロット」と囁いてしばし待ち、片桐に向き直って少し大きな声を出した。

「そうです、パイロットです! あなたは再び飛行機の、いやそれだけじゃない、自分の人生の操縦桿を握るんです。誇りをもって、職場に戻られてください。その姿が、他の多くの人々の勇気にも繋がるんです。私はチャットおっと医者として頑張るあなたを応援しています」

「……」

広い会議室の中で、大きな楕円形の円卓に座る幹部たちの数は不釣り合いに少なかった。最奥の、額に入った総二階建超音速ジャンボジェットの写真の真下に座った会長が、居並ぶ幹部をぐるりと見まわし、そして最後に自分の左前に置かれた一枚のホロディスプレイに顔を向けた。

「十年前は、この楕円に十五人が座っていた。今は七人だ」

幹部たちは言葉を発さず、俯き加減で会長の様子をうかがっていた。もうこの数年、会長の脇のAIに何もかもを委ねており、することといえば意思決定の最後のボトルネックである会長の機嫌をうかがうことだけだった。

「もう細かい議題は大体こいつが処理しているから、ここでは大して語り合うことはない、はずなんだが……AIが我々にいくつかの議題を残しおってね、いや宿題か? ハハハ」

初老の会長が出すわざとらしい笑い声に、幹部たちもつられて、軽く乾いた笑い声を出した。幹部たちは、すでに日本の大企業と政府機関のAIの多くが連携し、ブラックボックスの中で様々な重大決定を実にスムーズに浸透させていることを知っていた。今度のサミットに向けた特別機運行すら、政府のAIが細部まで組み立てて、ここに送信してきたのだ。

各国はAIの規制を急いだゆえに非効率に陥り、日本はその間に経済的に復権した。連携を公然カルテルと呼ぶ国もあるが……。

「しかもあの飛行機には二台も基幹計画AIが……おい、 ゆいまーる」

会長に呼びかけられたホロディスプレイは明るく点滅し、ハキハキとした女性の声を発した。

「はい。私はゆいまーるです。日本のハートを暖かく。あなたの先鋭的な企業経営をサポートします」

「何の議題が残ってる?」

「政府特別機機長の任命。政府特別機へ搭載するAIの承認。政府特別機運行の最終承認。以上の三議題は、AIの責任範囲ではありませんので、御社の最終決定にお任せいたします」

会長はリモコンでAIの動作を切ったあと、幹部たちにまた笑いかけたが、すぐに顔が曇った。

「後の二つはいいが、ここで機長を決めるのか。そんな大袈裟なことか?」

「多分、責任を負いたくないのでしょう」

本来、政府専用機は航空自衛隊が主体となり運行するものだが、今回はサミットの特殊開催形態により、実務は民間企業に委託された。そのことは世界的にも話題となっていた。

「サミットを、世界一周する航空機で行うなんて、誰が考えたんでしょうね……」

「日本は開催を飛ばされたが、その代わりに運営を任すようにねじ込んで、さらにAIまでSDGsにかこつけて搭載させるんだ。失敗は当然出来ないが……」

会長は手を叩き、社内イントラのAIを呼び出した。

「AI、政府特別機のパイロットに相応しい人材は?」

「検索しています……」

それから随分の沈黙があった。幹部の一人は、イントラAIとゆいまーるが通信しているのを確認したが、その通信が何を意味するのかはわからなかった。わからなくても、いつのまにか周るようになっていた。数十秒という長考にそろそろ一同が不安になってきた頃、イントラAIが声を上げた。

「……カタギリ ケンゾウを推薦します」

「……何?」

ほぼ即答に近い答えに、会長は驚いて中腰になり、幹部たちも顔を固まらせていた。さらに何人かはそもそも理解していないようだったが、人事担当がすぐに経歴書を表示させた。

「確か彼は、あの有名な……身内の不幸の後、心身症を起こして休職中では」

それを聞いて何人かがあっと頷いた。AIに絡む事件だったことも思い出され、小声でささやき合う幹部もいた。

「娘さんの……あれは酷い事故だったからなあ……」

「カタギリは一昨日付で復職しています。当人事AIはカタギリ ケンゾウを推進します」

幹部が即座に、ホロペーパーを会長に回した。そこには、産業医による所見が書いてあった。曰く、以前のような症状は見られないので回復を認める。それだけの文章を見て、会長は顎を振ってワンマンで承認した。最後に半笑いの声が響いた。

「AIに好かれとるんだな、彼は。まあAIが選んで、傍にAIがつくんだから、操縦しやすいだろう。しかし……なぜ?」

「……彼はAIに対して最もニュートラルな対応が可能です」

ニュートラル、という言葉に、誰も関心を示さなかった。会長が手で合図をして、次の議題に移った。

片桐は、無表情のまま、個室の鏡の前に立った。既に着替えは済んでおり、機長の制服と制帽を身に着けている。何度か顔に力を入れてみるが、表情を変えるまでの気力は湧かない。

「お時間がきました」

無機質なAIの声が響くが、片桐は構わず服の裾を直したり制帽の向きを直したりし続けた。AIのアドバイス、いや、命令を無視するかのように、片桐は微かな笑みを浮かべた。

「お時間がきました」

AIの催促が何度か続き、片桐はようやく部屋を出た。宿舎を出ると、ロータリーに無人電動カートが待機している。片桐が暗号カードをかざして乗り込むと、カートは動き出した。カートはぐんぐんと速度を上げていく。それに合わせて、片桐の表情は暗く固まっていった。

「もっとゆっくり走ってくれ」

片桐の声に応えることなく、無視するようにカートは進んでいく。片桐は片手で頭を押さえ、前を見ないようにした。

 

片桐が、通された一室に入ると、そこには両脇にAIのホロディスプレイを表示した幹部が座っていた。机の上には、チャイルドシートのようなものに括り付けられて黄色と黒の警告テープが巻かれた四角い機械が置いてある。

「ああ、どうも。片桐さん。復職おめでとう。座ってください。ああ、あとはAIが話しますから」

事実、それからこの幹部はほとんど言葉を発しなかった。それから部屋には延々と、無機質で女性風の声が響き続けた。曰く、AIにより特別機の機長に片桐が選ばれたこと。曰く、特別機にはスーパーゼネラルアシスタントAIを載せること。曰く、片桐は飛行機の操縦において最終決定と緊急時のバックアップのみをすればよいこと……。

「ご理解いただけましたでしょうか」

確認を求められた片桐は、AIではなく幹部の顔を見て話した。

「政府専用機は航空自衛隊が運用するはずでは」

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2023年4月17日公開

© 2023 Juan.B

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