ではこれから愛について考えようじゃないか

合評会2023年07月応募作品

Juan.B

小説

3,967文字

※合評会2023年7月出品作品。
※合評会2021年11月応募作品「赤ちゃんを作るゾ」や、合評会2020年7月応募作品「ヤングアダルト自然哲学がんばれ縄文精神復活わくわくワークフェア」に関連しているが、読まなくても問題はない。

『のんすとっぷ24あわー‘31 にっぽんは、いま』

何やら70年代から移築されてきたような巨大な題板の下で、巨大な円卓を囲んだ各界からの大勢の出演者たちは、ごく一部を除き一同揃って重苦しい顔をしていた。TVカメラを映すカメラマンやスタッフたちも脂汗を流している。日本人から吸い上げた受信料で、日本の社会を様々な観点から俯瞰する、日本の公営放送NHHK日本反放送協会始まって以来の一大討論企画番組だ。それぞれの立場がどうであれ緊張するのも無理はない、はずだった。しかし、誰もが心の中で、胃や腸がどうも変になっていくのを感じていた。

「改めまして司会の涜満です……では……皆さん……ええ……」

司会者が遠くを見るような目で、いや実際遠くのスタジオ扉を見つつ、言葉を震わせた。一人の遅刻者を除く百名もの出演者や司会者が自己紹介を終えた頃から、皆、段々と顔から表情が消えていったのだ。この日、NHHKの冷水器はサルモネラ菌で汚染されており、それを飲水した誰もが症状に侵されつつあった。そして視聴者たちは、その只事ではない、異様に真面目っぽい・・・・・・雰囲気を察知して、食い入るように番組を見始めていた。

「まず、近年……その……日本の政治の……五十五年体制から二〇〇一年の小泉内閣にかけての……」

そうして司会者や出演者たちがますます体の変調に驚き始める中、ただ、四名、溌溂かつ平然としている者があった。

Youtuber代表として、先日ハワイで人工授精と出産そして死別を経験したことでも有名である、さとぴこと葛城聡とまなぴょんこと葛城愛の夫妻が、一角でヘラヘラと座っていた。二人は、スピリチュアル自己啓発仲間の上野ヨーコから一瓶一万円もするDNA水を買って常飲していたため、少なくともこの場の病原菌を避けていた。

また、別の一角には、作家であり近年は多摩に設立した「にこにこ自然体験ことだまの森」で「ヤングアダルト自然哲学がんばれ縄文精神復活わくわくワークフェア」を主宰している田中大自然が飄々と座っている。彼は自身のブランドで、原料のコカから気を遣ったサスティナブルクラフトコーラを持ち込んでいたため、同じく病原菌を避けていた。そのクラフトコーラに最近Amazonで星1評価がついていたため、田中はAmazonをボイコットするように支持者に訴えており、自己紹介でもその話をしていた。

そして、隅の方で、近年若者に支持を集めているダイナミックセルフフュチャーファッキング瞑想ヨーガのグルである通称ホーリーネームポカホンタスマンこと片桐彰晃が、紫のクルタを着て両手を耳に当ててダンボのような「受容のポーズ」を取りながら微笑んでいた。彼はガンジス川にて腐敗した遺体の横で遊泳するなどの行為を日常的に行っていたため、サルモネラ菌の影響を受けなかった。

 

「自民党の、あの、島津幹事長……」

「いや、あの……我々としては、その、国の重要な局面をね」

「すいませーん、熱いから冷房をかけて」

「え、あ」

司会の涜満が見ると、さとぴとまなぴょんが、ハンディファンを互いに向けながら、冷房を求めていた。

「あのね、私、今度、性自認が原子爆弾になったの。この間ね、広島いって瞑想したんだ。知ってる? あそこすごいスピリチュアルなパワースポットなんだよ。でねでね、そしたら原子爆弾って私なんだなってわかったの」

「あの、ちょっと……」

「まなぴょんが原子爆弾って言ってね、いや驚いたけど、まなぴょんは嘘ついてないよ。俺、わかるよまなぴょんの気持ち。おれ、俺、俺、俺俺俺! Ah~真夏の~」

えらい!

田中大自然が乾いた大声を出した。そして一旦前髪を撫でた後、カメラの方を見て語りだした。両脇の、創価学会の渉外部長とカトリックの司教は脂汗を流してますます俯いていた。

「最近の人はね、信じるっていう行為を忘れている。凄い軽視しているよね。でもさとぴさんとまなぴょんさんは違うね。とても信じあっているよね。ねえ。自然って、信じあう力でできてる関係なんです。ラブロックって学者はガイア理論という説を提唱したけどね。私はもっと進んで、フリーセックスガイア理論を提唱しています。つまり、全部交じり合ってるんです。目に映るものが全部セックスなんだよね」

「ちょっと、あの、今、自民の……」

涜満が下腹部を抑えながらどうにか場も抑えようとしたその時、ポカホンタスマンが無言で立ち上がり、円卓を乗り越えて中心に立ち、両手を広げた。そして、大きく体を前へ後ろへと揺らした後、大きな声を発した。

愛!

「そう、愛!」

「愛ってまなぴょんのことじゃん! 俺漢字よくわかんないけど」「そうそう! あたし、まなって愛って書くんだよ!」

田中や葛城夫妻の声を聴いて、ポカホンタスマンは大きく微笑んで頷いた。

「私は、愛を伝えている。今日、大勢の出演者がいる。政治家も、宗教家も。私はメッセージを待っていた。私が言うまでもないはずの事だから。しかし、誰も言わないから、今、私が言わせてもらった。もう一度、愛! そう、この番組が発するべきメッセージは愛。政治でもない。宗教でもない。愛なんだ。ダイナミックに自分に問うてみよう。自分をファックしてみよう。君は死について考えたことがあるか? ないだろう。現代人は死に向き合わない。故に生を知らないし、愛を知らない」

「順序が逆だよ、最高に生きてないから死を知らないんだよ片桐さん」

「田中さん。そのような違いは些細な事だ。それらを結ぶのはセックスなんだよ。どちらが先に来ても後に来ても」

「そう、あのね、私達ね、ハワイで人工授精やってね赤ちゃん作ったの!」「そうそう! あれヤバかったよな!」

涜満は、過呼吸の様な声を何度か繰り返した後、手を大きく振ってスタッフを呼ぼうとしたが、そのスタッフたちも何やら腹を抑えており、もたもたと動いていた。ようやく一人のスタッフが、なだめすかすようにポカホンタスマンに元の位置に座るように合図した。

「座れというから、座る。それはいい。でもブッダは座れといって座るだろうか。みんなの心の中に一人一人のブッダがいるんだ」

ポカホンタスマンはある出演者の前に進み出た。大学でジェンダー学を教えており、さっきから葛城夫妻の話を聞いてなおさら腹痛が酷くなっていた女性の教授だった。

「きみは、本当に自分の人生を生きている?」

「いや、あの、この番組のジェンダーバランスは……」

そういう教授の頭に、ポカホンタスマンは人差し指と中指をあて、シャクティパットを行った。そのため、教授の腹痛はますます酷くなった。

「う、ぐ」

「君は何を求めている?」

「と、トイレ……」

トイレ! そう、人生はトイレみたいなものだ。君はよくそれについて答えられたね。トイレ! 人生はトイレだ」

「片桐さん違うよ、入口と出口が逆です。トイレが人生みたいなものなんだよ」

「田中さん。そのような違いは些細な事だ。それらを結ぶのはセックスなんだよ。どちらが先に来ても後に来ても」

彼等の持つ肩書は、オンエア中にトイレに立つことを拒否していた。何より、政治家は敵対政党のものより、学者は敵対学派のものより、スポーツ選手はライバルのものより先に、ウンコに立つなどとは考えられなかった。

 

その時、会場に一人の男が遅れて現れた。取巻きを連れ、やたらテカテカとした顔を周囲にしょっちゅう向けながら、図々しくカメラの前に入って来た。

「ああどうも。お馴染みの佐々川です。あの、ボートレースのね、出走式があって。世界人類皆兄弟ですから。戸締り用心火の用心、親を大切にしよう。あ、これ公営放送か。でもボートレースの収益は、防犯防火のために役立っております。全国の子どもの皆。親孝行しているか。みんなの街に私の銅像が立っているはずです。金毘羅参りの時に母親を背負ってる銅像。あれ私ですから。私の親孝行。あれをみて皆さん親孝行してください。お父さんに、賭博はボートレースが良いよって言ってあげて」

その時、ポカホンタスマンが対抗して両手を広げカメラの前に割り込んだ。

「親孝行! 近親相姦が唯一の親孝行です」

「キンシンソウカンって、あ、謹臣壮観か。そう、天皇陛下は国の宝だから。私はファシストではないがみんな天皇の下で謹んで平等なんです。みんなお尻の穴、菊みたいでしょう。みんなにそれぞれ菊の紋章がある。番組はどこまで進んだ?」

佐々川が振り返ると、出演者たちは完全に腹を抱え悶えて異様な状態となっており、その中で葛城夫妻と田中が何かを大声で語り合っていた。

「性自認が原爆だとしてね、じゃあ日常生活で常に放射能、放射線を振りまくと。これはコミュニケーションだよね。常に人に微々たる関係ではあるが干渉し続ける、これは極めて現代的なコミュニケーション」

「でもまなぴょんはみんなを本当に愛してるんだよ。俺はそれに嫉妬してるんだよ。まなぴょん、俺をもっと見てよ」「見てるよ!」

「見るだけでいいんですか。違うでしょう。現代人は肉体を喪失している。Youtuberはその最たる例だ。でも二人は違うでしょう。性自認が原子爆弾なら、じゃああなた、さとぴさんは何なんだ」

「セックスすればわかる!」

ポカホンタスマンの声で、葛城夫妻は意を決して服を脱いで全裸となり、円卓の中心に飛び込んだ。もはや誰も止めなかった。カメラマンもスタッフも仕事を放置して地面に横たわっていたため、光景は延々と地上波に流れ続けた。さとぴがまなぴょんに挿入した瞬間、まなぴょんは臨界を起こした。千の太陽よりも明るい光の中で、ぐったりとしてあるいは幾分漏らしていたかもしれない人々は、痛みや辛さが消えて何か一つになる感触を覚えた。もう言葉は必要なかった。さとぴは、ちんちんがでかいのでどうも自分は東京スカイツリーっぽいなと考え始めた。

2023年7月24日公開

© 2023 Juan.B

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"ではこれから愛について考えようじゃないか"へのコメント 8

  • 投稿者 | 2023-07-29 20:37

    久しぶりにいつものホアンさんでほっこりしました。実家に帰ったような謎の安心感がありました。いつもの? 爆発はしてないですが……。昔のエヴァンゲリオンみたいに皆液体になって一体になったら平和、みたいなことかと思いました。皆で漏らして混ざり合えば平和!
    日本人は皆菊を持っているで納得しかけました。詐欺に遭うと思います。猿でも持ってますね。

  • 投稿者 | 2023-07-30 07:13

    ぶっとんだ世界観なのに読み進めるとクセになって、読了後は酔っ払ったような気分になりました。
    「みんなお尻の穴、菊みたいでしょう。みんなにそれぞれ菊の紋章がある」が妙に納得してしまいました。多分私も詐欺にひっかかりそうなタイプです

  • 投稿者 | 2023-07-30 10:17

    ニルバーナの『レイプミー』と前野健太の『ファックミー』が交互に頭の中に流れてなかなか抜けてくれません。どうしてくれるんですか? それといきなり、何の前触れもなく笹川良一が出て来てひっくり返りました。

  • 投稿者 | 2023-07-30 10:50

    久しぶりの対談モノ。爆破のラストのスケールが一層パワーアップしているのに、文体がどこかふわふわしていて破局感があんまりありませんね。これもさとぴとまなぴょんのキャラのおかげですね。今後もレギュラー化してほしい。
    性自認が原子爆弾でセックスすると臨界を起こすって、はちゃめちゃのようでちゃんと理屈が通ってますね。皆、菊の御門があるから人類見ない兄弟というのも納得しました。 
    そうしてみんな大きな光の下で一つになる、下痢などほんの些細なことなんだ、今さらながら不動の世界観を堪能しました。音楽付けるなら『第九』のあの歌ですね。

  • 投稿者 | 2023-07-31 00:57

    オッペンハイマーが原爆のきのこ雲を見てギーターの一節を思い出し、そこに神の姿を見たという逸話がありますが、原子力というのも人間が新しく創出したのではなく元から常にあったものなのだと考える事ができるなら、原爆というのは恐るべきものとしての神を念想する対象になるのかもしれないな、と思います。なのでまなぴょんが瞑想した結果自分は原爆なりと自認したのも理にかなってますね。ただギーターの教義もそうですし仏教でも浄土教などはそうですが、インド思想全般から見たときはむしろ個が全の中に融合ないし消失してしまうという解脱の捉え方は異端的なもので、だいたいは個々の同一性はそのまま保持されると考えられていますから、(略)

  • 投稿者 | 2023-07-31 15:53

    ダイナミックセルフフュチャーファッキング瞑想ヨーガってすごいですね。くそほどのパワーワード。あ、糞ほどのパワーワードだなって、思わずこう、膝を打った。

  • 投稿者 | 2023-07-31 17:58

    そういえば今年まだセックスしてないと思ったけど、去年もしてなかった気がするし、俺はもう用済みなのかもしれない。ホアンさんはどうですか。

  • 投稿者 | 2023-07-31 18:09

     掌編としては登場人物が多く、誰の台詞なのかが判りにくい箇所がいくつかあった。もっと登場人物を絞っても作品は成立したと思う。

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